そう音

MEIRO

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爽の音

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『ねえ』

「……っ」

『ねえって』

「……っ」


 俺は聞こえてくるヴェルの声を無視しながら、早足で歩いていく。
 一刻も早く人気のないところへいかなければ、ならないのだ。
 なぜなら――、

『いつまで無視を続けるつもり? そっちが、その気なら……』

 ぷう~……

「……っ!」

 手のひらサイズの少女――ヴェルは俺の鼻先に器用に腰を下ろしたまま、本日何度目かの放屁をした。
 そして、呼吸するたび、卵系のえぐい臭気が俺の鼻腔へ流れ込んでくる。

 驚愕だ。
 臭いも、そのサイズにしては、なかなかのものをお持ちのようで。
 もっと言えば――何発こくんだ、と。
 その部分にも、俺は驚いていた。

 強烈過ぎて、さすがに目が回ってくる。
 いい加減にしてもらわなければ、そろそろ俺は胃の中のものをぶちまけてしまうだろう。
 ひとまず、人前でそんな醜態をさらすわけにはいかないので、俺は必死で足を動かした。
 しかし、あまり急ぎすぎると――、

『ちょっと、揺らさないでよ!』

 ぼふうぅ……っ!

「……。うぐっ……!」

 理不尽な話だが。
 こうなってしまうため、俺は早歩きの範囲で賢明に駅の出口を目指していた。
 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 俺はげんなりしながら、ここ一時間ほどの記憶を振り返る。

 手のひらサイズ少女と出会った時こと。
 彼女がヴェルという名前だと知ったときのことや。
 数々の理不尽なヴェルの振る舞い。

 俺はそんなことを思い返しながら、疑問を抱いていた。
 なぜかは知らないが。
 不思議と――腹は立っていないのだ。

 多少はむっとしつつも、なんだかんだで。
 心のどこかで、ほっこりしていて。
 なぜだろう、と。
 俺は疑問を覚えながら、自分の鼻の頭に止まっているヴェルへと視線を向ける。

 相変わらず、見た目は可愛らしい。
 しかしその実、力が驚くほどに強く、侮れない存在であり。
 わがままで、理不尽なことばかりいう子で。

 俺はそんな彼女と、面と向かって会話をしようと考えていた。
 しかし、今ここでそれをやってしまうと、色々とやばいきがするため、適した場所を探しているのだ。

 ともあれ、駅を出て帰り道のほうへ歩いていけば、人の気配は落ち着いてくる。
 本来であれば、駅からバスで帰るのがルーチンなのだが。
 今日は特別に、鼻の上でふてくされているヴェルと会話でもしながら、歩いて帰るのもいいかなと思ったのだ。
 そして――。

 駅をでて、人ごみが落ち着いてくる。
 だが、周囲にはなんだかんだで人がおり、もどかしい気持ちでいると、

『ねえ』

「……」

『やっぱりキミって、わたしのおならのニオイが、好きなんじゃないの?』

「……っ」

 そんなわけがないだろう。
 と、そういいたいが、まだリアクションをとってもいいような頃合ではない。
 俺が少しむっとしながらも、黙ったまま早足であるいていると、

『だから、わざとわたしに意地悪をしてるんでしょ?』

「……」

 ヴェルの声に俺がさらに黙り込んだままでいると。
 ふと、沈黙が流れた。
 その空気に俺はいたたまれなさを感じながら、黙々と歩き続け、

「ちがうよ……」

『っ……!?』

 俺の声に、ヴェルは驚いたようにのどを鳴らす。
 その様子に俺は苦笑いで肩をすくめると、

「ごめん……。きみ、他の人には見えてないみたいだからさ。へたに声をかけられなかったんだよ……」

『……本当に?』

 少しの間をおいて、ヴェルが首をかしげる。

『……怒ってるんじゃないの?』

「……」

 俺はヴェルからの問いに迷い。
 少し間を置いてから答えた。

「別に、怒っちゃいないよ。本当に事情があって、返事ができなかっただけだから」

 自分でも不思議なのだが、本当に怒っていなかった。
 近い気持ちで言うなら、あれだ。
 猫にパンチをされて、怒る人はほとんどいないと思うが。
 偏見の混じった説明だが、とにかくそういった心境に近いかんじで。

 鼻の上でいたずらをしてくるのは、勘弁してほしいが。
 別に許容できないことでもないと、思っていた。
 そして、そんな俺の言葉に、ヴェルは不機嫌そうにむっとすると、

『もう! そうならそうって、ちゃんと言ってよ!』

 ぶふうぅ……!

「ちょっ……! うわっ! 臭いから! それ、マジでやめてくれってば!」

『わたしを怒らせた、キミがわるい!』

 ぶびぃ……!

「っ……! だ、だからっ、色々事情があったんだって! 説明したじゃんっ!」

『知らない! とにかく! これから先、わたしを怒らせたらこうなるんだからね! わかった!?』

 むっすううぅぅ~~……

 と、ダメ押しのすかしっ屁。
 いかにも――といった感じの音だったが。
 想像の通り、臭いも強烈で、

「おっ! おええぇぇ……っ! くっ、うえぇ……!」

『わかったの!?』

 繰り返し訊いてくるヴェル。
 そんな彼女の言葉に疑問を覚えた俺は、臭いに目を回しながらも、声を絞り出すように返事をした。

「っていうか……、これから先、って。きみ……、ずっとついてくるつもりなの?」

『きみじゃなくて、ヴェルだってば! っていうか、まだキミのほうから名前聞いてないんだけど! 教えてよ!』

 質問をまったく聞いていない様子のヴェルに、俺はやれやれと心中で溜息をつきながら返事をした。

「か、かなで……」

『カナデ?』

 首をかしげるヴェルに俺はうなづいて、返事をする。

「そう。立花たちばな かなで

 俺が言うと、ヴェルは『ふぅん』とようやく落ち着いた様子で、腕を組んで言った。

『それじゃあ、奏。これからもよろしくね』

「……」

 なんだか、強引な子だな。
 俺は心中でそんな風に思い、苦笑いをすると、

「ああ、よろしく。ヴェル」

 と――そんなこんなで。
 俺とヴェルという小さな少女は出会ったのだった――。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

グラタン
2020.07.20 グラタン

それは残念ですね、分かりました!
また気が向いたら、ぜひ新作などお願いしたいです!それまで、過去作を見て気長に待ってます!笑

解除
グラタン
2020.07.16 グラタン

毎日楽しませてもらってます〜!!
連日更新は止まった感じでしょうか?

MEIRO
2020.07.17 MEIRO

ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたのでしたら、嬉しいです。

はい、この作品で、更新は打ち止めとなります。

ひとまずは、今のところ新しいお話を書く予定はないですが、
また気が向いたときに、思い出していただけたら嬉しいです。

解除

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