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第一章

姿の見えない彼

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「いつもありがとうね、ディック」

 プリルの言葉に、ディックは「うぃ」と適当に返す。
 そして、プリルは彼から受け取っ皿の上に視線を落とすと、灰色の瞳に歓喜の色を浮かび上がらせる。
 皿の上にあったのは、パンケーキのようなお菓子だった。
 一口ほどのサイズが五つ。平らに仕上げた表面には、カラメルソース、その上に、ホイップが乗っている。
 シンプルであるが、形、そして焼き色には、計算されたような程よさがあり、その見事な出来に、プリルは思わずといったふうに笑みをこぼした。

「へぇ、今日のデザートも美味しそうだね」

「そうかい。そりゃよかった」

 ディックは軽い調子で笑みを浮べながら頭を下げると、ワゴンへと視線を移す。
 彼はまだ開けていないドームカバーを持ち上げ、その中からお菓子がのった皿を手に取ると、それをロゼリアへと渡した。

「どうぞ、ロゼリア様」

「ありがとう」

 彼女は素直な感じでそう口にすると、ディックから皿を受け取り、その上に乗っているお菓子へと視線を落とす。
 そこにあったのは、ベリー系の果物を包んだパイのお菓子だった。
 生地の隙間からは、深みのある赤い果肉が、まるで宝石のような淡い輝きを浮かび上がらせており、表面には透き通るような赤いソースからは、甘酸っぱい匂いが香っている。
 ロゼリアは満足そうな表情を浮べると、パイ生地の部分を手で掴み、そのお菓子を自分の口へと運んだ。

「で、“彼”の状態はどうなの? ……ちなみに、今度はちゃんとするわ。またお仕置きなんてされたら、身が持ちそうにないもの……」

「ああ、やっぱりはあったんだね? まあ、反省したのであれば……」

 シルクハットの少年はそこで言葉を区切る。
 ぎろりと、ロゼリアが鋭い視線を向けていたからだ。

「い――いやいや、ちゃんと加減はしたはずだよ? 受けたきみが、一番それを理解しているはずだけど……」

 彼の声に、動揺がにじむ。
 それを感じ取ってか、ロゼリアは盛大にため息をついた。
 あまり感情を表にださない彼女だが、なぜか今は、がっかりしたような感情が、はっきりと伝わってくるような表情をしている。
 そんなロゼリアの様子を見て、シルクハットの少年は困惑したように顔を引きつらせたが、咳払いをすると、「ごめん、話の腰を折っちゃったね」と会話を仕切りなおす。

「とりあえず、“彼”の状態なんだけど、そろそろ回復する思うよ。ひとまず、もう少し休憩したら再開しよう」

「……へぇ。今回の客がどんなやつかしらねぇけど、まいど、気の毒なこったね」

 ディックは意味ありげにテーブルの下辺りへ視線を向けると、げんなりした様子でやれやれと肩をすくめた。
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