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絶体絶命の“獲物”
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――それは、ある晴れた日のこと。
「あ、アニキィ……。ほんとうに、やるんですかい?」
「おい、なんだてめぇ? 俺様がびびるとでも、思ってんのか、あぁ?」
あるところに。
なにやら、木の陰で会話をしている、二人組みの――獣人がいた。
どうやら、二人とも、銀色の毛並みをした――オオカミの獣人のようで。
名前は、スタロウとトゥリーブ。
おずおずとしている方が、スタロウで。
アニキ、と呼ばれている、少しがたいの良いほうが、トゥリーブだ。
二人は、木の陰から、ある木造の家に目を向けながら、何かを企んでいるらしく、
「まさかぁ……。アニキが、びびるだなんて、これっぽっちも思ってねぇんですが……」
「なら、いいじゃねぇか。それに、おめぇがいくわけじゃねぇんだ。余計なこと考えてんじゃねぇ。なぁ?」
「けど……」
「おめぇはしっかりと、この俺の勇姿をその目に……、いや、耳だけでいいい。あんまつっこみすぎると、おめぇも巻き添え食うかもしんねぇからな。しっかり外から、耳に焼付けとけぇ。なぁ?」
「わ、わかりやした。おいらはやっぱり、こえぇんで。そうしておきます」
しぶしぶ、トゥリーブの言葉を受けるスタロウ。
そんなスタロウに、トゥリーブはやさしい笑みを向けると、
「おうおう、そうしとけ。それで、十分だからよ。なぁ?」
トゥリーブがそう言うと、スタロウはようやく「わかりやした」と、納得した。
そうして――。
+ + + + + +
ドンドン……
木造のドアをノックする音。
その音に、なかから、「はーい」という、女性の声が返ってくる。
そして、ドアが開き、
「……あら?」
目をくりっとさせる、獣人の女。
毛並みは、全体的に、白黒で。
どうやら――スカンクの獣人のようだ。
そして、この家はそれほど広くない家のようで。
そのスカンク娘の背後から、
「キキ、どうしたの~? 驚いたような声を~……、って、あら~、これはこれは~……」
そう言って出てきたのも、また白黒の獣人。
どうやら、最初に出てきたスカンク娘と言うのは、キキというようで、そのスカンク娘がスレンダーな感じだとするなら、あとからきた方は、少しばかりグラマラスな感じだ。
と、そこへ、
「なになに、メルトねぇさんまでー。どうしたのー……? ああ、なるほどー」
またも、別のスカンク娘が玄関へとやってくる。
そして、二番目にでてきたスカンク娘が、メルトという名前のようで。
三番目のこは、三人の中で一番小柄な感じだ。
「ちょっと、アコロまで……。そんなに――目をぎらぎらさせてたら、お客さんが……」
やれやれ、といったふうなキキ。
だが、アコロと呼ばれた三番目に出てきたスカンク娘は、その言葉に聞く耳をもたず。
来客の手をぎゅ、っとつかむと、
「おにいさん、おにいさんー。ここでたちばなしもなんだからー。とりあえず、あがっていきなよー」
「こら、アコロ。そんなふうに強引にしたら、迷惑でしょ」
「あらあら~、そんなこといってるけど、キキも人のこといえないじゃない~」
メルトはそういって、お客さんの腰の辺りに目を向ける。
よく見ると、キキがお客さんの背後へと手を回し、逃がさんとしていたのだった。
その様子にメルトは苦笑いをすると、
「まあ、私も逃がす気はないけど~」
そう言って、メルトもアコロとは逆のお客さんの手をぎゅっとつかみ――。
そんな感じで――三人のスカンク娘たちに、トゥリーブが家の中へと連れて行かれるのを。
開いたドアの裏側に隠れて、スタロウは聞いていたのだった――。
+ + + + + +
『なるほど……。要するに、あなたは私たちを襲おうとしてたわけだ……』
そんな、キキというスカンク娘の声が、家の外。
うっすらと空いた窓の隙間から、もれてくる。
『あらあら~。そんな――素敵なことを、考えていたのね~……』
『うんうんー。私も素敵だと思うー』
メルトというスカンク娘に同意するように言う、アコロというスカンク娘。
そして、
『そういうことならー。私たちからも、素敵なお礼をしてあげないとねー』
アコロというスカンク娘は、楽しげにそう言った。
さて、そして。
そんな三人のいる家の中へ、連れて行かれたトゥリーブ――アニキはというと、
『ぁ……、だずげ、ぇ……』
苦しげな声を漏らすアニキ。
もちろん――三人にやられたのだ。
何をされたのかは、耳からの情報のみなので、詳しくはわからないが。
おそらく――握りっ屁。
その一撃で、アニキは沈められてしまったらしい。
やったのは、それもおそらく――キキというスカンク娘だ。
あの少女の、たった一撃を受け、アニキはすっかり弱ってしまったのである。
だが、そんなアニキを情けないと、思ったりはしなかった。
するはずもない。
先ほど、窓の隙間から、ほんの少しだけ、臭いの残滓がもれてきたのだが。
それを――ひと嗅ぎしただけで、俺はアニキの状態を理解してしまったのだった。
悔しさで、涙が出てくる。
尊敬していたアニキが、たった一発で沈められてしまうところなんてみたくもなかったし。
なによりも、こわくて助けにいけない自分が、一番情けなくて、涙が出てくるのだ。
それに、助けを呼ぶこともできない。
アニキの名誉に傷がつくからだ。
この話を、同属の住む村へ持ち帰っては、スカンク娘に一撃で沈められてしまったオス、として、名を残すことになるだろう。
だから俺は、言われたとおりする。
できるだけ、窓の近くで。
できるだけ、アニキと同じ苦しみを味わうようにして。
三人のスカンク娘たちの楽しげな会話を、聞いていたのだった。
そして――、
『じゃあ、まずは私からー』
ぷう~……
放屁音がなる。
アコロというスカンク娘がしたのだろう。
その様子に、出し抜かれた、という感じの、二人のやれやれといったふうな声がきこえたあと、
『これを、こうやって、手で握ってー』
『――ふぐっ!?!?』
状況は見ずともわかった。
アニキはアコロというスカンク娘から、握りっ屁を受けたのだ。
そんなアニキの声は、まるでボディーブローでも入れられたかのようだった。
さらに、その臭いは、
「うっ……」
俺の鼻にまで届いた。
ほとんど薄まっているはずなのに、これだ。
アニキの苦しみは、想像を絶するのもだろう。
そりゃそうだ。
スカンク娘の屁は、武器だ。
毒素はないといわれているが、その臭いだけでも、毒ガスとして認定すべきだろうと思う。
そして、そんなものを、まともに吸い込んでは――、
『よーし、今度は私が――』
『何をいってるのよ~。キキは、最初に嗅がせてたじゃない~』
キキというスカンク娘の声に、メルトというスカンク娘の声がわってはいる。
『いやいや、あれはこのオオカミさんを動けなくするためのものだったし。カウントには……。いや……、あぁ、ごめん。確かに、少しだけ、興奮しちゃってたかも……。だから、やっぱりメルトからで、いいわ』
『……本当に~?』
『もちろん。だから、遠慮なんてしないで……、ね?』
『ありがとう~』
と、二人の暖かいやりとり。
状況が違えば、そう思えただろう。
しかし、何の順番をゆずりあっているのかを考えると。
背筋が凍るようで、
『じゃあ。私からも、握りっ屁のプレゼントをしちゃおうかしら~。こうやって~……』
すうぅ~……
そんなすかした音のあと。
メルトというスカンク娘は愉快そうに、ふふっ、と笑みをもらした。
『あっつあつの、すかしっぺ~。これを、このとんがったお鼻の先に、プレゼント~……』
『――んぬっ!?!?』
アニキの苦しそうな声。
そこへ、
むすうぅ~……
『キキ~……? あ……、ふふっ。なるほど……。はい、どうぞ~』
『ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて……』
『ぎぃ……っ!?!?』
無言でわかりあうような、二人の会話のあと。
アニキはふたたび苦しげな声を上げた。
そんな様子に、アコロというスカンク娘が、むすっ、とした様子でくわっていき、
『ええー、なにそれー。二人だけで、なんかずるいー』
『あ、ちょっと!』
『アコロ~!?』
あわてたようすのキキとメルト。
何が起きたのか、聞いているだけでは、わからなかったが、
『駄目よ、そんな……』
『お尻の割れ目に、鼻を~……? キキ、はやくアコロを止めないと~』
『ざんねんー、もう遅いよー』
むっしゅううううぅぅぅぅううぅぅううううぅぅ~~……
『――おっ!?!? ごへえぇぇっ!?!?』
げほげほと、せきこみ、叫び声をあげるアニキ。
もうすっかり気力を失っていたはずなのに、それでもなお、声をあげずにはいられないと。
そんな感じの叫びだった。
なんていうか。今のは、今までよりも――長かった気がする。
それまでは、小出しにしている気配があったのだが。
今回は、手加減を忘れたかのような一撃で――、
「――くっ!?!?」
だいぶ遅れて、俺の鼻にも、すさまじい臭気が漂ってきた。
近いものでいうと、卵がそれっぽいかもしれない。
だが、その濃度が、イメージを、別のものへと塗りつぶしていく。
それにしても。
この臭いははたして――“どちらの”だろうか。
さきほどの、握りっ屁のぶんか。
あるいは、たったいま放たれた、すかしっ屁のぶんなのか。
もし、前者であるなら――。
『あちゃあ……。これは……』
ぷううううぅぅ~~……
『――っ……、ぁひ……』
キキというスカンク娘がやれやれという風に言ったあと。
放屁音がなり、アニキが小さく反応した。
その様子に、メルトが『あはは~……』と、苦笑いをした風に言うと、
『アコロのせいで、この人、もうほとんど動かなくなちゃったよ~』
『いやいや、二人とも、がっかりした風に言ってるけどさー。内心が隠せてないよー。そんな、はあはあ息を荒くしながら言われても、なにいってんのー、ってかんじだしー』
『そ、そんなっ。わたし、はあはあ、なんて……』
『そ、そうよ~……。私だって、ぜんぜん~……』
アコロの指摘どおり、先ほどから、二人の息は確かに荒く。
俺はようやく理解した。
このもの達に関わるのが、どれだけ危険なことかを。
怒りでも、敵意でもなく、純粋な興奮による衝動。
今回は、たまたま、こちら側に、落ち度があったわけだが。
もし、こちらが何もしていなくても。
近づいてはいけない存在だったのだ。
と、俺がそんな風に思考していると――、
『――うっ!?!? おげぇ……っ!?』
俺は思わず声を漏らしてしまう。
唐突に、衝撃的な臭気が、嗅覚へと届いたのだ。
しまった。
最後のぶん――アニキの鼻先に放出されたぶんが、今ようやく届いたようだ。
完全に気の緩んだところの衝撃に、俺は思わず目を回す。
そして、
『『『…………』』』
黙りこむ三人のスカンク娘達。
完全に、俺の気配を探っているようだ。
ただ、はあはあ、という息遣いが隠せておらず。
ゆっくりと、三人が家の外へと出てこようとしているのが、伝わってきた。
俺は慌てて、ふるえる足に、力を込めた。
だが――。
「あれ……」
体の反応が、鈍い。
どころか、しゃがんだ状態から、立つことすらできなかった。
「げほごほっ……」
せきこむ俺。
どうやら、思いのほか吸い込んでしまっていたようだ。
もしかすると、その臭いで、脳の細胞がゆっくりとつぶされてしまったのかもしれない。
考えたところで、よくわからないが。
今わかるのは――、
「オオカミさん――つかまえた」
そういって、キキというスカンク娘は、俺の胴体を、ぎゅう、と抱きしめたのだった――。
「あ、アニキィ……。ほんとうに、やるんですかい?」
「おい、なんだてめぇ? 俺様がびびるとでも、思ってんのか、あぁ?」
あるところに。
なにやら、木の陰で会話をしている、二人組みの――獣人がいた。
どうやら、二人とも、銀色の毛並みをした――オオカミの獣人のようで。
名前は、スタロウとトゥリーブ。
おずおずとしている方が、スタロウで。
アニキ、と呼ばれている、少しがたいの良いほうが、トゥリーブだ。
二人は、木の陰から、ある木造の家に目を向けながら、何かを企んでいるらしく、
「まさかぁ……。アニキが、びびるだなんて、これっぽっちも思ってねぇんですが……」
「なら、いいじゃねぇか。それに、おめぇがいくわけじゃねぇんだ。余計なこと考えてんじゃねぇ。なぁ?」
「けど……」
「おめぇはしっかりと、この俺の勇姿をその目に……、いや、耳だけでいいい。あんまつっこみすぎると、おめぇも巻き添え食うかもしんねぇからな。しっかり外から、耳に焼付けとけぇ。なぁ?」
「わ、わかりやした。おいらはやっぱり、こえぇんで。そうしておきます」
しぶしぶ、トゥリーブの言葉を受けるスタロウ。
そんなスタロウに、トゥリーブはやさしい笑みを向けると、
「おうおう、そうしとけ。それで、十分だからよ。なぁ?」
トゥリーブがそう言うと、スタロウはようやく「わかりやした」と、納得した。
そうして――。
+ + + + + +
ドンドン……
木造のドアをノックする音。
その音に、なかから、「はーい」という、女性の声が返ってくる。
そして、ドアが開き、
「……あら?」
目をくりっとさせる、獣人の女。
毛並みは、全体的に、白黒で。
どうやら――スカンクの獣人のようだ。
そして、この家はそれほど広くない家のようで。
そのスカンク娘の背後から、
「キキ、どうしたの~? 驚いたような声を~……、って、あら~、これはこれは~……」
そう言って出てきたのも、また白黒の獣人。
どうやら、最初に出てきたスカンク娘と言うのは、キキというようで、そのスカンク娘がスレンダーな感じだとするなら、あとからきた方は、少しばかりグラマラスな感じだ。
と、そこへ、
「なになに、メルトねぇさんまでー。どうしたのー……? ああ、なるほどー」
またも、別のスカンク娘が玄関へとやってくる。
そして、二番目にでてきたスカンク娘が、メルトという名前のようで。
三番目のこは、三人の中で一番小柄な感じだ。
「ちょっと、アコロまで……。そんなに――目をぎらぎらさせてたら、お客さんが……」
やれやれ、といったふうなキキ。
だが、アコロと呼ばれた三番目に出てきたスカンク娘は、その言葉に聞く耳をもたず。
来客の手をぎゅ、っとつかむと、
「おにいさん、おにいさんー。ここでたちばなしもなんだからー。とりあえず、あがっていきなよー」
「こら、アコロ。そんなふうに強引にしたら、迷惑でしょ」
「あらあら~、そんなこといってるけど、キキも人のこといえないじゃない~」
メルトはそういって、お客さんの腰の辺りに目を向ける。
よく見ると、キキがお客さんの背後へと手を回し、逃がさんとしていたのだった。
その様子にメルトは苦笑いをすると、
「まあ、私も逃がす気はないけど~」
そう言って、メルトもアコロとは逆のお客さんの手をぎゅっとつかみ――。
そんな感じで――三人のスカンク娘たちに、トゥリーブが家の中へと連れて行かれるのを。
開いたドアの裏側に隠れて、スタロウは聞いていたのだった――。
+ + + + + +
『なるほど……。要するに、あなたは私たちを襲おうとしてたわけだ……』
そんな、キキというスカンク娘の声が、家の外。
うっすらと空いた窓の隙間から、もれてくる。
『あらあら~。そんな――素敵なことを、考えていたのね~……』
『うんうんー。私も素敵だと思うー』
メルトというスカンク娘に同意するように言う、アコロというスカンク娘。
そして、
『そういうことならー。私たちからも、素敵なお礼をしてあげないとねー』
アコロというスカンク娘は、楽しげにそう言った。
さて、そして。
そんな三人のいる家の中へ、連れて行かれたトゥリーブ――アニキはというと、
『ぁ……、だずげ、ぇ……』
苦しげな声を漏らすアニキ。
もちろん――三人にやられたのだ。
何をされたのかは、耳からの情報のみなので、詳しくはわからないが。
おそらく――握りっ屁。
その一撃で、アニキは沈められてしまったらしい。
やったのは、それもおそらく――キキというスカンク娘だ。
あの少女の、たった一撃を受け、アニキはすっかり弱ってしまったのである。
だが、そんなアニキを情けないと、思ったりはしなかった。
するはずもない。
先ほど、窓の隙間から、ほんの少しだけ、臭いの残滓がもれてきたのだが。
それを――ひと嗅ぎしただけで、俺はアニキの状態を理解してしまったのだった。
悔しさで、涙が出てくる。
尊敬していたアニキが、たった一発で沈められてしまうところなんてみたくもなかったし。
なによりも、こわくて助けにいけない自分が、一番情けなくて、涙が出てくるのだ。
それに、助けを呼ぶこともできない。
アニキの名誉に傷がつくからだ。
この話を、同属の住む村へ持ち帰っては、スカンク娘に一撃で沈められてしまったオス、として、名を残すことになるだろう。
だから俺は、言われたとおりする。
できるだけ、窓の近くで。
できるだけ、アニキと同じ苦しみを味わうようにして。
三人のスカンク娘たちの楽しげな会話を、聞いていたのだった。
そして――、
『じゃあ、まずは私からー』
ぷう~……
放屁音がなる。
アコロというスカンク娘がしたのだろう。
その様子に、出し抜かれた、という感じの、二人のやれやれといったふうな声がきこえたあと、
『これを、こうやって、手で握ってー』
『――ふぐっ!?!?』
状況は見ずともわかった。
アニキはアコロというスカンク娘から、握りっ屁を受けたのだ。
そんなアニキの声は、まるでボディーブローでも入れられたかのようだった。
さらに、その臭いは、
「うっ……」
俺の鼻にまで届いた。
ほとんど薄まっているはずなのに、これだ。
アニキの苦しみは、想像を絶するのもだろう。
そりゃそうだ。
スカンク娘の屁は、武器だ。
毒素はないといわれているが、その臭いだけでも、毒ガスとして認定すべきだろうと思う。
そして、そんなものを、まともに吸い込んでは――、
『よーし、今度は私が――』
『何をいってるのよ~。キキは、最初に嗅がせてたじゃない~』
キキというスカンク娘の声に、メルトというスカンク娘の声がわってはいる。
『いやいや、あれはこのオオカミさんを動けなくするためのものだったし。カウントには……。いや……、あぁ、ごめん。確かに、少しだけ、興奮しちゃってたかも……。だから、やっぱりメルトからで、いいわ』
『……本当に~?』
『もちろん。だから、遠慮なんてしないで……、ね?』
『ありがとう~』
と、二人の暖かいやりとり。
状況が違えば、そう思えただろう。
しかし、何の順番をゆずりあっているのかを考えると。
背筋が凍るようで、
『じゃあ。私からも、握りっ屁のプレゼントをしちゃおうかしら~。こうやって~……』
すうぅ~……
そんなすかした音のあと。
メルトというスカンク娘は愉快そうに、ふふっ、と笑みをもらした。
『あっつあつの、すかしっぺ~。これを、このとんがったお鼻の先に、プレゼント~……』
『――んぬっ!?!?』
アニキの苦しそうな声。
そこへ、
むすうぅ~……
『キキ~……? あ……、ふふっ。なるほど……。はい、どうぞ~』
『ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて……』
『ぎぃ……っ!?!?』
無言でわかりあうような、二人の会話のあと。
アニキはふたたび苦しげな声を上げた。
そんな様子に、アコロというスカンク娘が、むすっ、とした様子でくわっていき、
『ええー、なにそれー。二人だけで、なんかずるいー』
『あ、ちょっと!』
『アコロ~!?』
あわてたようすのキキとメルト。
何が起きたのか、聞いているだけでは、わからなかったが、
『駄目よ、そんな……』
『お尻の割れ目に、鼻を~……? キキ、はやくアコロを止めないと~』
『ざんねんー、もう遅いよー』
むっしゅううううぅぅぅぅううぅぅううううぅぅ~~……
『――おっ!?!? ごへえぇぇっ!?!?』
げほげほと、せきこみ、叫び声をあげるアニキ。
もうすっかり気力を失っていたはずなのに、それでもなお、声をあげずにはいられないと。
そんな感じの叫びだった。
なんていうか。今のは、今までよりも――長かった気がする。
それまでは、小出しにしている気配があったのだが。
今回は、手加減を忘れたかのような一撃で――、
「――くっ!?!?」
だいぶ遅れて、俺の鼻にも、すさまじい臭気が漂ってきた。
近いものでいうと、卵がそれっぽいかもしれない。
だが、その濃度が、イメージを、別のものへと塗りつぶしていく。
それにしても。
この臭いははたして――“どちらの”だろうか。
さきほどの、握りっ屁のぶんか。
あるいは、たったいま放たれた、すかしっ屁のぶんなのか。
もし、前者であるなら――。
『あちゃあ……。これは……』
ぷううううぅぅ~~……
『――っ……、ぁひ……』
キキというスカンク娘がやれやれという風に言ったあと。
放屁音がなり、アニキが小さく反応した。
その様子に、メルトが『あはは~……』と、苦笑いをした風に言うと、
『アコロのせいで、この人、もうほとんど動かなくなちゃったよ~』
『いやいや、二人とも、がっかりした風に言ってるけどさー。内心が隠せてないよー。そんな、はあはあ息を荒くしながら言われても、なにいってんのー、ってかんじだしー』
『そ、そんなっ。わたし、はあはあ、なんて……』
『そ、そうよ~……。私だって、ぜんぜん~……』
アコロの指摘どおり、先ほどから、二人の息は確かに荒く。
俺はようやく理解した。
このもの達に関わるのが、どれだけ危険なことかを。
怒りでも、敵意でもなく、純粋な興奮による衝動。
今回は、たまたま、こちら側に、落ち度があったわけだが。
もし、こちらが何もしていなくても。
近づいてはいけない存在だったのだ。
と、俺がそんな風に思考していると――、
『――うっ!?!? おげぇ……っ!?』
俺は思わず声を漏らしてしまう。
唐突に、衝撃的な臭気が、嗅覚へと届いたのだ。
しまった。
最後のぶん――アニキの鼻先に放出されたぶんが、今ようやく届いたようだ。
完全に気の緩んだところの衝撃に、俺は思わず目を回す。
そして、
『『『…………』』』
黙りこむ三人のスカンク娘達。
完全に、俺の気配を探っているようだ。
ただ、はあはあ、という息遣いが隠せておらず。
ゆっくりと、三人が家の外へと出てこようとしているのが、伝わってきた。
俺は慌てて、ふるえる足に、力を込めた。
だが――。
「あれ……」
体の反応が、鈍い。
どころか、しゃがんだ状態から、立つことすらできなかった。
「げほごほっ……」
せきこむ俺。
どうやら、思いのほか吸い込んでしまっていたようだ。
もしかすると、その臭いで、脳の細胞がゆっくりとつぶされてしまったのかもしれない。
考えたところで、よくわからないが。
今わかるのは――、
「オオカミさん――つかまえた」
そういって、キキというスカンク娘は、俺の胴体を、ぎゅう、と抱きしめたのだった――。
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