え?

MEIRO

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突然の高音

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 ――唐突だった。

 ぷううぅぅ~……

 と、間の抜けた音が1Kの小さな家の中に響いた。
 それは、なんてことのない――放屁音で。

 俺は思わず、音の聞こえてきた方――円香まどかのほうをみた。
 同棲中の彼女だ。

 俺の家に来るようになってから数ヶ月と、まだ日が浅く。
 まだまだ知らないことの多い女性であり。
 そんな彼女の放屁など、まだ一度たりとも聞いたことはなく。
 つまり、今回が記念すべき(?)一発目となるわけだ。
 だというのに――、

「くさっ……」

 思わず、言ってしまった。
 別に責めるつもりではなく。
 あまりにキツい卵系統の臭気に、反射的に出てしまった言葉だった。

 とはいえ、男ならそのぐらい我慢すべきだろうと、われながら思うのだが。
 時はすでに遅く、後悔をしたどころで取り返しはつかない。

 本当に、なんてことを言ってしまったのだろう。
 と、俺は慌てて次の言葉を探した。
 だが、そんな俺の思考の処理よりも早く、

「え?」

 と。
 円香は首をかしげた。
 彼女はショックを受けるでも、落ち込むでもなく、純粋な疑問の表情で視線を俺に向けてきたのだ。
 なんとなく、違和感のある雰囲気に、俺もまた彼女と同じように「え?」と首を傾げていると、

「え? くさかった?」

「……?」

 即答できず、黙り込む俺。
 そんな自分に苛立ちを覚えるが。
 どんな言葉選びをすればいいのか、本当にわからなかったのだ。

 タイミングが唐突すぎだし。
 言葉を間違えたくない緊張感もあるし。
 向こうのリアクションも、なんというか、ずれているような気がして、なんだか思考が鈍いのだ。
 そんな中、

「い、いや。全然くさくなかった、よ……?」

 俺はどうにか、用意していた言葉を言う。
 すると今度は、

「え? くさくなかったの?」

「……?」

 ますます、円香の思考が読めなくなってくる。
 それは、どういう意図の問いなのだろうか。
 俺がそんなふうに戸惑っていると。

 円香がおもむろに、こちらのほうへと近づいてきた。
 その様子に、俺は呆然とし。
 彼女はそんな俺の目の前で――くるりとこちらに尻をむけると、

 ぶふううぅぅ~~……っ!

 またしても、唐突だった。
 そして、

「うっ、くさぁっ……」

 またしても、俺は同じミスをしてしまう。
 そんなことを言うつもりではないのに。
 今度もまた、反射的に言葉がでてきてしまったのだ。
 くしゃみの時に、思わず声が出てしまう人とか、たまにいると思うが。
 恐らく、原理はあれに近いのではないかと思う。

 なんて、自分の行動について考察している場合ではなく。
 俺は恐る恐る、こちらに背を向けたままの円香の表情を見た。
 すると、

「え?」

「……」

 またしても、それだ。
 純粋な疑問そうな表情。
 その様子に、やはり俺は違和感を覚え。
 数秒、言葉をつまらせてから、ようやく口を開いた。

「い、いや……。くさくな――」

 ぷうううぅぅうううぅぅ~~……!

「……」

 言葉の途中。
 再び、円香の尻からの、ねっとりとした風を顔にかけられる。
 そして――、

「くさい……っ!」

 そんな俺のリアクションに、

「え?」

 やはり、それだ。
 それは、どういう意図のある問いなのだろうか。

 イタズラ?
 ドッキリ?
 あるいは、一度目のリアクションに対して怒ってる?

 こんなに様子のおかしな円香は初めてで――って。
 本当にそうだろうか。

 たまに、冗談をいってくることもあるし。
 この行為も、どうにか笑わせるなどして、良い空気に持っていこうとしているのかもしれないわけで――。
 結局のところ、なんだかんだで、彼女のことがよくわからず。
 俺はわけのわからないまま――、

「く……、くさく……、ない――」

 ぼっふううぅぅ~~……!!

「っ……、ぐざい……っ!」

「え?」

「ぁ、いや……。やっぱり、くさくな――」

 ぶ――ぶびりいいぃぃ……っ!!

「うっ……。鼻があぁぁ……っ!」

「え?」

「ご、ごめんっ……! 何か気にさわったなら、あやまるから……! だから――」

 ぶっすうううぅぅぅぅうううぅぅうぅぅ~~……

「あがっ、だずげ……、ぐざい! ぐざいって……!」

「え?」

「だ、だから……っ! だのむ! もうっ――」

 むすうぅぅ――ふしゅうううぅぅぅ~~……!

「ぎゃああぁぁ……っ! もう、もう嫌だぁ……!」

「え?」

「え? じゃ、ないよ……! っていうか、何発でるんだ……っ! すごいなぁ……っ!」

「えへへ」

「……え? ……今、笑――」

 ふ――すかああぁぁぁあああぁぁぁああぁぁあああぁぁ
 むすううぅぅううぅぅううぅぅ~~……

 と――こんな具合で。
 わけのわからないまま、彼女に屁をかけられつづけた俺は。
 女性の尻が、若干トラウマになってしまったのだが、それはさておき――。

 とにかく、翌日には。
 彼女はいつも通りな感じ(?)になっていて。
 あの日の彼女が、どういうつもりでそれをしてきていたのかは、謎として残り続けることとなったのだった――。
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