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アデルとハンクのグルメ対決

ヨルンのチーズ料理

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 アデルに案内された食堂は民家のある辺りから、少し離れていた。
 おしゃれな山小屋風の建物で、食堂の前だけ魔力灯が点灯している。

「いつもなら、ここでモルトのチーズが食べられるのだけれど、今日は難しいかもしれないわね」

 アデルは寂しげなことを言った後、食堂の扉を開いた。

「久しぶりね。ヨルン」

「アデルじゃないか。元気だったかい」

「ええ、もちろん」

 二人は親しげに言葉を交わしていた。
 ヨルンは二十代か三十代の青年で、髪は金色の巻き毛だった。

「君の友人を紹介してくれるかな」

「こっちがマルクで、もう一方がハンク。三人で、モルトのチーズを食べに来たの」

「そうか、時期が悪かったね……」

「事情はモルトから聞いたわ」

 食堂の雰囲気がしんみりしてしまった。
 他にお客がいないことで、ずいぶん静かに感じられた。

「モルトのところのものではないけど、チーズ料理は出せるよ」

「そうね、三人分お願いするわ」

 ヨルンは注文を受けると、厨房の方へ向かった。

 それから、俺たちは近くの席に腰を下ろした。

「レンソール高原でチーズを作っている人は、モルトさん以外にもいるんですか?」

「そうね。他にも何軒かいるわ。それぞれの牧場は距離が離れているから、ホワイトウルフの影響が大きいのはモルトのところみたいね」
   
「ホワイトウルフが人間を憎むとかはないですよね」

「モルトや他の人間が何かしたならともかく、この辺りでは神聖視されている存在だからな。その可能性はほぼゼロだろうな」

 滅多に姿を現さない野生動物が遠吠えを繰り返している。
 その理由が分からないことには解決しようがないように思われた。

 俺たちが雑談を続けていると、ヨルンが料理を運んできた。

「お待たせ。チーズソースと蒸したジャガイモだ」

 器にたっぷり入ったソースからは湯気が上がっていた。
 ジャガイモはほくほくして美味しそうに見える。

「あんまり見たことない料理だな」

「私もレンソール高原周辺でしか見たことないわよ」

「俺は初めて食べる料理ですよ」

 遠くへ行って、その場所でしか食べられない料理を食べる。
 まさに旅の醍醐味ではないだろうか。

「それじゃあ、召し上がれ」

 ヨルンはさわやかな笑顔を見せた後、厨房の方に戻っていった。

「よしっ、いただくとするか」

「いやー、美味しそうですね」

 俺はテーブルに置いてあるフォークを手に取り、ジャガイモを刺した。
 そして、そのままソースに浸してみる。

「うわっ、とろっとろだ」

「こりゃ、すげえな」

 俺とハンクの反応は大きかった。
 アデルはそんな俺たち二人の様子を微笑ましそうに見ていた。

「冷めると少しずつ固くなるから、温かいうちに食べた方がいいわよ」

「ええ、もちろんです」

 口をやけどしないように息を吹きかけてから、ゆっくりとフォークを口に運んだ。

 チーズの濃厚な味がジャガイモに絡まっており、ちょうどいいしょっぱさが最高だった。

「……う、美味いです」

「これはヤバい。レンソール高原にはこんな料理があったのか」

「うーん、たしかにこれもいける味ね。けれど、モルトのチーズなら、さらに上の味になるわよ」

 アデルは淡々とした口調で言った。  
 さっぱりしたコメントの一方で、味わって食べているようにも見えた。

「これより美味しいなんて、想像できませんね」

「よほどの味オンチでもなければ、その違いに驚くはずよ」

「ぜひ、食べてみたいものです」 

 俺たちは会話を楽しみながら、チーズ料理を平らげた。

「ごちそうさま」

「アデルの感想は聞かないでおくとして、二人はどうだった」

「美味しかったです」

「こんなに美味いチーズ料理は初めてだ」

 俺とハンクの感想を聞くと、ヨルンはうれしそうな表情を見せた。

「ありがとう。この辺りで昔からある料理なんだ」

「レンソール高原を離れる前に、もう一度寄らせてもらうぜ」

「それはありがたい。次に来る時も歓迎させてもらうよ」

 それから、会話に区切りがついたところで、アデルが一枚の金貨を差し出した。

「ははっ、うちの料理はそんなに高くないよ」

「それに値する料理だったわ。今度はモルトのチーズで食べたいものね」

「君はいつも押しが強いね。それでは、ありがたく受け取っておくよ」

「じゃあ、また来るわ」

「ありがとう。三人ともお気をつけて」

 俺たちはヨルンの食堂を出た。
 外の空気は冷たく、バラムの夜よりも寒い。
  
「あとは宿に向かうだけね」

「泊まれるところは少なそうですけど、どこか知ってるんですか?」

「よく使う宿があるから、そこなら大丈夫だと思うわ」

 アデルはそう言うと、どこかに向かって歩き出した。

「おれはちょっくら、ホワイトウルフの様子を見てくる」

「ええっ、今からですか」

「昼間だと、こっちの姿が丸見えだからな」 

 それぞれ、別々の方向に動いていたので、慌ててアデルに近づいた。

「ハンクがホワイトウルフの様子を見に行くみたいなので、俺は向こうについていきますね」

「問題ないわ。三人分の部屋を確保しておくわね」

「はい、頼みます」

 俺はアデルから離れると、ハンクのところに戻った。

「俺もついていきます。ホワイトウルフが見つかるといいですね」

「問題ない。好きにしてくれ」

 ハンクは遠吠えが聞こえた時に方向を計算していたのか、足取りに迷いがない。
 二人で夜のレンソール高原を歩いていった。
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