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第二章

モンスター襲来

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 馬車は洋館の前を出発して、王都を囲む城壁を越えて街道に出た。
 王都への通用口には衛兵が立っていたが、サリオンと顔見知りのようで短時間で通過できた。

 サリオンとの距離感が分からず、御者台と反対の後ろ側に座っている。
 徐々に王都が遠ざかり、少し心細い気持ちだった。
 すれ違うのは他の馬車や行商人風の人たち。
 あとは武装した兵士か冒険者のような姿も見える。 
 街道はしっかり整備されており、馬車の揺れは耐えられる範囲だ。
 
 お互いに沈黙のまま時間がすぎていく。
 御者台で手綱を握るサリオンの後ろ姿を眺めてみても、彼が何を考えているのか想像がつかない。

 馬車が街道を進み続ける中で、今回の依頼について詳しいことを知らないことに気づく。
 隣町にサリオンと荷物を運ぶことしか知らされていない。
 どんなルートを通るのか、荷物の中身は何なのか――。

 旅団では新参者とはいえ、扱いが軽すぎるような気もした。
 ただ、ウィニーの人柄を考えれば、他意はないのかもしれない。

 自分の中で疑問が膨らみ、その答えを知りたい気持ちが強くなっていた。
 サリオンに声をかけるのは気が進まないが、この場でそれを答えられるのは彼しかいない。
 意を決して荷車の後方から前へと這うように動く。

「……あの、依頼のことを詳しくて訊いても?」

 こちらがたずねると、サリオンはおやっと小さく声を上げて振り返った。

「大した内容ではないですが、興味がありますか?」

「……俺も旅団の一員なら、知っておきたい」

 サリオンは進行方向に注意を向けながら会話を続ける。

「分かりました。運んでいるのは王都の市場で手に入れた果実。依頼主はアインの町の食料品店です。今は折り返しをすぎたところで、これからショートカットするので街道を通るよりも早く着きます」

「……分かった。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 サリオンは前を向いたまま言った。
 ショートカットと口にしたが、地元の人間にしか分からない抜け道があるのだろうか。
 たずねるほどでもないと思い、会話を切り上げて荷車の後方に戻った。
  
 自分で馬を操れるわけではない以上、行き先はサリオンに任せるしかない。
 正直なところ、彼を信じきったわけではないが、不信感を見せたところでいい結果につながるとは思えなかった。

 馬車はやがて街道を逸れて森の中の道へと入っていった。
 整備された街道とは異なり、道にでこぼこがあるみたいだ。
 許容範囲だった揺れが徐々に大きくなる。

 ふと、ルチアと組むことになった内川のことを思い返した。
 彼女は単純な性格なので、そこまで言葉を選ぶ必要もない。
 サリオンのようにウィニーに強く抗議することもなかった。

 こうなれば、ウィニーが俺とサリオンを一緒にしたことに何か理由があると信じたい。

 時折、幌に突き出た枝が当たっているが、問題なく進んでいる。
 肝心の積み荷は重量がありそうで、しっかりと梱包されている。

 サリオンはどう考えているか分からないが、次第に沈黙に気まずさを感じていた。
 再び御者台の方に近づいて、彼に話しかける。

「森の方は通行人が少ないね」

「この道は大丈夫ですが、森の奥でクマが出ますから」

「へえ、クマが……」

 サリオンの返事に背筋が冷たくなる。
 この世界の住人がどうか知らないが、日本人の感覚では明らかな脅威である。

「心配いりません。何かあっても私が守ります」

「はあ、それはどうも」

 予想外の気遣いに生返事をしてしまった。
 しかし、サリオンは気にしていないようで、そのまま話を続ける。

「ところで、君は何か役に立てそうなことはあるのかい?」

「……役に立てそうなこと?」

「例えばほら、魔法であるとか剣技の嗜みであるとか」

「うーん、残念ながら」

 魔眼のことを話すのは早い気がした。
 俺の返事に対して、サリオンはそうですかと憐れむような反応だった。

「弓でよければ私が教えましょう。それとウィニーは寛容なだけで、人に教えるのは得意ではない。旅団の仕事で命を落としても自己責任です。身を守る術は得ておいて損はないはず」

「……その、死ぬほど危険な依頼なんてあるの?」
  
 命を落とすという言葉を見すごすわけにはいかなかった。
 震えがちな声を出して、サリオンにたずねた。

「ウィニーに悪意はないはずですが、見習いが何人か死んでいます。それに関しては依頼の危険度よりも未熟さが要因でしょう。依頼自体が危険な場合はウィニー直々に請け負うか、私やルチアに回ります」

「ちなみにルチアは強いのかな」

「彼女は訓練を受けた獣人系の亜人ですから、半端な冒険者よりも強いですよ」

「へえ、そうなんだ――」

 会話の途中でサリオンが何かに気づいたように静かになった。

「……そんなバカな。カイト、荷車に掴まりなさい」

「えっ?」

 突然のことに動揺しつつ、言われた通りにした。
 馬車は急ブレーキをかけたように停止して、馬が悲鳴のような鳴き声を発した。

「……一体、何が?」

「ブラウンベアーです」

 サリオンに促されて御者台から前を見る。
 道の先に大きなクマが立っている。
 テレビで見たグリズリーのようにデカい。

「カイト、そこから出ないように」

 サリオンは深刻な様子で言った後、矢と弓を手にして軽やかな動きで地面に下りた。
 クマは人に驚いて逃げることもあるらしいが、ブラウンベアーはこちらに向かっている。
 その大きさからして危険であることは間違いないだろう。

「……魔眼は」

 今のところ反応はない。
 命に関わるようなリスクはないということか。

 思いつきで短剣を取り出してみるが、分厚い毛皮に覆われたブラウンベアーを倒せるとは思えない。
 このまま身を潜めようと決めたところで、右目に奇妙な感覚があった。

「――これは魔眼」

 二度目の発動。
 走馬灯のように情景が流れていく。

 馬車から少し離れた位置で、サリオンが苦戦しながらもブラウンベアーを倒している。
 荷車で待機している俺はそれを見てホッとするが、そこに別の一頭が現れる。
 ブラウンベアーの狙いは人間ではなく積み荷の果実なのだが、視界に入ったことで襲いかかられる。

「――はっ、はぁ……」

 魔王の攻撃で消し飛ぶよりもリアルな内容だった。
 無意識に呼吸が乱れて、顔の辺りを汗が伝う。
 とにかく、荷車を離れてサリオンに伝えなければ。

 俺は急いで立ち上がり、彼のところに駆けていった。


 あとがき
 お読み頂き、ありがとうございます。
 今日のお昼にもう一話投稿します。
 引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。
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