上 下
26 / 449
新たな始まり

転生前の記憶と海水浴

しおりを挟む
 店員に教えられた場所は、海の家から近い距離にあった。
 漁船と思われる小船が何隻か係留されていて、こじんまりとした港だった。

 自画像そのままの見た目だったので、ナツミを探すのは簡単だった。
 釣りをしている金髪ロング年齢不詳の美女は、他に見当たらない。

 話しかけていいものか分からないが、彼女に近づいてみることにした。

「……何か用かい?」

 距離は少し離れていたが、ナツミはこちらを牽制するように話しかけてきた。

「店の人からここで釣りをしていると」

「とりあえず、こっちに座んな」

 彼女はこちらをちらりと見た後、そう促した。

 俺はおずおずと歩み寄り、ナツミの隣に距離をおいて腰を下ろした。

「その歩き方、冒険者だね」

「もう引退してまして、元ですね」

「あたしも似たようなもんさ」

 Sランクに次ぐAランク冒険者ということだが、活動を控えているのだろうか。

 何か話そうと思うものの、適当な言葉が見つからない。
 お互いに口を開かないまま、波の音だけが聞こえていた。
 
 たずねにくいことだが、本題を切り出さなければ。

「海の家を偶然思いつくとは思えなくて、日本から転生したんですか?」
 
「なんだ、そんなことを聞きに来たのかい」

 重要な質問のはずだが、ナツミの反応は薄かった。
 
「ナツミという名前、本名ではないですよね」

「元々はグロリアって名前さ。たずねるばかりじゃなくて、あんたのことも教えな」

 彼女は話しながら、釣り糸を手繰り寄せた。
 針先には小ぶりなアジのような魚がついていた。

「……十代の時に記憶が蘇って、その影響で冒険者をして資金を貯めて、自分の店を持ちました。転生前のことはわりと思い出せます」

 俺が話し終えると、ナツミはエサの付いた針を海面に送り出した。

「他人をとやかく言えたもんじゃないが、その記憶はロクなもんじゃないんだろうね。でなけりゃ、こんなのんびりした世界で生き急ぐわけがない」

 彼女の言葉が胸に重く響いた。
 己の全てをさらけ出してしまいそうな衝動を堪(こら)える。

「……以前の記憶、どれぐらい思い出せますか?」 

「おいそれと他人に話すことじゃないだろうが、印象に残るような出来事はわりと思い出せるね」

 ナツミは淡々と話していたが、何かを懐かしそうにしていることは分かった。
 話を続けるべきか迷っていると、彼女が言葉を続けた。

「思い出したくないことばかりでも、海だけはずっと好きでね。海のあるこの町で店を始めた。冒険者が金集めの手段だったのはあんたと同じか」

 ナツミの話を聞いてから、疑問が生じていた。
 辛いことがあった人間ばかりがこの世界に転生しているのか、あるいは何のつながりもないのか。
 自分と彼女、他には武器屋の店主の情報だけでは判断できなかった。
 
「……そろそろ行きます。釣りの最中にお邪魔しました」

「ガルフールは初めてかい? せっかく来たなら、ブルークラブを食べて帰んな」

「初めて聞きますけど、どうやって食べるんですか?」

「それは食べる時のお楽しみってやつさ。いい店があるから、教えとくよ」

 俺はおすすめの店を聞いてから、その場を後にした。
 
 エスカとフランの様子を見に行くため、海の家へ戻ってきた。

 波打ち際の方に目をやると、水着姿の二人が遊んでいた。
 他にも海水浴を楽しむ人々の姿が目に入る。 
 
 俺はグレープフルーツジュースを海の家で注文して、外に置いてあったビーチチェアに腰かけた。

 冷たい飲み物片手に、楽しそうな二人を眺める。
 こちらに気づいたエスカが手を振ったので、同じように手を振り返す。

 ゆったりした時間が流れて、心からくつろげる瞬間だった。
 そのまま、俺たちは夕方辺りまですごした。

 エスカとフランが海から上がって着替えを終えた後、ナツミから教わったブルークラブを食べに行こうと考えていた。

「海の家の社長に勧められた料理があるんだけど、食べに行くのはどうかな」

「賛成です」

「いいですわね」

 俺たちはナツミおすすめの店へと移動を開始した。

 ガルフールの道に不慣れなものの、海の家から近かったので、簡単に店を見つけることができた。

 レストラン・アズールという名前を聞いた時に予想していたが、この前のブラスリーを超えそうな高級感ある店構えだった。
 テラス席や店内の客層から、お金持ち向けの店に見える。

「マルクさん、なかなかいいお値段しますね」

 エスカが店の前にあるメニューを指先で示した。

「おっ、どれどれ……」

 たしかに庶民向けとは言いがたい金額だった。
 フランやアデルは問題ないと思うが、俺とエスカには敷居が高い。

「今回は予算があるから、気にせず食べたら――」

 エスカと話していると、フランがふらりと離れていった。

「お姉さまー」

 フランの先を見ると、上品な服を着たアデルの姿があった。
 彼女は一人で食事中だったが、こちらに気づくと驚いたような表情で固まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小型オンリーテイマーの辺境開拓スローライフ~小さいからって何もできないわけじゃない!~

渡琉兎
ファンタジー
◆『第4回次世代ファンタジーカップ』にて優秀賞受賞! ◆05/22 18:00 ~ 05/28 09:00 HOTランキングで1位になりました!5日間と15時間の維持、皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 誰もが神から授かったスキルを活かして生活する世界。 スキルを尊重する、という教えなのだが、年々その教えは損なわれていき、いつしかスキルの強弱でその人を判断する者が多くなってきた。 テイマー一家のリドル・ブリードに転生した元日本人の六井吾郎(むついごろう)は、領主として名を馳せているブリード家の嫡男だった。 リドルもブリード家の例に漏れることなくテイマーのスキルを授かったのだが、その特性に問題があった。 小型オンリーテイム。 大型の魔獣が強い、役に立つと言われる時代となり、小型魔獣しかテイムできないリドルは、家族からも、領民からも、侮られる存在になってしまう。 嫡男でありながら次期当主にはなれないと宣言されたリドルは、それだけではなくブリード家の領地の中でも開拓が進んでいない辺境の地を開拓するよう言い渡されてしまう。 しかしリドルに不安はなかった。 「いこうか。レオ、ルナ」 「ガウ!」 「ミー!」 アイスフェンリルの赤ちゃん、レオ。 フレイムパンサーの赤ちゃん、ルナ。 実は伝説級の存在である二匹の赤ちゃん魔獣と共に、リドルは様々な小型魔獣と、前世で得た知識を駆使して、辺境の地を開拓していく!

無人島Lv.9999 無人島開発スキルで最強の島国を作り上げてスローライフ

桜井正宗
ファンタジー
 帝国の第三皇子・ラスティは“無能”を宣告されドヴォルザーク帝国を追放される。しかし皇子が消えた途端、帝国がなぜか不思議な力によって破滅の道へ進む。周辺国や全世界を巻き込み次々と崩壊していく。  ラスティは“謎の声”により無人島へ飛ばされ定住。これまた不思議な能力【無人島開発】で無人島のレベルをアップ。世界最強の国に変えていく。その噂が広がると世界の国々から同盟要請や援助が殺到するも、もう遅かった。ラスティは、信頼できる仲間を手に入れていたのだ。彼らと共にスローライフを送るのであった。

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。 わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。 それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。 男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。 いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。

チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化進行中!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、ガソリン補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

無属性魔法って地味ですか? 「派手さがない」と見捨てられた少年は最果ての領地で自由に暮らす

鈴木竜一
ファンタジー
《本作のコミカライズ企画が進行中! 詳細はもうしばらくお待ちください!》  社畜リーマンの俺は、歩道橋から転げ落ちて意識を失い、気がつくとアインレット家の末っ子でロイスという少年に転生していた。アルヴァロ王国魔法兵団の幹部を務めてきた名門アインレット家――だが、それも過去の栄光。今は爵位剥奪寸前まで落ちぶれてしまっていた。そんなアインレット家だが、兄が炎属性の、姉が水属性の優れた魔法使いになれる資質を持っていることが発覚し、両親は大喜び。これで再興できると喜ぶのだが、末っ子の俺は無属性魔法という地味で見栄えのしない属性であると診断されてしまい、その結果、父は政略結婚を画策し、俺の人生を自身の野望のために利用しようと目論む。  このまま利用され続けてたまるか、と思う俺は父のあてがった婚約者と信頼関係を築き、さらにそれまで見向きもしなかった自分の持つ無属性魔法を極め、父を言いくるめて辺境の地を領主として任命してもらうことに。そして、大陸の片隅にある辺境領地で、俺は万能な無属性魔法の力を駆使し、気ままな領地運営に挑む。――意気投合した、可愛い婚約者と一緒に。

処理中です...