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【番外編】 あの夜のこと
【番外編】 あの夜のこと ②
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何でも答えたら満足してそれ以上追求してこないのは、彼の心が広いからだと思っていた。
――だけど今は背中がぞくぞくして怖い。
『何かあった?』
そうメールが来た。
何故か侑哉になら安心して素直な気持ちを文字に打てた。
『厚一さんが分からなくて……』
『あは。マリッジブルーってヤツ?』
『今からお母さんにも会わなくちゃいけないし』
『結納の時に会ったじゃん』
…………。
『今何やってんの?』
「蓮川さん、診察室にどうぞ」
『俺も同席しようか?』
上手く言葉がでない私に侑哉から返事も待たずに次々とメールが届くけど、返事も打てずに診察室に入っていく。
でもその診察室で告げられた結果は、私の運命を狂わせた。
――不妊治療の説明
――治療にかかる金額
――そして期間
次々説明されても、頭の中に入って来ない。
「それってやっぱお金かかりますよね」
そうため息を吐く厚一さん。
それから医師の説明なんて全然頭に入らなかった。
厚一さんも話しかけてくれなくて。
気まずい雰囲気の中、無言で産婦人科を出る。
今日はデートした後にお義母さんが来る事になっていた。
……それだけしか知らされていなかった。
こんな事調べるなんて知らなかったし、何時にお義母さんが来るかも知らない。
ただ、私を責めるような厚一さんのため息が私の背中をじりじりと追い詰める。
プレッシャーでお腹が痛くなってきて。
小倉駅の新幹線の入り口で、二人無言のまま義母を待つ。
その沈黙が息苦しくて。
私は気づいたら侑哉に電話をかけていた。
1コールで侑哉は電話を取った。
『姉ちゃん!? 今何してんの!? どこ!?』
ずーと心配していてくれてたのかと思うと、涙が出てくる。
「ごめっ 今、小倉駅。だいじょ、ぶ」
『大丈夫じゃないじゃん。泣いてるだろ?』
そう苛立った声で言われる。
――侑哉には、言わなくても私の気持ちはバレてるんだ。
「……会いたい、侑哉」
「みなみさん!?」
そう私が告げたのと、苛立った声を荒げたのはお義母さんだった。
『みなみ!?』
侑哉の声がする携帯を握りしめたまま、その蔑む表情に体が強張る。
普段も少しつり目で、威圧的な表情でちょっと苦手
だったのだけど、今日はいつもより更につり上がった目で私を見ている。
「貴方、どうしてもっと早く言わなかったの? 詐欺だわ!!」
――詐欺?
「うちの厚一は長男なのよ! 子が埋めない欠陥女と結婚なんて無理よ!」
「しかも治療にお金がかかるなんて結婚しても役立たずよ!!」
「妊娠もできない女なんて価値がないわ!」
「厚一さんに負担かけさせないで!」
言葉がこんなにも刃物と成り、私の体に突き刺さるとは思わなかった。
言い返せなくて。
言い返す事も忘れて立ち尽くすしかなくて。
そんな私の目の前で、突然厚一さんが突き飛ばされ、地面に倒れ込む。
「厚一さん!」
お義母さんが悲鳴に近い声でその名を呼ぶ。
ああ、この人、そばに居たんだ。
お義母さんの影に隠れてたから分からなかった。「お前! 姉ちゃんが言われてるのに何で黙ってんだよ!」
侑……哉?
侑哉の後ろ姿が見える。
夢かもしれない。
こんな場所に来るはず、ない。
「好きな女だろ! 守れよ!」
侑哉が胸ぐらを掴み、立ち上がらせるとそう叫ぶ。
私は……まるで他人事のように、現実と切り離されたドラマのようなその場面を見つめる。
厚一さんを庇おうとするお義母さんの方がよっぽどヒロインみたいだ。
欠陥だらけの私は、ヒロインにも慣れない。
価値なんて、ない。
厚一さんは……はっきりとは覚えてないけど私を庇う発言は一度もしなかった。
カツンカツン……
駅の改札口に落ちていく歯だけが印象的に記憶に焼き付いた。
……侑哉ってこんなに大きい子だったっけ?
厚一さんを殴り続ける広い背中は此方を振り向く。
真っ赤に腫れた手で、私を抱き抱えると優しく頭を撫でてくれた。
「もう……大丈夫。大丈夫だよ。姉ちゃん」
侑哉の手は温かい。……優しい。
――だけど今は背中がぞくぞくして怖い。
『何かあった?』
そうメールが来た。
何故か侑哉になら安心して素直な気持ちを文字に打てた。
『厚一さんが分からなくて……』
『あは。マリッジブルーってヤツ?』
『今からお母さんにも会わなくちゃいけないし』
『結納の時に会ったじゃん』
…………。
『今何やってんの?』
「蓮川さん、診察室にどうぞ」
『俺も同席しようか?』
上手く言葉がでない私に侑哉から返事も待たずに次々とメールが届くけど、返事も打てずに診察室に入っていく。
でもその診察室で告げられた結果は、私の運命を狂わせた。
――不妊治療の説明
――治療にかかる金額
――そして期間
次々説明されても、頭の中に入って来ない。
「それってやっぱお金かかりますよね」
そうため息を吐く厚一さん。
それから医師の説明なんて全然頭に入らなかった。
厚一さんも話しかけてくれなくて。
気まずい雰囲気の中、無言で産婦人科を出る。
今日はデートした後にお義母さんが来る事になっていた。
……それだけしか知らされていなかった。
こんな事調べるなんて知らなかったし、何時にお義母さんが来るかも知らない。
ただ、私を責めるような厚一さんのため息が私の背中をじりじりと追い詰める。
プレッシャーでお腹が痛くなってきて。
小倉駅の新幹線の入り口で、二人無言のまま義母を待つ。
その沈黙が息苦しくて。
私は気づいたら侑哉に電話をかけていた。
1コールで侑哉は電話を取った。
『姉ちゃん!? 今何してんの!? どこ!?』
ずーと心配していてくれてたのかと思うと、涙が出てくる。
「ごめっ 今、小倉駅。だいじょ、ぶ」
『大丈夫じゃないじゃん。泣いてるだろ?』
そう苛立った声で言われる。
――侑哉には、言わなくても私の気持ちはバレてるんだ。
「……会いたい、侑哉」
「みなみさん!?」
そう私が告げたのと、苛立った声を荒げたのはお義母さんだった。
『みなみ!?』
侑哉の声がする携帯を握りしめたまま、その蔑む表情に体が強張る。
普段も少しつり目で、威圧的な表情でちょっと苦手
だったのだけど、今日はいつもより更につり上がった目で私を見ている。
「貴方、どうしてもっと早く言わなかったの? 詐欺だわ!!」
――詐欺?
「うちの厚一は長男なのよ! 子が埋めない欠陥女と結婚なんて無理よ!」
「しかも治療にお金がかかるなんて結婚しても役立たずよ!!」
「妊娠もできない女なんて価値がないわ!」
「厚一さんに負担かけさせないで!」
言葉がこんなにも刃物と成り、私の体に突き刺さるとは思わなかった。
言い返せなくて。
言い返す事も忘れて立ち尽くすしかなくて。
そんな私の目の前で、突然厚一さんが突き飛ばされ、地面に倒れ込む。
「厚一さん!」
お義母さんが悲鳴に近い声でその名を呼ぶ。
ああ、この人、そばに居たんだ。
お義母さんの影に隠れてたから分からなかった。「お前! 姉ちゃんが言われてるのに何で黙ってんだよ!」
侑……哉?
侑哉の後ろ姿が見える。
夢かもしれない。
こんな場所に来るはず、ない。
「好きな女だろ! 守れよ!」
侑哉が胸ぐらを掴み、立ち上がらせるとそう叫ぶ。
私は……まるで他人事のように、現実と切り離されたドラマのようなその場面を見つめる。
厚一さんを庇おうとするお義母さんの方がよっぽどヒロインみたいだ。
欠陥だらけの私は、ヒロインにも慣れない。
価値なんて、ない。
厚一さんは……はっきりとは覚えてないけど私を庇う発言は一度もしなかった。
カツンカツン……
駅の改札口に落ちていく歯だけが印象的に記憶に焼き付いた。
……侑哉ってこんなに大きい子だったっけ?
厚一さんを殴り続ける広い背中は此方を振り向く。
真っ赤に腫れた手で、私を抱き抱えると優しく頭を撫でてくれた。
「もう……大丈夫。大丈夫だよ。姉ちゃん」
侑哉の手は温かい。……優しい。
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