16 / 473
新たな始まり
強敵の出現
しおりを挟む
「うわっ、けっこうな数が向かってますけど」
「落ち着け。おれたちの戦力なら問題ない」
俺はハンクの一言で、気が動転していることに気づいた。
アデルとハンクが魔法を放つ準備をして、フランは槍を構えている。
三人が頼りになることを忘れてはいけない。
彼らに遅れを取らないように、もらったばかりの刀を鞘から引き抜く。
それを構えてから、咄嗟の時には魔法を放てるように魔力にも意識を向けた。
体勢の整った俺たちに向かって、弾丸のようにハチたちが降り注ぐ。
胴体が大きいことで空気抵抗が生じるのか、捉えられないほどの速さではない。
アデルとハンクは魔法で火球を連発して、次々に撃ち落としていく。
フランは魔法に巻き込まれないような位置を取りながら、槍で突き刺していた。
「……予想通りとはいえ、俺の出番はないかも」
元冒険者としては、しょんぼりするような気持ちだった。
そこでふと、フランの死角から瀕死のキラービーが襲いかかるのに気づいた。
「……危ない――」
俺は草に足を取られないように飛び出すと、手にした刀を振り抜いた。
鋭い切れ味で、敵の胴体が真っ二つになっていた。
「もしかして、助けてくださったの」
「危なかったので」
「……きれいに両断されてますわ。意外とやりますのね」
フランは優雅な笑みを浮かべた後、すぐに表情を引き締めた。
「わたくしたちに任せて、自分の身を守るのに集中すべきですわね」
彼女なりの気遣いを感じる言葉だった。
ハンクにフランと組めと言われた時、連携して戦うことができたらと思った。
しかし、肩を並べて戦うには予想以上に実力に開きがあった。
せめて彼女が言うように、己の身だけは守らねばならない。
キラービーは群れで襲いかかってくるようで、次から次へと現れている。
アデルたちは持久戦を強いられても、持ちこたえられるだろうか。
三人の心配をしていると、目の前に一匹のキラービーが接近して、巨大な顎で噛みつこうとしたり、毒針を突き刺そうとしたりしてきた。
必死に刀で追い払っていると、こちらに気づいたハンクが素早い動作で敵に剣を突き立てた。
「大丈夫か?」
「はい、どうにか」
「このままだと時間がかかりそうだな」
わずかではあるが、ハンクは疲れの色を見せた。
「――ここは私に任せて」
アデルがこちらに近づいてきて、フランにも集まるように言った。
フランは軽い身のこなしで、こちらに近づいた。
「お姉さま、何か作戦がありますの?」
「私の魔法でまとめてやっつけるから、ここを離れないで」
「おう、頼んだぞ」
「ああっ、なんて凛々しいのかしら」
恋する乙女のようなフランをスルーして、アデルはキラービーの群れを見据えた。
「――フレイム・ブレス」
彼女が両手を掲げると、上空に向けて激しい炎が広がっていった。
文字通り、ドラゴンが火を吹いたような光景だった。
前方から迫っていたキラービーたちが、次々と燃え尽きていく。
やがて炎が収まると、その後にはわずかな灰が落ちてくるだけだった。
功労者のアデルに視線を向けると、彼女はふうっと一息ついた。
「すげえじゃねえか。あんな魔法が使えたんだな」
「ハンクにお姉さまの実力が認められるなんて、いい気分ですわ」
「けっこう魔力を使うから、なかなか出番はないのよ」
俺は言葉が出てこなかった。
アデルの範囲魔法は凄まじい威力だった。
「キラービーはひとまず途切れたし、先へ行くとするか」
「……は、はい」
ハンクは俺の肩をポンッと叩いた後、先頭に立った。
彼が先導するかたちで移動を再開すると、少し前と同じように草をかき分けながら進んだ。
キラービーに注意しながら歩き続けると、道の先の草が途切れていた。
その先からは岩肌が露出するような道になっている。
「あそこに七色ブドウがある。もう少しだ」
草の生えた道を越えたところで、ハンクが口を開いた。
切り立った岩壁にツタのような植物が広がるのが目に入った。
「へえ、山ブドウの一種なんですね」
「ああっ、その通りだ」
「何だか甘い香りがするわね」
「これは七色ブドウの匂いだな」
俺たちは会話をしながら、岩壁に向かって足を運んだ。
いよいよ、七色ブドウが目前に迫ったところで、ハンクが歩みを止めた。
それに続いて、アデルやフランも立ち止まり、俺も同じように止まった。
「……妙な感じがするんだよな」
ハンクは腕組みをしたまま前方を見つめた後、足元の石をそっと拾い上げた。
そして、ゆったりとした動作で七色ブドウの手前に投げた。
その石は地面に落下するかと思いきや、近くの岩陰から何かが飛び出てきて、石を破壊した。
「マジか、こいつがいたのか!?」
ハンクが驚くような素振りを見せた。
そんな彼の姿を初めて目にした。
飛び出てきたのは巨大なクモだった。
ギルドの資料で見たことがある気がするが、実物はかなりの迫力がある。
人の背丈よりもずいぶん大きく、全身を黒い毛で覆われていた。
「あれはベノムスパイダーだ。マルクとフランはキラービーの邪魔が入らないようにしてくれ。アデル、まだいけるか?」
「ええ、言うまでもないわね。七色ブドウを前に挫けるわけにはいかないわ」
アデルは魔力を消費したはずだが、気力が充実しているように見えた。
「店主、キラービーが来ましたわ。わたくしたちで足止めしますわよ」
「はい、そのつもりです」
騒ぎを聞きつけたのか、複数のキラービーが上空から向かっていた。
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます!
お気に入りの登録も感謝です。
「落ち着け。おれたちの戦力なら問題ない」
俺はハンクの一言で、気が動転していることに気づいた。
アデルとハンクが魔法を放つ準備をして、フランは槍を構えている。
三人が頼りになることを忘れてはいけない。
彼らに遅れを取らないように、もらったばかりの刀を鞘から引き抜く。
それを構えてから、咄嗟の時には魔法を放てるように魔力にも意識を向けた。
体勢の整った俺たちに向かって、弾丸のようにハチたちが降り注ぐ。
胴体が大きいことで空気抵抗が生じるのか、捉えられないほどの速さではない。
アデルとハンクは魔法で火球を連発して、次々に撃ち落としていく。
フランは魔法に巻き込まれないような位置を取りながら、槍で突き刺していた。
「……予想通りとはいえ、俺の出番はないかも」
元冒険者としては、しょんぼりするような気持ちだった。
そこでふと、フランの死角から瀕死のキラービーが襲いかかるのに気づいた。
「……危ない――」
俺は草に足を取られないように飛び出すと、手にした刀を振り抜いた。
鋭い切れ味で、敵の胴体が真っ二つになっていた。
「もしかして、助けてくださったの」
「危なかったので」
「……きれいに両断されてますわ。意外とやりますのね」
フランは優雅な笑みを浮かべた後、すぐに表情を引き締めた。
「わたくしたちに任せて、自分の身を守るのに集中すべきですわね」
彼女なりの気遣いを感じる言葉だった。
ハンクにフランと組めと言われた時、連携して戦うことができたらと思った。
しかし、肩を並べて戦うには予想以上に実力に開きがあった。
せめて彼女が言うように、己の身だけは守らねばならない。
キラービーは群れで襲いかかってくるようで、次から次へと現れている。
アデルたちは持久戦を強いられても、持ちこたえられるだろうか。
三人の心配をしていると、目の前に一匹のキラービーが接近して、巨大な顎で噛みつこうとしたり、毒針を突き刺そうとしたりしてきた。
必死に刀で追い払っていると、こちらに気づいたハンクが素早い動作で敵に剣を突き立てた。
「大丈夫か?」
「はい、どうにか」
「このままだと時間がかかりそうだな」
わずかではあるが、ハンクは疲れの色を見せた。
「――ここは私に任せて」
アデルがこちらに近づいてきて、フランにも集まるように言った。
フランは軽い身のこなしで、こちらに近づいた。
「お姉さま、何か作戦がありますの?」
「私の魔法でまとめてやっつけるから、ここを離れないで」
「おう、頼んだぞ」
「ああっ、なんて凛々しいのかしら」
恋する乙女のようなフランをスルーして、アデルはキラービーの群れを見据えた。
「――フレイム・ブレス」
彼女が両手を掲げると、上空に向けて激しい炎が広がっていった。
文字通り、ドラゴンが火を吹いたような光景だった。
前方から迫っていたキラービーたちが、次々と燃え尽きていく。
やがて炎が収まると、その後にはわずかな灰が落ちてくるだけだった。
功労者のアデルに視線を向けると、彼女はふうっと一息ついた。
「すげえじゃねえか。あんな魔法が使えたんだな」
「ハンクにお姉さまの実力が認められるなんて、いい気分ですわ」
「けっこう魔力を使うから、なかなか出番はないのよ」
俺は言葉が出てこなかった。
アデルの範囲魔法は凄まじい威力だった。
「キラービーはひとまず途切れたし、先へ行くとするか」
「……は、はい」
ハンクは俺の肩をポンッと叩いた後、先頭に立った。
彼が先導するかたちで移動を再開すると、少し前と同じように草をかき分けながら進んだ。
キラービーに注意しながら歩き続けると、道の先の草が途切れていた。
その先からは岩肌が露出するような道になっている。
「あそこに七色ブドウがある。もう少しだ」
草の生えた道を越えたところで、ハンクが口を開いた。
切り立った岩壁にツタのような植物が広がるのが目に入った。
「へえ、山ブドウの一種なんですね」
「ああっ、その通りだ」
「何だか甘い香りがするわね」
「これは七色ブドウの匂いだな」
俺たちは会話をしながら、岩壁に向かって足を運んだ。
いよいよ、七色ブドウが目前に迫ったところで、ハンクが歩みを止めた。
それに続いて、アデルやフランも立ち止まり、俺も同じように止まった。
「……妙な感じがするんだよな」
ハンクは腕組みをしたまま前方を見つめた後、足元の石をそっと拾い上げた。
そして、ゆったりとした動作で七色ブドウの手前に投げた。
その石は地面に落下するかと思いきや、近くの岩陰から何かが飛び出てきて、石を破壊した。
「マジか、こいつがいたのか!?」
ハンクが驚くような素振りを見せた。
そんな彼の姿を初めて目にした。
飛び出てきたのは巨大なクモだった。
ギルドの資料で見たことがある気がするが、実物はかなりの迫力がある。
人の背丈よりもずいぶん大きく、全身を黒い毛で覆われていた。
「あれはベノムスパイダーだ。マルクとフランはキラービーの邪魔が入らないようにしてくれ。アデル、まだいけるか?」
「ええ、言うまでもないわね。七色ブドウを前に挫けるわけにはいかないわ」
アデルは魔力を消費したはずだが、気力が充実しているように見えた。
「店主、キラービーが来ましたわ。わたくしたちで足止めしますわよ」
「はい、そのつもりです」
騒ぎを聞きつけたのか、複数のキラービーが上空から向かっていた。
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます!
お気に入りの登録も感謝です。
115
お気に入りに追加
3,382
あなたにおすすめの小説

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜
青空ばらみ
ファンタジー
一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。
小説家になろう様でも投稿をしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる