上 下
50 / 465
王都出立編

焼肉屋の弟子希望者

しおりを挟む
 レンソール高原の件が解決してから、何日か経過していた。
 バラムに戻ってきた後は、いつも通り店を営業している。

 以前は肉を焼くのみだったが、アデルからのアドバイスで焼き野菜的なものも一緒に出すようになった。
 玉ネギやニンジンを軸にして、仕入れられた時はネギのような野菜も出している。

 お客が飽きないように、甘いタレを出した日の次は辛めのタレにしたり、肉の部位や切り方を工夫してみたりと、その時々で違う反応が返ってくることが励みだった。

 適度な忙しさ、周りの人に恵まれるありがたさを噛みしめながら、日々の仕事に精を出している。 

 今日も普段通りの一日で、何人かのお客が食事を終えて帰っていった。
 昼下がりの時間帯に差しかかり、ピークタイムがすぎて客足はまばらだった。

 俺が店じまいをして休憩に入ろうと思ったところで、一人の青年がやってきた。
 この世界での俺の年齢=二十二歳よりも少し若く見えた。
 長めの金色の髪で冒険者の雰囲気ではなく、何かの職人のような印象を受けた。
  
「いらっしゃいませ。今日は肉と野菜の盛り合わせですが、そちらでよろしいですか?」

「ああっ、それを出してくれ」

「それでは、少々お待ちください」

 バラムの人は物腰の柔らかい人が多いので、少し面食らうような感じがした。
 どことなく、違うところから来たようにも思われた。

 俺は気を取り直して調理場へ向かうと、皿の上に食材を盛りつけた。
 今日はセバスに勧められたハラミ肉、野菜はニンジンとピーマンだった。
 タレのローテーションは甘めのタレを出す日だ。
 
 青年のテーブルへ食材や取り皿、タレなどを順番に運び終えると、他のテーブルの片づけに入った。
 少し気難しそうにも見えたが、他のお客と同じように食べた始めたようだった。

 空いた二つのテーブルの片づけを終えた後、再び青年の様子を見た。

 そこまで表情が豊かというわけではないが、じっくり味わって食べていた。
 もしかしたら、口に合ったのかもしれない。

 それから、食器洗いや片づけをしていると、青年が声をかけてきた。
 
「会計を頼む」

「少々お待ちください」

「店の外に書いてあったけど、一人前で銀貨一枚か?」

「はい、そうです」

 青年は何かを考えるような間があり、まさか高いといちゃもんをつけられるのかと身構えそうになった。

「ところであんた、弟子を取る気はないか?」

「えっ、弟子ですか……」

「ああっ、そうだ。この焼肉という料理は興味深い。あんたに弟子入りして、色々と学んでみたい」

 青年は純粋そうな目をこちらに向けているが、この場で即決していいものだろうか。

「他の手のこんだ料理に比べると、そこまで技術がいるわけではないですよ」

「手をかけても大して美味くない料理はたくさんある。しかし、焼肉は抜群の美味さだ。学ぶだけの価値がある」

「なるほど、そうですか……」

 真摯な姿勢はありがたいのだが、自分が弟子を取ることが想像できなかった。
 彼を受け入れるべきか、辞退しておくべきか。
 すぐに答えを出すのは難しく感じられた。

「無理にとは言わないが、前向きに考えてほしい」

「分かりました。明日の同じぐらいの時間に来てもらってもいいですか?」

「了解した。また来る」

 青年は強い意思を感じさせる顔を見せた後、店から立ち去っていった。

「……弟子か。人を雇う予定はなかったけど、予想外のことが起きたな」

 俺は誰にともなくこぼした後、片づけを再開した。



 翌日。弟子希望の青年が頭から離れず、仕込みになかなか集中できなかった。

 上の空になりながら開店準備を続けると、気がつけば店を開く時間になっていた。
 営業が始まってしまえば、よそごとを考える余裕はなく、あっという間に約束の時間になった。 

「約束通りに来たぜ。あんたの答えを聞かせてもらおうか」

「一晩考えてみましたけど、給料は大して出せませんし、そんなに教えられるようなことはないと思います」

「そうか、ダメなのか……」

「いやいや、人の話は最後まで聞きましょうよ。そんな感じでよければいいですよ。最初は店の手伝いをしてもらおうと思います」

 特に補助が必要なわけではないものの、断る理由もなかった。
 
 青年は俺の言葉を聞いた後、明るい表情になっていた。

「よしっ、今日からよろしく頼む。オレはジェイクだ」

「俺はマルクです。今日からよろしく」

 ジェイクが手を差し出したので、二人で握手をした。
 どんな職業だったのか分からないが、力強くごつごつした手をしている。

「そういえば、何か料理の経験はあるんですか?」

「ランスの王都で城の調理人をしていた」 

「えっ、それがまた、どうしてバラムまで」

「オレは仕事を覚えるのが早いから、教えられた調理法を覚えた後は退屈だった。王都の外に出て、新しい料理を知りたかった」

 なかなかのハングリー精神だと思った。
 ただ、疑問が一つ残る。

「ここから王都までずいぶん離れていますけど、焼肉を知るきっかけは何だったんですか?」

「城に出入りしている行商人の口から聞いた。鉄板で肉を焼いただけなのに美味い料理があると」

「へえ、行商人ですか。分かりました」

 シルバーゴブリンの時も行商人が焼肉のことを広めていたようなので、もしかしたら、同一人物の可能性もある。

「とりあえず、今日はもうやることがないので、料理を覚えるためにも食べてもらおうと思います」

「オレは客でもないのにいいのか」

「いつも、少し多めに用意しているので、俺が食べるか処分するかのどちらかになるだけなんですよ。だから、遠慮せずにどうぞ」

「そういうことなら、分かった」

 ジェイクは納得したような様子だった。

 それから、今日のメニューを彼と食べた後、片づけをしながら仕事の説明をした。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~

クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・ それに 町ごとってあり? みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。 夢の中 白猫?の人物も出てきます。 。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

処理中です...