悪役のミカタ

MEIRO

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はじまりまして

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「とりあえず、今日は疲れただろうし、もう休め。まだ色々と話をしたいところではあるが、それはまた明日にしておくとしよう」

「いや……、それは、まあ……」

 かりる予定の部屋の前での会話中。
 森谷はファーシルの言葉への返答を悩む。
 どうやら、別の国からこの城の道中というのは、どの道を通っても、様々な難関が立ち塞がっているらしく、どんな屈強な者であっても、へばってしまうのだとか。
 ただ、森谷の場合はさらに別の裏ルートを通り、意図せず楽をしてきたわけで、そのうえ、起てきから、まだ数時間もたっていない。
 眠いはずもなかった。
 そして、わけあって――眠りたくないのである。
 とはいえ、自室へと立ち去ろうとする彼女を、理由もなく引き止めるのもおかしな話で、どうしたものかと、森谷が考えていると、

「「――うぐっ!?」」

 森谷とファーシルが同時に、なにやら苦しげな声を漏らす。

 ――臭気。

 それが、二者の鼻に触れたのだ。
 とんでもなく濃厚な、卵の腐ったような臭い。
 まるで――屁のような臭いだが、

「これは……。――毒ガスかっ!?」

「――ち、ちがいます……」

 慌てた様子のファーシルにそう答えたのは――ヴェルゼだった。
 彼女はよろよろした足取りで、二人の方へと歩いてくる。

「いやはや……、驚きました……」 

「ヴェル――くっ!?」

 今にも倒れそうなヴェルゼの体を片腕で支え、彼女からの漂う臭いに、ファーシルは吐きそうな表情でもう片方の手で鼻を覆った。

「この臭い、まさか……」

「そうです……彼女達の腹の中には――ドラゴンが眠っておりました」

「なんと! それは真か!?」

「いや……、冗談ですが……」

「――なっ……! まあ、それもそうか……」

 と、冗談なのか、気が動転しているのか、間の抜けたような内容の会話を二者は交わす。
 その間、森谷はというと、

「ん? どうした、アユミ?」

「…………」

 ファーシルの声に返事を返す余裕もなく、森谷は黙り込む。
 考えているのだ。
 後に起こるであろう――悪夢のことを。
 今漂っているこの臭いは、おそらく、魔力補充をしたことによる――残り香に過ぎないと、森谷は推測する。
 そして、森谷はこの臭いが薄まる前の状態のものを、後に――嗅覚に受けなければならないのかもしれない――と、彼は理解した。
 彼のもつ力は、そこまでを含めての――条件付きだからだ。
 まるで、ギャグのようであるが、笑い事ではない――と、森谷が冷や汗をかいていると、

「それで――モリヤさん、どうでしか?」

「どう……って?」

「へ? いや……。もしかして――魔力、増えませんでした?」

 森谷の問いに、ヴェルゼは体調を回復させながら、応える。
 彼女は肩をかしてくれたファーシルに、「ありがとうございました」と頭を下げると、しっかりと自分の足で立ち、『魔力タンク』を衣服のポケットから取り出す。
 ヴェルゼのその様子を、呆然と見ていた森谷は、表情を、はっ、とさせると、

「あ、ああ……。おかげさまで、びっくりするくらい、増えてるよ……」

「ああ……、それはよかったです……」

 安堵するように息を吐くヴェルゼ。
 彼女に何があったのかは謎であるが、その様子に、よっぽど魔力集めが大変だったのだろう――と、森谷は彼女にたいして、申し訳なさと、感謝を覚える。
 すると、そんな森谷の横から、

「な? ヴェルゼに任せておいて、問題なかっただろう?」

「いや。まあ、たしかに……」

 誇らしげな様子のファーシルに、森谷は戸惑いながら返すと、

「その、ヴェルゼさん。本当に、ありが……」

 森谷はひとまず、ヴェルゼから『魔力タンク』を返してもらおうと腕を伸ばし、

「へ?」

 彼の目が驚きに見開く。
 ヴェルゼが『魔力タンク』を手にしたまま、腕を引いたのだ。

「これは……、もう少し――わたくしが預かっておきましょう」

「え、いや……」

 と、言葉を続けようとする森谷を、ヴェルゼは手で制す。

「わかります。わたくしの身を案じてくださっているのでしょう? けど、大丈夫です。わたしはこれしきの臭いには――屈しません」

「なっ……!」

 森谷は彼女に対して、純粋に驚きの感情を覚える。
 辺りに漂っている臭いを感じて、これを出した者は、おそらく腹の中が腐ってる――と森谷は思う。
 臭いフェチとかであるならまだしも、普通の感覚で、この臭いの――元の状態の臭いに耐えるなど、正気の沙汰ではない。
 と――森谷はそんな風に思考して、困惑気味に口を開く。

「本当に、どうしてそこまで……」

 森谷の問いに、ヴェルゼは、ふっ、と笑みをこぼす。

「言ったはずですよ。わたくしは……、あなたの力が――魔族たちのために使われることを、期待しているのです。そして、できれば、あなた自身の意思で――助けていただけたらと……」

「――ヴェルゼ」

「ああ――いえ、言葉のあやです。今のは聞き流してください」

 間にファーシルの声が入り、ヴェルゼはちらりと彼女を一瞥してからそう言った。

「はあ……」

 呆然と応える森谷。
 ひとまず、ヴェルゼの言葉に納得すると、

「けど、無理はしなくていいから……」

「ふふ、お優しいのですね」

「いや……、そういうわけじゃ……」

 微笑みを浮べるヴェルゼに、森谷はちくりと罪悪感のようなものを覚えながら言った。
 彼女がこれ以上に頑張ってしまえば、あとで、森谷の苦しみも増えてしまう。
 単純な話、森谷はそれが嫌なのだ。
 しかし、ふらつく彼女を目を目の前にして、森谷はおもわず口を噤んでしまう。
 そして、返答に迷う森谷へ、

「――まあ、とりあえず。その話はここら辺にして、また明日にしよう。今日は少しはしゃぎすぎたせいか、若干眠くなってきてしまったしな」

 と、ファーシルがそう言うと、場は解散する空気になる。
 それを受け、眠気を感じていない森谷だったが、彼はしぶしぶ「そっか」と頷いて応じると、

「と、言うわけだから、今日はもう大丈夫だよ」

 森谷はそう答えながら、『魔力タンク』を返してもらおうと、再びヴェルゼの前へ手を差し出す。
 するとその手に、ヴェルゼは――握手で返し、

「は?」

 森谷の口から、乾いた声がもれた。
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