神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

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番外編  神様に、ありがとう。

番外編  神様に、ありがとう。 ②

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ポトフを深皿に注ぎながら、ニヤニヤと水樹さんは言う。

汚れないように肩にネクタイをあげているのが手慣れてみえる。


「そりゃあ寂しいな」


侑哉が明美先生の家に入り浸りなのは確かに寂しい。

寂しいと思うのは、一軒家に自分しかいないからかもしれない。




「みなみも俺と住めよ」
「なっ ええ!?」


「一緒に住めたら、毎日甘やかしてやるのに」


み、水樹さん、甘やかすのも徹底的でスパルタのくせに。


いつも怖くて厳しいイメージがある人が、膝枕したり一緒にお風呂をねだってきたり、あーんって食べさせてくれたり。



甘やかすのは佑哉がいるから慣れてるけど、甘やかされるのは慣れてない。



「みなみはもっと人に甘えるべき。ってか俺だけでもいいけど」


「だって、そんな無理です。無理! 真くんだって居るし!」


「真にはちゃーんと、俺はみなみに惚れてるって伝えてる」


「!?」

なんて用意周到なんだろう。

この人、真くんから固めていくつもりだ。




「さ、姫。そこに座れ座れ」


『姫』と言うわりには随分ぞんざいな扱いだけど、私が姫なら、この口の悪い人は王子さまなのか。

そう思っていたら、水樹さんが椅子を引いてくれたので、警戒しながらも座る。



そして上機嫌の水樹さんは次々とご飯を並べ始めた。





「わ、可愛い……」


デミグラスソースに沈むチキンライスは熊の顔で、卵がお布団のように乗っている。


ポトフに入っているニンジンはハートやお花の形。


極めつけは手作りプリンに刺さる旗。
「可愛いだろ。真用にこんなのならサッと作れるんだぞ」


た、確かに可愛いしスーツ姿でテキパキ作ったのが想像できる。


うちの侑哉は炒める系の男らしい料理が多いからこんな細かいのはできない。

……私もだけど。



「これって私が『部長は料理できないんじゃないですか?』って聞いたからですか?」


「――もちろん。俺は仕事も家事もとことんやるからな。隙はねーよ?」


う。意外と根に持ってる。


以前有沢さんが水樹さんを『家事は全部彼女にやらせてた』って言ってたから、引っ越し先がマンションだった時に『料理できないんじゃ……』と驚いたのが発端か。


私と水樹さんの中で、有沢さんは格好いいけど空気が読めない最低男の総称だと決まった。



それにしても、こんな手の込んだ料理を水樹さんが作るなんて。


自然と笑みが浮かんでくる。



「何をクスクス笑ってんだ。早く食え。俺が食べれねーだろ」


「ふふ。だって」

そう笑っていたら、水樹さんは横の椅子を引いて座る。
「あの水樹さん、」

「――ん?」


サラサラと音がなりそうな髪を揺らして、首を傾げて私を甘く見つめてくる。


「普通、向かいに座りませんか?」


「こっちの方が距離が近いだろ」


同期や水樹さんに怒鳴られていた同じ営業課の皆に見せてやりたい。

実はこんなに水樹さんは優しい人なんだと。



「早く食べろ。見ててやるから」


「~~余計食べれませんよ!」



やっぱり。

こんなに水樹さんが素敵な人だというのは皆に内緒。


一人占めしたい。

……なんて。


私が食べ終わるのを、水樹さんは缶ビール片手に本当に見るだけだった。



「食べないんですか?」


「今食べたら眠る。すげー疲れててさ」


やっぱり家を継ぐのって大変なんだろうな。

水樹さん、それでも疲れた顔しないでいつも優しくて。

ずるい。
一人だけ頑張ってずるい。


弱いところ見せてくれたっていいのに。




「私、私が洗い物しますから水樹さん、着替えて楽にしてて下さいね」



……少しでも負担を軽くしてあげたい。


私が水樹さんに助けられた時のように。
お皿を洗い、布巾で拭いていると『まことせんよう』と書かれたふりかけや、熊や戦隊物のコップなどが目に入ってくる。


それが、可愛くて自然と顔が綻ぶ。


水樹さんと真くんの存在があちこちに見え隠れするこの空間。




……私もいつか入っていいのかな。



そう考えると少し切なくなった。







「水樹さん、終わりまし……」


パタパタとスリッパの音を響かせていたのを止め、脱いて水樹さんのそばに近寄る。


リビングのソファで、ネクタイを脱ぎかけたその手のまま。



――水樹さんは気持ち良さそうに眠っていた。
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