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はじまりまして
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「すまん、冗談のつもりだったんだが……。今――ふぎゅっ!?」
と、変な奇声を上げるファーシル。
彼女が放った――無音のおならは、自身の嗅覚にも触れてしまったようで、そのあまりの臭いに、彼女は慌てた様子で自分の鼻をおさえた。
そして、そんな彼女よりも近い位置で、臭いを嗅いでしまったヴェルゼはというと、
「――ヴェルゼ! だいっ、じょうぶ……」
「ふ、ぁ……」
心配げな声を上げるファーシルの眼前で、ヴェルゼは脳震盪を起こしたかのように、頭を、くらくら、と揺らしていた。
目の焦点は合っておらず、彼女は唐突に――ぴたっ、と動きを止めると、
「――お、うっぷ!」
胃からせり上あがってくるものを、どうにか押さえ込みながら、どうみても気分の悪そうな、青い顔をする。
だが、動揺した様子のファーシルに、心配いらない――と、彼女は強引に、ゆっくりと目の焦点を合わせると、無言で引きつった笑みを浮べた。
そんな彼女の様子に、
「ヴェルゼ……。すまん……」
ファーシルはヴェルゼの手から『魔力タンク』を取ると、適当にベッドの枕の辺りに置いた。
そして、ヴェルゼをベッドの上へ誘導すると、そこに彼女の身体を寝かせ、その上に布団をかけてやる。
「いま窓を――」
「おう……、さま……」
ヴェルゼはベッドを降りようとするファーシルの手を掴むと、何かを否定するように、首を横に振った。
「大丈夫、ですから……。それに、わたくしもさっき、魔王様に同じことをしました」
「いやいや。ヴェルゼのとは全然――」
「いえ。そんなことは、些細なことです……。それに、わたくしのことを友人と呼んでくださるのでしたら、どちらのほうが……などと、比べるなんていうのは、無粋なことです」
「…………」
ヴェルゼの言葉に、黙り込むファーシル。
それから、彼女はおもむろに――ヴェルゼが寝ている布団の中へと入っていった。
「――まっ、魔王様!?」
「良いではないか。たまには、こういうのも」
「いっ、いえっ! そんな――」
「こらこら、安静にしていなくてはだめだろ。それに、まだ臭いも散りきってないから……、きついだろう? けど、お前が大丈夫って言ったんだからな。窓は開けてやらんぞ」
「…………」
にやりと悪戯っぽく笑うファーシルに、ヴェルゼは思わず呆然とする。
それから彼女はなにを思ってか、ファーシルに聞こえてしまわないように、こくり、とのどを鳴らした。
「あっ、そうだ……」
と――ファーシルは言うと、おもむろに手を伸ばし、枕の横に置いておいた『魔力タンク』を取り、それを――布団の中へともぐり込ませていく。
「これはこの中に入れておこう。で、屁が出そうになったら、補充してやってくれ。恥ずかしいが……、沢山魔力を補充してやったほうが、あいつも喜ぶだろう」
ファーシルがそう言うと、
「あの……」
「ん? どうした?」
「いえ、たいした疑問ではないのですが……。この『魔力タンク』って、モリヤさんの魔力とつながっているんですよね?」
「ああ、うっすらと感じるが……。ああ、そうか。もしかして、ヴェルゼには魔力の気配が……、わからないのか?」
ファーシルは過去の記憶を思い出すようにして尋ねる。
その問いに、ヴェルゼは当然だと言わんばかりの表情で頷いた。
「はい。それができるのは、魔王様クラスの者だけだかと……」
「ほう……」
「それが、どうかしましたか?」
「ああ。いや、なんでもない。とりあえず話を進めてくれ。さっき、何かを言ってる途中だっただろ?」
ファーシルの言葉にヴェルゼは疑問の表情を浮べたが、すぐに気を取り直すと、
「はい、わかりました。それで、例えばの話なのですが……。魔力と一緒に――臭いも届いっている、なんてことはないんですかね?」
「それはないだろ。だって、もしそうなのだとしなら……」
~ も――ふううぅぅ
と、ファーシルはまたも――音をすかし、布団を少しだけ膨らませる。
それとともに、布団の中の温度が、むわっと上昇した。
ファーシルは苦笑いを浮べると、
「これに、耐えられると思うか?」
彼女の問いに、ヴェルゼは恐る恐る、布団の中の臭いをほんの少しだけ、におった――途端、
「――っ!?」
ヴェルゼは驚愕に目を見開く。
「た、確かに……。これをまともにくらっていたなら、今頃、必死になって、『魔力タンク』を取り返しに来ている頃でしょうね……」
「だろう? それに、ヴェルゼが魔力の補充を頼みに行っているあいだ。アユミは一度も、臭そうにしていなかったぞ?」
「なるほど。でしたら、その信憑性は増しますね。それに、部下の中にも、かなりの臭いの者が、数名がおりました。その臭いを嗅いで、無反応というのは、ありえないでしょう。わたくしですら……。いえ――とにかく。そういうことなら、そういう面での心配は、いらないみたいですね」
そんなヴェルゼの言葉に、ファーシルは肩をすくめると、
「ああ。だから遠慮なんてしなくともよい。本来であれば、わたしの布団の中で屁など、重罰ものだが、これは、親友であるアユミのためであり、“親友”である、ヴェルゼが相手だからな。快く許そう」
「魔王様……」
ファーシル言葉に、ヴェルゼは嬉しそうな声を漏らす。
それから、わかしました――とヴェルゼは頷くと、
「それでは、遠慮なく……、魔力の供給を……」
~ ばぶぉ!
それは、ヴェルゼが放屁をした音だった。
と、変な奇声を上げるファーシル。
彼女が放った――無音のおならは、自身の嗅覚にも触れてしまったようで、そのあまりの臭いに、彼女は慌てた様子で自分の鼻をおさえた。
そして、そんな彼女よりも近い位置で、臭いを嗅いでしまったヴェルゼはというと、
「――ヴェルゼ! だいっ、じょうぶ……」
「ふ、ぁ……」
心配げな声を上げるファーシルの眼前で、ヴェルゼは脳震盪を起こしたかのように、頭を、くらくら、と揺らしていた。
目の焦点は合っておらず、彼女は唐突に――ぴたっ、と動きを止めると、
「――お、うっぷ!」
胃からせり上あがってくるものを、どうにか押さえ込みながら、どうみても気分の悪そうな、青い顔をする。
だが、動揺した様子のファーシルに、心配いらない――と、彼女は強引に、ゆっくりと目の焦点を合わせると、無言で引きつった笑みを浮べた。
そんな彼女の様子に、
「ヴェルゼ……。すまん……」
ファーシルはヴェルゼの手から『魔力タンク』を取ると、適当にベッドの枕の辺りに置いた。
そして、ヴェルゼをベッドの上へ誘導すると、そこに彼女の身体を寝かせ、その上に布団をかけてやる。
「いま窓を――」
「おう……、さま……」
ヴェルゼはベッドを降りようとするファーシルの手を掴むと、何かを否定するように、首を横に振った。
「大丈夫、ですから……。それに、わたくしもさっき、魔王様に同じことをしました」
「いやいや。ヴェルゼのとは全然――」
「いえ。そんなことは、些細なことです……。それに、わたくしのことを友人と呼んでくださるのでしたら、どちらのほうが……などと、比べるなんていうのは、無粋なことです」
「…………」
ヴェルゼの言葉に、黙り込むファーシル。
それから、彼女はおもむろに――ヴェルゼが寝ている布団の中へと入っていった。
「――まっ、魔王様!?」
「良いではないか。たまには、こういうのも」
「いっ、いえっ! そんな――」
「こらこら、安静にしていなくてはだめだろ。それに、まだ臭いも散りきってないから……、きついだろう? けど、お前が大丈夫って言ったんだからな。窓は開けてやらんぞ」
「…………」
にやりと悪戯っぽく笑うファーシルに、ヴェルゼは思わず呆然とする。
それから彼女はなにを思ってか、ファーシルに聞こえてしまわないように、こくり、とのどを鳴らした。
「あっ、そうだ……」
と――ファーシルは言うと、おもむろに手を伸ばし、枕の横に置いておいた『魔力タンク』を取り、それを――布団の中へともぐり込ませていく。
「これはこの中に入れておこう。で、屁が出そうになったら、補充してやってくれ。恥ずかしいが……、沢山魔力を補充してやったほうが、あいつも喜ぶだろう」
ファーシルがそう言うと、
「あの……」
「ん? どうした?」
「いえ、たいした疑問ではないのですが……。この『魔力タンク』って、モリヤさんの魔力とつながっているんですよね?」
「ああ、うっすらと感じるが……。ああ、そうか。もしかして、ヴェルゼには魔力の気配が……、わからないのか?」
ファーシルは過去の記憶を思い出すようにして尋ねる。
その問いに、ヴェルゼは当然だと言わんばかりの表情で頷いた。
「はい。それができるのは、魔王様クラスの者だけだかと……」
「ほう……」
「それが、どうかしましたか?」
「ああ。いや、なんでもない。とりあえず話を進めてくれ。さっき、何かを言ってる途中だっただろ?」
ファーシルの言葉にヴェルゼは疑問の表情を浮べたが、すぐに気を取り直すと、
「はい、わかりました。それで、例えばの話なのですが……。魔力と一緒に――臭いも届いっている、なんてことはないんですかね?」
「それはないだろ。だって、もしそうなのだとしなら……」
~ も――ふううぅぅ
と、ファーシルはまたも――音をすかし、布団を少しだけ膨らませる。
それとともに、布団の中の温度が、むわっと上昇した。
ファーシルは苦笑いを浮べると、
「これに、耐えられると思うか?」
彼女の問いに、ヴェルゼは恐る恐る、布団の中の臭いをほんの少しだけ、におった――途端、
「――っ!?」
ヴェルゼは驚愕に目を見開く。
「た、確かに……。これをまともにくらっていたなら、今頃、必死になって、『魔力タンク』を取り返しに来ている頃でしょうね……」
「だろう? それに、ヴェルゼが魔力の補充を頼みに行っているあいだ。アユミは一度も、臭そうにしていなかったぞ?」
「なるほど。でしたら、その信憑性は増しますね。それに、部下の中にも、かなりの臭いの者が、数名がおりました。その臭いを嗅いで、無反応というのは、ありえないでしょう。わたくしですら……。いえ――とにかく。そういうことなら、そういう面での心配は、いらないみたいですね」
そんなヴェルゼの言葉に、ファーシルは肩をすくめると、
「ああ。だから遠慮なんてしなくともよい。本来であれば、わたしの布団の中で屁など、重罰ものだが、これは、親友であるアユミのためであり、“親友”である、ヴェルゼが相手だからな。快く許そう」
「魔王様……」
ファーシル言葉に、ヴェルゼは嬉しそうな声を漏らす。
それから、わかしました――とヴェルゼは頷くと、
「それでは、遠慮なく……、魔力の供給を……」
~ ばぶぉ!
それは、ヴェルゼが放屁をした音だった。
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