神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

文字の大きさ
上 下
45 / 62
五  届け

五  届け 八

しおりを挟む
「貴女も明美先生も、我が子のように指導しますね。皆さん、私の子供ですよ」


クスクスと百合の花のように可憐に笑う。

そんな園長先生に勇気を頂いて、心が暖まった瞬間だった。




長閑な教会の入り口に、バタバタと慌ただしい足音が響いたかと思ったら、突然ドアが開かれた。



木漏れ日が差し込むドアには、息を切らした明美先生が前屈みになって真っ青で叫ぶ。


「あ、あり、有沢さんと真くんのお父さんが喧嘩ですっ」




それは私と園長先生の暖かい雰囲気をぶち壊すほどの衝撃だった。
「真くんっ!?」


靴箱の前で踞って泣く真くんを、先生たち数人が心配そうに囲んでいた。

私が名前を呼ぶとぐしゃぐしゃな顔を上げた。



「みなみせんせいっ」


「どうしたの!? 大丈夫!?」

明美先生が泣き出したので、状況も分からないまま駆け付けたけれど、部長と有沢さんの姿はない。



――お残りさんが少ない遠足前で良かったなと心から思った。



「えほんやさん、きらい。きらい。きらい!」


うわぁぁぁぁん、と泣き出す真くんに先生たちも困惑している。



「有沢さんが笑顔で真くんに何か言ったんだけどね、途端に真くんが泣き出してしまって……。タイミングよく来た真くんのパパが、有沢さんを車まで引きずっていって」

宮本先生が真くんに聞こえないようにこそこそと私に耳打ちする。



「――駐車場の方で有沢さんが殴られてるのが見えました」


駐車場には、園長先生が向かわれたはず。

気になるけど、父親の暴力シーンなんて真くんに見せられない。


グッと我慢して、真くんの心のケアを優先することにした。
結局、真くんは有沢さんに何を言われたのかは誰にも言わなかった。

改めて迎えに来た部長を見つけると、抱き締めてわんわん泣き崩れた。


部長は怪我は何一つしていないし落ち着いた様子で真くんを抱き締めると、先生達に一人一人頭を下げてから、静かに帰って行った。



園長先生も、にこやかに『大丈夫ですよ』と笑うのみ。

職員室では明美先生が泣いている。



何がどうなったのか。

いきなり幸せな余韻から現実に引き戻されてしまった。



真くんが心配。


言葉を上手く話せられない二歳さんは、上手に悲しい気持ちを伝えられないかもしれない。


有沢さんの思考回路を一度見てみたい。

簡単に人を傷つける頭の中を。



先生たちは遅れてしまった遠足準備を再開し始め、誰もそれ以上話題に出さなかった。

お残りさんの部屋に戻り、沸々した気持ちをもて余しながら子供たちのおやつの時間を始める。

明美先生が入らないから宮本先生と一緒に。
飛鳥さんの御店から帰ってきた侑哉にその事を伝えたけれど、動揺する事なく落ち着いた様子だった。


「あれ? バイクは?」


「あー……。飛鳥さんに点検して貰ってる」


冷蔵庫から牛乳を取り出すとそのまま一気に飲み干す。


「あんな大型バイクなら手入れ大変そうだもんね」

「そー。飛鳥さんなら信用できるし」


「愛があれば手入れぐらい平気だよね」

愛があれば、とは言ったら侑哉は苦笑いしてスマホを取り出す。


今日は、明日の準備も終わり、ミーティングも済んでへとへとになりながら帰宅したために簡単にカレー。

ばたばた疲れたからカレーとサラダのみだったけど、侑哉は文句も言わずに食べてくれた。

明日……宮本先生が引率で私が補助だけど大丈夫なんだろうか。

「あ、俺、明美の連絡先消したままだった」

「教えようか?」

「大丈夫。LINEもあるし。今来たメールが多分明美っぽい」

……クールな事で。

侑哉は私みたいに自覚しても、じたばたしないし落ち着きが無くなったり、思い出して照れたり、とかないよね。



私も勇気を出して電話……は怖いからメールしてみよう。
メールを送信して10分もせずに電話が鳴った。
またご飯中に、と侑哉が良い顔をしないのでわざわざ2階の部屋まで行く。

『お前、愛の告白はメールじゃなくて電話だろーが』


……本当に部長って人は。

「色々違いますっ てか私は真くんが気になっちゃって」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

処理中です...