悪役のミカタ

MEIRO

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はじまりまして

07

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 少しだけむっとなり、その流れで――森谷は無意識に、それを成功させてしまっていたようだ。
 森谷の手のには、たんぽぽを模してつくったような髪飾りがあり、彼は戸惑いながら口を開いた。

「……ほ、ほらな? ……いや、けど。こんなの地味すぎて――」

「な――何だ今の!? 今、何もないところからでてこなかったか!? なんだなんだなんだ!? なあ、もう一度見せてくれないか!?」

「……いや、けどさ? ファーシルもこういう感じの? 多分出せるんじゃないのか? 火を吐いたり、とか……?」

 この世界に、もし魔法という概念があるとするならば、そういったことも可能かもしれないと、森谷は冗談交じりに言う。
 ここは“こういった”不思議な出来事が、当たり前の世界なのではないのだろうか――と彼は異世界と聞いてからずっと、漠然とそんな風に思っていたのだ。
 それは、期待にも似ていたのかもしれない。
 森谷のそんな問いに、ファーシルは呆れた風に答えた。

「いやいやいや! 普通、炎とか氷とかしか出せないだろうが……! な、なるほど。でたらめな力だ……」

「いやなんか普通の基準がおかしい!」

 思わず声を上げる森谷。
 どういう理屈でそういう結論になったのか、ファーシルは森谷の力に納得した様子だ。

「っていうか、これ」

 森矢はファーシルの目の前に行き、手に持っている髪飾りを、ファーシルへ差し出す。

「……いらない? 別に捨ててもいいんだけど。せっかく魔力を使って出したことだし。なんかもったいないかな、って……」

「ん? それをわたしが貰ってもいいのか?」

 首をかしげるファーシル。
 意外な反応に驚きつつ、森谷は話を続ける。

「いや、たんぽぽなんて、子供っぽいだろうしさ。その……どうせならもっと――」

「子供っぽい? すまん、その花を知らんし、何をいってるのかもわかん。とにかく、くれるっていうんなら、貰っておこう」

 ファーシルは森谷の手から髪飾りと取ると、

「ふむ。タンポポ、か……」

 気に入った――と、彼女は穏やかに微笑む。
 本心で言っているかのような、邪気のない表情だ。
 彼女のそんな反応を受けて、森谷は自分の肩から力が抜けていくのを感じた。

「ファーシルって、なんか、魔王っぽくないよな」

「……む?」

「いや。別に馬鹿にしてるわけじゃないから、誤解しないでほしいんだけど……」

 驚いた様子のファーシルに、森谷が少し慌てた風に言う。
 すると、

「アユミにひとつ訊きたいんだが――魔王って、何だと思う?」

「魔王? うーん……」

 予想外の質問に、森谷は考え込む。
 RPGゲームなどの知識を用いて答えてもいいのかもしれないが、彼はそれほどゲームに詳しいわけではない。
 漠然としたふうになら答えられるだろうが、彼の中の魔王といえば――

「悪役……かな?」

「どうして、そう思う?」

「あ、いや……。おれの中の知識で言うと、魔王っていうのは、悪いやつと相場が決まってるんだよ。けどさ……結局は、相手がどんなやつかなんて話してみなけりゃわからないだろ? ファーシルみたいに、話してみたら良いやつだった、なんてこともあるわけだし。だから、悪役かなって、思ったんだけど……」

 正直そんなこと、森谷は深く考えたこともなかった。
 魔王なんて、架空の人物なのだから、それはそうだろう。
 だが、その本人から真面目な様子で訊かれているのだから、こちらも真面目に答えないといけないだろう――と、森谷は知識を搾り出すようにして答えた。
 すると、ファーシルはおかしそうに、小さく笑った。

「本当に……変わったやつだな、アユミは」

「……ん?」

 おかしそうに笑みをこぼすファーシルに、森谷は戸惑いの表情を向ける。
 声の調子が戻ったことで安堵感を覚えたのだが、彼女のそれがどういう意味の反応なのか、よくわからないからだ。
 森谷が黙ったままでいると、

「なあ、アユミ。……わたしに何か、してほしいことはないか?」

「……ん?」

 唐突な問いに、森谷は首をかしげる。
 困惑する彼に、ファーシルはもらったばかりのたんぽぽの髪飾りを見せながら言った。

「素敵なプレゼントをもらってしまったんだ。お礼になるものはないかな、と思ったんだが……?」

「…………」

 森谷は思わず無言になる。
 ある問題を解決する――チャンスだと、思ったのだ。
 お礼がもらえるようなほどのものを渡したつもりではなかったが、反射的にその考え過ぎってしまうほどに、そのことに対して、困っていたのである。
 もちろん――魔力の供給についてだ。
 それなしで生きてくには、異世界というのは心細すぎるというのもの。
 さらに、その力を使って――日本へ帰ろうと考えているのだから、彼にとって、何かを捨てでも、どうにかすべき問題なのである。
 できるかどうかは定かではない。
 だが、この力は、それを信じるに値する可能性があると、森谷は考えていた。
 そんな思いが彼の背を押すように、心臓をたたく。
 しかし、

「アユミ? なんだか、顔色が悪いぞ?」

「…………」

 言葉を口にすることができないでいた。
 ファーシルが心配げに、森谷の顔色を伺っている。
 しかし、彼の口が開くことはない。
 ――こわいのだ。
 魔力の供給をお願いして、拒絶されてしまうことが、彼にはこわかった。
 そして、そんな彼を臆病と決め付けてしまえるほど、そのお願いのハードルは低くはない。
 それは、それだけおかしな、願いなのである。
 しかしここを逃してしまえば、恐らく今後、このような機会はないと、彼は思う。
 だからこそ彼は、その能力を――“最初は”、はずれだと思っていたのだが、

「フ――ファーシル!」

「ん? ……急に、どうした?」

 突然声を上げた森谷に驚きつつも、落ち着いた様子でファーシルは訊く。
 その表情は穏やかで、今ならそれなりのお願いなら訊いてくれそうな感じに見える。
 何がきっかけかは謎だが、森谷とファーシルの心の距離感は、友人と呼べるはわからないが、少しだけ近くなったようだ。

「ちょっと、言いづらい話なんだけどさ……聞いてくれないか?」

「う、うむ。それはかまわん……。まあとにかく、聞くだけ聞いてみることにする。だからほれ、遠慮せず言ってみろ」

「まじか。やっぱりファーシルって、本当に良いやつだな」

 その心の広さに感動を覚える森谷に、ファーシルは「ふん」と少し恥ずかしそうに笑みを返すと、

「いいから。早く言わんと、気が変わってしまうかも知れんぞ」

「ああ、わかった。じゃあ言うけどさ。これが真剣な話っていうことだけは、先に言っておくから。変な話をするけど、最後までちゃんと聞いて欲しい」

 表情を引き締める森谷。
 それを受けて、ファーシルは居住まいを正し、

「ほう。よっぽどのことみたいだな……」

 と、真摯に聞く姿勢を見せる。
 森谷はそんな彼女に、思わず泣きそうなほどに感謝を覚えると、呼吸を整え、ようやく本題へと入っていく――。
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