悪役のミカタ

MEIRO

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はじまりまして

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「ま――魔王様ぁっ!!」

 ヴェルゼは慌ててファーシルへと振り向く。
 彼女は先ほどの羞恥によるものか、頬を真っ赤に染めつつも、そんなことを気にしていられないと、ファーシルへと心配げな表情を向け、

「すみません! わたくし、魔王様になんてことを……!」

 ヴェルゼはその場でしゃがみ、ファーシルの様子をうかがうように、少し下から見上げる。
 その視界の先には、両手で顔を覆い「うー……」と声を発するファーシルの姿があり、彼女はゆっくりと顔を上げると、

「…………」

「ま、まおうさま……?」

「なあ、ヴェルゼ……。お前、顔――真っ赤だぞ……」

 くくく、とファーシルはおかしそうに笑った。

「……っ」

 呆然と目を見開くヴェルゼ。
 しばらくして――。
 その綺麗な緑色の瞳から、ゆっくりと――涙が流れてきた。
 すると、ファーシルは慌てた様子で口を開く。

「すまん……、からかいすぎたか?」

 その問いに、ヴェルゼは首を横に振って応じる。

「違うんです。わたくし、魔王様に対して、とんでもないことを……」

「いやいや、なにを言うのかと思えば。ほれ、わたしはなんともなってないぞ。それともなにか? わたしがこの程度のことで、怒るとでも思ったのか?」

 んー? ――と、悪戯っぽく言ったファーシルの声に、ヴェルゼは慌た様子で顔を上げる。
 すると、そんあヴェルゼの口をつぐませるように、ファーシルは片手で鼻をつまんだまま、もう一方の手で、ヴェルゼの頭を優しく撫でた。

「ああ、おかしかった……。ヴェルゼの屁が、こんなに臭いだなんて、誰も想像できないだろうな」

「まっ、まおうさま……?」

「だからこれは――二人だけの秘密にしておこう」

「……?」

 ファーシルの言葉に首をかしげるヴェルゼ。
 そんな彼女の反応を見て、ファーシルはおかしそうに笑うと、鼻をつまんでいた手を離し、いつのまに床へ落としてしまっていた『魔力タンク』を拾い上げる。
 どうやら、彼女は悲鳴を上げた反動で、手放してしまっていたようだ。

「別に、秘密にする必要はないのかもしれないが……。けど、そういうものがあったほうが――友人っぽくって、良いだろう?」

「――っ」

 ふいに優しい調子でかけられた言葉に、ヴェルゼの瞳から再び涙が溢れそうになる。
 ファーシルはそんな彼女の頬を優しくつねると、

「ほれ。いつまで、そんな顔をしてるんだ」

 彼女はもう片方の手から、『魔力タンク』をヴェルゼに渡す。
 それをヴェルゼの手が受け取ったのを確認すると、ファーシルはヴェルゼの顔から手を離し、ベッドの上で四つん這いになると、尻をヴェルゼへ向け、

「なあヴェルゼ。さっきの――お返し、してもよいか?」

「…………」

 ヴェルゼは無言で――『魔力タンク』口にくわえた。
 それはまるで、ファーシルの屁を、口で受けようとしているかのようで、そんな彼女の反応に、ファーシルは眉をひそめる。

「ん? それは……、どういう……」

「じょうだんです」

 ヴェルゼはそう言って『魔力タンク』を手にとる。

「ん?」

「冗談です」

「そうか」

 安堵のような息を吐くファーシル。
 真面目な顔でのヴェルゼの冗談に、ファーシルは紛らわしいと言わんばかりに、ぎこちない笑みを浮べると、

「なんだか、ヴェルゼのおかげで、気が楽になってきた。今なら簡単にだせそうなんだが……。臭かったら、すぐに避難してくれ」

「そんなもったいないことできるわけないじゃないですか」

「ん?」

 早口なヴェルゼの言葉に、うまく聞き取れなかった様子で、ファーシルは首を傾げた。
 それを受けて、「なんでもありません」とヴェルゼは首を横に振る。

「とにかく、わたくしは大丈夫です。それに、もし臭くても――おあいこ、ですから」

「なるほど……。おあいこ、か」

 ファーシルは微笑むと、

「そんなことより。なあ、ヴェルゼ。いつまでわたしを、こんな格好にさせているつもりだ?」

「はっ……。し、失礼いたしました。では……、さっそくですが……」

 ヴェルゼは慌てて『魔力タンク』を、ファーシルの尻へと、何気なく二つの穴がある方を向け、近づける。
 そのほう、しっかりと魔力が供給できるような気がして、彼女はなんとなくそうしたのだ。
 ちなみに、今日部下達におならをしてもらった際も、ヴェルゼは同じようにしていた。
 ファーシルは、そんなヴェルゼの様子を確認すると、なにやら苦笑いを浮べ、

「ああ。もしかすると、一度ひっこんでしまったぶん……、少しだけ、熟されてしまったかもしれん……。だから……」

「大変です。そんなものを嗅いでしまっては、わたくしの鼻が曲がってしまうかもしれませんね」

 ヴェルゼが珍しく、悪戯っぽく言う。
 だが、ファーシルは気分を害することもなく、くくく、笑みをこぼし、

「ほ、ほう……。なら、ほんとうに曲げてやろうか?」

 と――言ったすぐあと、

 ~ む――ふうぅ――わああぁぁ

 ヴェルゼは手に暖かい空気を感じ、ぞくぞく、と鳥肌を立てた。
 それが、どういう意味の反応なのかは、伏せておくとして――。
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