悪役のミカタ

MEIRO

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はじまりまして

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「ほう。それはつまり、モリヤさんを――魔王軍に勧誘するということですか?」

 ヴェルゼが問うと、ファーシルは首を横に振った。

「いや、アユミはただの客人だ」

「なるほど……。――わかりました。それなら、アユミさんが客人でいるあいだ、彼の魔力補充のために、わたくしが――一肌脱ぐとしましょう」

「「…………」」

 ヴェルゼの声に、二人が訝しげな視線を向ける。

「な――なぜですか!? さっき納得してくれていましたよね!?」

「うーん、なんだか釈然としないんだ。ヴェルゼがそこまでやる理由がわからん。魔力が目的っていうが、ヴェルゼはまだ、アユミの力を知らないではないか」

 ファーシルの言うとおり、彼女が受けた説明は、森谷の魔力が、特殊な方法でしか補充することができない、というところまでである。
 得体の知れない力にたいして、なぜそこまで思えるのか。
 そう疑問を覚えるファーシルに、ヴェルゼは言った。

「いいえ。目にしなくても、わたくしには――わかるんです。これは凄い力ですよー。ぜひ、彼を魔王軍に引き入れるべきだと、わたくしは思います――が、無理強いはよくないのも承知です。なので、その話は置いておくとしましょう。要するに、何が言いたいかといいますと、わたくしは――魔王さまのために頑張りたいと思ってるんです」

「んー?」

 説明しているようだが、どう聞いても支離滅裂な言い分に、森谷は首をひねる。
 だが――もう一者の反応は違った。

「わたしの……ため?」

「そうです! わたくしの働きのぶん、集めた魔力の一部を、魔王さまのために使っていただきたいと思っておりまして……。というわけなのですが――どうでしょうか? モリヤさん!」

「――えっ……?」

 急に話を振られて、森谷は慌てて反応する。

「ああ、別に。っていうか、ヴェルゼさんの話は、おれにとっては、大変ありがたい話であるわけで――」

「ですよね!? というわけで――それは、わたくしが預っておいたほうがいいと思うのですが、どうでしょうか?」

 ヴェルゼはそう言って手のひらを上に向けると、今はファーシルが持っている『魔力タンク』を受け取ろうとする。
 ファーシルは一考すると、森谷へと視線を向けた。

「こう言ってるが、どうする?」

「うーん……先に訊いておきたいんだけど。彼女って、ファーシルの部下っていうことでいいの?」

 森谷の問いに、ファーシルは頷く。

「ああ。まあ、そういうことになるな」

「だったら――まあ信じてみるよ。一応大事なものだし、不安だけど。ファーシルの知り合いだっていうんなら、いいかなって思うし」

「むっ……そうか? 確かに、彼女はとても優秀で、信頼はできるが……」

「へえ。それなら、なおさら断る理由はなさそうだ。……っていうか、本当にいいの?」

 森谷はヴェルゼへ視線を向ける。

「ええ、問題ありません。色々とありまして、少々暇をもてあましていたところです」

「暇って……まあ、深くは聞かないでおくよ。それよりも、魔力がないと、こうして普通に喋ることもできなくなっちゃうし、困ってたところだったんだ。だから、補充に協力してくれるっていうんなら、本当に助かるよ」

「ん? 何の話をしてるんだ? おぬしは今、言葉を理解してるではないか」

 森谷の発言が気になったようで、ファーシルは彼に疑問の表情を向ける。

「いや。これは力の効果による、一時的なものなんだよ。魔力不足だったし、魔力をケチって、6時間だけ、わかるようにしているんだ」

「ケチって? ……なんじゃそりゃ?」

 呆れたように言うファーシル。
 確かに、今理解できていることがわからなくなる、なんていうのはおかしな理屈である。
 ひょっとすると、制限時間が終わったあとも、なんだかんだで覚えているのではないか――と、森谷は少しだけ期待を覚えるが、今のところ、それを知る由もなく、彼はひとまず話を進めることにした。

「とにかく。おれにもよくわかってないんだけどさ。魔力の消費なしで言葉を理解するには、時間をかけてしっかり勉強をするか、あるいは、今あるぶんじゃ全然足りないほどの、膨大な魔力を使うしかないっていうことらしい」

「なるほど……。それは、困るな……」

 ファーシルはそう言うと、なぜか思案するように「うーん」と腕を組んだ。
 そんなファーシルの反応を見て、なぜ彼女がそこまで困っているのだろうか――と、森谷がそんなふうに疑問を覚えていると、

「――でしたら、なおさら魔力を集めなくてはいけませんね?」

「あ……ああ、そうだな。せっかく友ができたのに、言葉を交わせなくなるのは、寂しすぎる……」

 ヴェルゼの言葉にファーシルが同意するように肩を落とす。
 意外な発言を聞き、言葉を失う森谷の眼前で、ヴェルゼはそっと、ファーシルの肩に手を乗せた。

「けど、安心してください。わたくしが、なんとかしますから」

「……わかった。ならばお願いするが……、よいな? アユミ」

「ああ、うん。おれは別に……」

「そうか」

 ファーシルはそう呟くと、ヴェルゼの手に『魔力タンク』を乗せた。

「では、頼むぞ。ヴェルゼ」

「はい。わたくしに任せてください」

 ヴェルゼは頼もしい表情を浮べると、

「では――行ってまいります」

 そう言って、彼女はすぐに部屋を出ていったのだった。
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