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アデルとハンクのグルメ対決
作りたてのチーズの味
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モルトがチーズを作りに行ってから、手持ち無沙汰だった。
ぼーっと牧場の方を眺めていると、遠くの方に牛が歩いてきた。
草をむしゃむしゃ食べてはゆっくり動き、のびのびとしているように見えた。
時間がゆっくりと流れていて、チーズ作りを待っていることを忘れてしまいそうになる。
周りを観察してみると、アデルとハンクが魔法について話していた。
とても興味深く思ったものの、その内容が高度だったので、割って入るのは難しいように感じた。
ちなみにフランはどこかへ散歩に行ってしまったようで、姿が見当たらなかった。
彼女は魔法を使うことが少なく、身体能力重視なタイプなので、動いていないと落ちつかないのかもしれない。
のんびりした風景に和んでいると、遠くからモルトとフランが歩いてきた。
二人のことをよく知らなければ、おじいさんと孫娘に見えなくもない。
「待たせたねー! チーズが完成したよ」
モルトが元気そうな声を上げて近づいてきた。
その手にはチーズが入っていると思われる容器があり、隣を歩くフランは食器を手にしていた。
「おおっ、ついにできたのか!」
「やったわ、美味しすぎて驚くわよ」
アデルは酒の肴論争の勝利を確信するように、ドヤ顔で腕組みをしていた。
なかなかに貫禄を感じる佇まいだった。
「散歩の帰りでモルトさんに行き合いましたの」
「手がいっぱいだったから、お嬢さんに手伝いをお願いしたんだ」
「チーズって、こんな短時間で完成するんですね」
バラムで見かけるチーズは固く、長期熟成させたようなものがほとんどだった。
「これは生チーズだからね。うちでも保存に向いた種類は作るけども」
モルトはそう言った後、みんなに早く食べさせたかったからと付け加えた。
「ありがたいわね。私もモルトの生チーズはほとんど食べたことないのよ」
「うれしいですね。そんな貴重なチーズだなんて」
俺たちが沸き立つ中で、モルトはチーズが食べられるように準備を進めていた。
野外に設置されたテーブルの上に容器を置くと、中から白く滑らかなチーズを取り出した。
「「「おおっ!」」」
その美しい見た目に、俺やハンク、フランの声が上がった。
「これを薄く切って、オリーブオイルをかけて食べると風味が際立つんだ」
「これは勝負に関係なく、美味そうだな」
ハンクの言葉にアデルはうんうんと頷いた。
皿に並べられたチーズは真っ白できれいな断面だった。
そこに半透明の緑色のオイルがかかっている。
記憶が不確かな状態で、すぐに思い出せなかったが、地球のモッツァレラチーズによく似ていることを思い出した。
モルトは俺たちにフォークを手渡すと、明るい表情で口を開いた。
「さあ、召し上がれ」
「「「いただきます」」」
フォークで突き刺すと、ほどよい弾力があり、中から水分が出てきた。
落とさないように注意しながら、チーズを口まで運ぶ。
「うわぁ、これは美味しすぎますね。味はまろやかなのに風味は濃厚で」
「こんなチーズは初めてだぜ。あっさりしてるから無限に食える」
「もはや芸術の域ですわ。口の中でとろけます」
それぞれの口から、感嘆の言葉が出ていた。
一方、アデルは高みの見物をするように、成り行きを見守っているように見えた。
「あれ、食べないんですか?」
「私は食べたことがあるから、あなたたちに先に食べてもらおうと思ったのよ」
「多めに作ってきたから、遠慮せずに君も食べたらどうだい」
モルトは満面の笑みを浮かべていた。
そんな彼の表情にアデルも笑みを返した。
「それじゃあ、厚意に甘えて頂こうかしら」
アデルは使わずに手にしていたフォークで、皿の上のチーズを取った。
「今回の出来はいかがかな?」
「もちろん、美味しいわ」
モルトはアデルの言葉を聞くと、うれしそうに目を細めた。
「そういえば、判定があったんだよな。チーズとサソリを比較するのが正しいのか疑問に思えてきたぜ」
「いや、それはもう、ごもっともな意見で。俺も勝敗をつけていいのか迷います」
そもそも、このチーズを食べに行くことになったのは、「アデルとハンクの酒の肴論争」がきっかけだった。
その場に居合わせたことで、俺が判定員ということになったものの、荷が重いような気もする。
「チーズ派の私が言うのも変な話だけれど、クリムゾンスコルピオのから揚げは美味しかったのよね」
「お姉さま、クリムゾンスコルピオを召し上がりましたの?」
「そうね、砂漠に近いカティナという町で」
フランから意外な反応が飛び出た。
サソリのから揚げとお嬢様に共通点はあるのだろうか。
「デュラスでは珍味として有名ですのよ。冒険者仲間から美味しいと耳にして、気になっていましたの」
「ほらな、クリムゾンスコルピオのから揚げは最高なんだよ」
ハンクは勝ち誇ったように言った。
比較することへの疑問はどうなったのだろう。
「俺としては甲乙つけがたいので、今回は引き分けということで。二人が勝負したいなら、次は別の何かでお願いします」
「チーズが食べられたうれしさで、勝負への熱は冷めかけていたわ」
「まあ、判定員がそう言うなら、おれは素直に従うぜ」
ここで、魔法対決みたいになられても困るので、これでいい気がした。
この場にいる全員がにこにこしていて、心がほっこりするような気持ちだった。
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます!
この章はここまです。
次話から新しい章が始まります。
ぼーっと牧場の方を眺めていると、遠くの方に牛が歩いてきた。
草をむしゃむしゃ食べてはゆっくり動き、のびのびとしているように見えた。
時間がゆっくりと流れていて、チーズ作りを待っていることを忘れてしまいそうになる。
周りを観察してみると、アデルとハンクが魔法について話していた。
とても興味深く思ったものの、その内容が高度だったので、割って入るのは難しいように感じた。
ちなみにフランはどこかへ散歩に行ってしまったようで、姿が見当たらなかった。
彼女は魔法を使うことが少なく、身体能力重視なタイプなので、動いていないと落ちつかないのかもしれない。
のんびりした風景に和んでいると、遠くからモルトとフランが歩いてきた。
二人のことをよく知らなければ、おじいさんと孫娘に見えなくもない。
「待たせたねー! チーズが完成したよ」
モルトが元気そうな声を上げて近づいてきた。
その手にはチーズが入っていると思われる容器があり、隣を歩くフランは食器を手にしていた。
「おおっ、ついにできたのか!」
「やったわ、美味しすぎて驚くわよ」
アデルは酒の肴論争の勝利を確信するように、ドヤ顔で腕組みをしていた。
なかなかに貫禄を感じる佇まいだった。
「散歩の帰りでモルトさんに行き合いましたの」
「手がいっぱいだったから、お嬢さんに手伝いをお願いしたんだ」
「チーズって、こんな短時間で完成するんですね」
バラムで見かけるチーズは固く、長期熟成させたようなものがほとんどだった。
「これは生チーズだからね。うちでも保存に向いた種類は作るけども」
モルトはそう言った後、みんなに早く食べさせたかったからと付け加えた。
「ありがたいわね。私もモルトの生チーズはほとんど食べたことないのよ」
「うれしいですね。そんな貴重なチーズだなんて」
俺たちが沸き立つ中で、モルトはチーズが食べられるように準備を進めていた。
野外に設置されたテーブルの上に容器を置くと、中から白く滑らかなチーズを取り出した。
「「「おおっ!」」」
その美しい見た目に、俺やハンク、フランの声が上がった。
「これを薄く切って、オリーブオイルをかけて食べると風味が際立つんだ」
「これは勝負に関係なく、美味そうだな」
ハンクの言葉にアデルはうんうんと頷いた。
皿に並べられたチーズは真っ白できれいな断面だった。
そこに半透明の緑色のオイルがかかっている。
記憶が不確かな状態で、すぐに思い出せなかったが、地球のモッツァレラチーズによく似ていることを思い出した。
モルトは俺たちにフォークを手渡すと、明るい表情で口を開いた。
「さあ、召し上がれ」
「「「いただきます」」」
フォークで突き刺すと、ほどよい弾力があり、中から水分が出てきた。
落とさないように注意しながら、チーズを口まで運ぶ。
「うわぁ、これは美味しすぎますね。味はまろやかなのに風味は濃厚で」
「こんなチーズは初めてだぜ。あっさりしてるから無限に食える」
「もはや芸術の域ですわ。口の中でとろけます」
それぞれの口から、感嘆の言葉が出ていた。
一方、アデルは高みの見物をするように、成り行きを見守っているように見えた。
「あれ、食べないんですか?」
「私は食べたことがあるから、あなたたちに先に食べてもらおうと思ったのよ」
「多めに作ってきたから、遠慮せずに君も食べたらどうだい」
モルトは満面の笑みを浮かべていた。
そんな彼の表情にアデルも笑みを返した。
「それじゃあ、厚意に甘えて頂こうかしら」
アデルは使わずに手にしていたフォークで、皿の上のチーズを取った。
「今回の出来はいかがかな?」
「もちろん、美味しいわ」
モルトはアデルの言葉を聞くと、うれしそうに目を細めた。
「そういえば、判定があったんだよな。チーズとサソリを比較するのが正しいのか疑問に思えてきたぜ」
「いや、それはもう、ごもっともな意見で。俺も勝敗をつけていいのか迷います」
そもそも、このチーズを食べに行くことになったのは、「アデルとハンクの酒の肴論争」がきっかけだった。
その場に居合わせたことで、俺が判定員ということになったものの、荷が重いような気もする。
「チーズ派の私が言うのも変な話だけれど、クリムゾンスコルピオのから揚げは美味しかったのよね」
「お姉さま、クリムゾンスコルピオを召し上がりましたの?」
「そうね、砂漠に近いカティナという町で」
フランから意外な反応が飛び出た。
サソリのから揚げとお嬢様に共通点はあるのだろうか。
「デュラスでは珍味として有名ですのよ。冒険者仲間から美味しいと耳にして、気になっていましたの」
「ほらな、クリムゾンスコルピオのから揚げは最高なんだよ」
ハンクは勝ち誇ったように言った。
比較することへの疑問はどうなったのだろう。
「俺としては甲乙つけがたいので、今回は引き分けということで。二人が勝負したいなら、次は別の何かでお願いします」
「チーズが食べられたうれしさで、勝負への熱は冷めかけていたわ」
「まあ、判定員がそう言うなら、おれは素直に従うぜ」
ここで、魔法対決みたいになられても困るので、これでいい気がした。
この場にいる全員がにこにこしていて、心がほっこりするような気持ちだった。
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます!
この章はここまです。
次話から新しい章が始まります。
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