上 下
36 / 449
アデルとハンクのグルメ対決

砂漠へ向かう旅

しおりを挟む
 あの日以降、イリアや暗殺機構を警戒して、夜道を歩く時はアルダンの武器屋にもらった刀を携帯してみたが、危険な目に遭うことはなかった。
 エバン村の温泉にまつわる胸のつかえが取れたことで、店の営業に集中できるようになった。
  
 そんなある日。ハンクとアデルが常連ということもあり、二人のためにナイター営業をしていた。

 元々、ハンクは酒が入っても変化が乏しいのだが、今夜のアデルは酔いが回っているようで、普段よりも饒舌になっていた。
 試作品のジントニックもどきがずいぶん気に入ったようで、何杯もおかわりしたからだろう。

 酒の肴には何が合うかを話し始めたところで、口火を切ったのはアデルだった。

「お酒の最上の付け合わせは、レンソール高原のチーズよ。これは絶対」

「いやいや、ここは譲れねえ。ラビ砂漠のクリムゾンスコルピオのから揚げだ」

「うわっ、サソリのから揚げなんて、エルフの食べるものじゃないわ」

「エルフ様はそうだろうな。あの味を知らないとは、ずいぶん損してるぜ」 
 
 二人とも落ちついた人柄なのだが、食へのこだわりに火がついてしまったように見えた。
 ハンクは雑食かつこだわりが少ない印象なので、アデルのノリに合わせているだけの可能性もある。

「よしっ、ここはマルクに判定を任せるとして、まずはラビ砂漠に行こうじゃねえか」

「望むところよ! その次はレンソール高原に行くわよ」

「ええっ、俺も参加なんですか」

「「もちろん!」」

 二人同時に眼差しを向けられると、威圧感がヤバい。

「分かりました。次の定休日まで待ってもらってもいいですか」 
 
 俺が投げかけると、ハンクとアデルはうんうんと頷いた。

「ちなみに、マルクは砂漠に行ったことあるか?」

「いえ、一度もないです」

「そうか、砂漠仕様の装備はこっちで準備するから、軽装一式と使い慣れた得物は自分で用意してくれ」

 砂漠など一生縁のない場所だと思ったので、専用装備がどういうものなのか想像もつかなかった。

 酒の肴論争はこれにて一時休戦となったようで、二人はいつもの調子に戻った。



 それから数日後の朝。
 俺はギルドの遠征で使っていた荷物一式を持って、待ち合わせ場所の馬車乗り場にいた。
 
 あらかじめ、日帰りはできない予定だと聞いていたので、店はまたしても臨時休業にすることにした。
 一部のお客から聞いた話では、いつ開くか分からないから、営業日が待ち遠しくなるらしい。
 意図した結果ではないので、素直に喜んでいいのか複雑な心境だった。

「おやっ、今日はマルクさんも馬車に乗られるんですね」

「おはようございます。今日もお世話になります」

 バラムの御者が少ないこともあり、以前と同じ青年が今日の担当のようだ。

「ハンクさんからラビ砂漠へ行くために、カティナの町までお送りするように伺っています。長旅になりますが、今日の夜遅くには到着予定です」

「あれっ、暗い時間も馬車を走らせるんですか?」  
 
「夜間の移動はなるべくお断りしているのですが、ハンクさん自ら護衛を買って出てくださったので、特例ということで受けさせて頂きました」

「なるほど、納得です」

 ハンクが料金をどうしたのか気がかりだったが、だいたい想像がついた。
 馬車馬の蹄(ひづめ)を調整したとか、御者の悩みを解決したとか、今回も「ハンク限定のソロクエスト」をこなしたのだろう。

 御者と話していると、アデルとハンクがほぼ同時にやってきた。

「おう、マルク。雨が上がってよかったな」

「おはようございます。移動が長そうなので、天気が心配でしたね」

「ふぅ、サソリを食べるために遠出するなんて」

 アデルは出発目前にして、気乗りしない様子だった。
 どこか遠くを見つめて、ため息をついている。

「俺もすごい食べたいわけではないですけど、砂漠に行ったことがないので、楽しみですよ」

「砂漠は美味しいものが少なそうだけど、勝負を引き受けた以上は仕方ないわよね」

 彼女は諦めたように言うと、早々に客車に乗りこんだ。

「マルク判定員。サソリはゲテモノという先入観は公平性に欠けるぞ」

「俺もアデルと同じように初めてなので、何とも……」

 あえて言うまでもなく、アデルが推しているレンソール高原のチーズの方が魅力的だった。

「それでは出発しますので、客車へお願いします」

「「はーい」」

 俺とハンクは順番に客車に乗りこんだ。

 俺たちが席に腰を下ろすと、馬車はバラムの町を出発した。

 外の景色を眺めていると、町の中から街道に差しかかる。
 馬車はそのままテンポよく足を運び、順調に進んでいった。



 その後は途中の町で休憩を挟みつつ、日没後にカティナの町に到着した。
 日が暮れてからも移動していたが、幸いなことに護衛ハンクの出番はなかった。
 
 外は暗くなっているので、足元に注意して客車を下りた。
 ホーリーライトを唱えて、明かり代わりにする。

 カティナの町の外周には篝(かがり)火が並んでおり、町の中には魔力灯が立っているので、多少は町の様子が分かった。
 
「遅い時間ですけど、宿を探さないといけないですね」

「ああっ、おれの知り合いがいるから、そこに泊めてもらう」

「宿屋はないのかしら。民泊なんてイヤよ」 
 
 アデルは移動の疲れもあってか、少し不機嫌だった。

「民泊っちゃ民泊かもしれねえな。泊まるのはあそこだ」

 ハンクはそう言うと、町の方角を指先で示した。

「暗くて分かりにくいですけど、あの宮殿みたいなやつのことですか」

「そうだ。あれが友人のドミニクの家だ」

「こんな辺境にあんな立派な宮殿があるなんて、この辺りの王族なのかしら?」

「いや、ジャレスは商人で庶民の出なんだな」

 詳しい話は後ですると言って、ハンクは宮殿に向かって歩き出した。

「まあ、その辺の民家じゃないだけマシよね」

 アデルはぼやきながら、ハンクに続いた。

 当の俺はというと、Sランク冒険者ネットワークに驚きつつ、宮殿の中がどうなっているのか気になり始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

シンデレラ。~あなたは、どの道を選びますか?~

月白ヤトヒコ
児童書・童話
シンデレラをゲームブック風にしてみました。 選択肢に拠って、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドに別れます。 また、選択肢と場面、エンディングに拠ってシンデレラの性格も変わります。 短い話なので、さほど複雑な選択肢ではないと思います。 読んでやってもいいと思った方はどうぞ~。

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...