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第三章

アルミンの救出

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 ミレーナはアルミンの近くでひざから立つ状態になり、様子を確認するように全身に目を向けた。
 そして、彼女は杖の先端をアルミンの上に掲げた。
 球体の部分から柔らかい光が出て、彼をベールのように包みこんだ。

「……はっ、ここは?」

「私はミレーナ。村長の依頼であなたを助けにきた」

「そ、村長が?」

 アルミンは意識が朦朧としているようだった。
 それを見て荷物から自分の水筒を取り出した。
 そっと差し出すと、彼はおぼつかない動きで手にした。

「……君の名前は?」

「カイト。ミレーナの仲間だよ」

「これもらうな」

 アルミンはそう言って水筒でのどを潤した。
 いくらか水分を摂取した後、顔色がよくなったように見えた。
 
「ありがとう。ここはポイズンプラントの近くだから、早く逃げた方がいいよな」

「それなら大丈夫」

 ミレーナが杖の先で状況を示した。
 アルミンはそれを目の当たりにして、両目を見開いた。

「嬢ちゃんは魔法使いか。それでここまで」

「新芽が目的なら採取して。私とカイトが村まで同行する」

「それは助かる。少し待ってくれ」

 アルミンはポイズンプラントの脇から生える若い芽を摘んだ。
 彼の採取が終わった後、三人で来た道を引き返した。
 人数が多いと森の生物が警戒するようで、最初ほどは危険を感じなかった。

 やがて幻魔の森の入り口が見えた。
 ほとんどの時間に緊張が続いていたことで、村が近づいたところで疲れが出た。
 無事に戻れたことを実感すると、言葉に言い表せないような達成感を覚えた。

 肝心のアルミンは意識を取り戻したばかりなのだが、村に到着すると一人の女性のところに走っていった。
 救助を懇願していたことで見覚えがあり、彼女が婚約者のスザンナだと分かった。
 感動的な再会を横目で見ながら村に入り、帰還を待ち望んでいた様子の村長へと歩みを寄せる。

「ありがとうございました。よくぞご無事で」

「ポイズンプラントや毒キノコがあるから、今後も村の人は入らない方がいい」

「ええもちろん、村の者には立ち入らないよう徹底します」 

 村長はミレーナの言葉に何度も頷いた後、何かが入っている布袋を差し出した。
 状況からして中身が何であるか察しがついた。

「今回の依頼料です。村には馬がないため、王都まで納めに行くのは大変でして。どうかお受け取りください」

「分かった。ウィニーに伝えておく」

「ところでお腹は空きませんか? よろしければご用意させてください」

「うん、いいよ」

「じゃあ俺も」

 村長は俺たちの答えを聞くと、最初に会話をした村の中心に案内した。
 ミレーナと二人で椅子に座って待つと、次々に色んな料理が並べられた。
 アルミンの無事が喜ばしいことを表すように、ちょっとした祭りのような雰囲気になっている。

 それから村の人たちに感謝されながら食事を済ませた。
 そこまでの働きはできなかったものの、彼らの喜びに水を差さないために素直に応じた。
 人を助けるということの価値と重みを実感する出来事だった。

 誰かにそこまで感謝されたことはなかったので、心が満たされるような思いだった。
 もっとも、ミレーナの活躍が大きかったことは差し引いて考えるべきだろう。
 今のところ、俺一人で何かを成し遂げることはできそうにない。

 こうして、ミルランの村を離れる頃には夕方の時間になろうとしていた。
 往路と同じようにミレーナにしがみつく状態で馬に乘っている。

 巨大なキノコや植物に襲われながら、怪しい森から村人を助ける。
 そして、魔法使いの美少女にくっついても拒否されない状況。
 学校ではパッとせず、勉強でも運動でもそこそこの域を出ない自分にとって夢のような時間だ。

 実は異世界召喚が全部夢で、目が覚めたら移動中のバスだったと言われても驚かない。
 大変な目に遭ったクラスメイトは気の毒だが、俺自身は順応できている気がする。
 
 手綱を握るミレーナは今も静かで何を考えているかは分からない。
 それでも、彼女と二人で馬に乘っている時間が大事に思えた。
 


 翌朝、昨日までと同じように洋館に向かう。
 前日の幻魔の森のことなどをウィニーと話したかった。
 無事に達成することはできたものの、どういう狙いなのか気になっていた。

 通い慣れた場所のようにいつもの部屋に行くと、ウィニーとエリーがいた。
 それ以外に人影はなく、二人だけのようだ。
 特に取りこみ中というわけではなかったので、そのまま近づいて声をかける。

「おはよう」

「昨日はよくやった。幻魔の森はヤバかったろ?」

 ウィニーの言葉から確信犯だったことが窺える。
 あそこが危ないことは知っていたのだろう。
 文句の一つも言いたいところだが、ゆったり構える彼を前にするとそんな気持ちは薄れるのだった。

「森のブラウンベアーも危なかったけど、ポイズンプラントはとんでもないよ。ミレーナがいなかったら、どうなっていたか」

「とにかく、無事だったならいいじゃねえか」

「まあ、そうだけど」

「なあ、ちょっといいか?」

 二人で立ち話をする状況だったが、ウィニーに促されて別室に移動した。
 コンパクトな部屋で備品は少なく、普段は使われていない雰囲気だ。

「それで秘密の話?」

「そんなところだ」

 ウィニーは窓際に立つと、少しの間をおいてこちらに振り向いた。

「大事な話がある」

「改まってどうしたの?」

 ウィニーの表情はこれまでに見たことのない固さがあった。
 彼が何を話すつもりなのか、緊張が高まるのを感じた。
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