神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

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六  別府⇔小倉

六  別府⇔小倉 三

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「~~!」

駄目だ。抑えられない。





「馬鹿!」
涙をごしごし拭きながら、怒っていいのか泣けばいいのか、叱ればいいのか、喜べば満足なのか、

頭の中がぐるぐるぐるぐるして分からない。


「飛鳥さんが売られそうだった所を買い戻してくれたから、私が買った。もう支払いも済ませたからね」


「は?」


「こんな事、次したら私、もう、もう侑哉とは口聞かないからね! 馬鹿侑哉! 絶交なんだから!」


「……絶交ってなんだよ。でも俺だって姉ちゃんの為に何かしたいんだって」


「じゃあバイク売らないで! あんなにバイトしてたんだから大切にしてっ」


グズッと鼻水をすすり、どう言えば私のぐちゃぐちゃな気持ちが伝わるか考える。



「侑哉の大切なものを奪ってまで、私は幸せになりたくないよ?」



ズッと強く鼻をすすり終え、真っ直ぐに侑哉を見上げる。



そうだ。伝えないから侑哉が先回りしてあれこれしちゃうんだよね。




「私、頑張るから見守ってて。――侑哉」

そう伝える。


頑張るよ。

私から手を伸ばすよ。


心配かけないように言葉にするよ。


だから……。



「ありがとう。侑哉。大丈夫だから信じてね?」


「――うん。分かった」

腕で豪快に顔をごしごしと拭く。


「何で侑哉まで泣いてるの」


ぷぷっと笑うと、うるさいと後ろを向く。


折り畳み自転車だったようで、侑哉には小さすぎて笑ってしまう。



「なんか姉ちゃん、逞しくなったな」

隣に駆け寄る私を、悔しそうに見る。




「まぁね。神様なんて居ないから強くなるしかなくて」


「何それっ」

ガシガシと髪をされて抵抗しようとポコポコ胸を叩いた。

そう思いつつのんびり大学の坂を一緒に降りていく――場合ではなかった。


そんな場合じゃ全然無いっ!

「私今から福岡行かなきゃだから、またね!」
「え!? 今から!?」


坂を駆け降りながら私は頷く。



「うん。急ぐから」


わわわー。心の中で叫んでしまう。
本当にやばい。終電まで30分。色々想定外の事が起こりすぎた。



「姉ちゃん、この自転車で駅まで行って!」


「ごめんね。ありがとう!」



本当に間に合わないかと思った。

駅の隅に置き去りにした自転車を侑哉が気づいてくれたのが、乗った電車からチラッと見える。


滑り込んだ電車から大分駅で最終電車に乗り換える。



大分駅から別府駅まで8分。



心臓が爆発しそう。


別府駅に着いたら、部長は待っててくれるだろうか?

先に乗り込んでいたのを見たらどんな顔をするかな?



ずっとずっと、逃げてきた。


ずっとずっと、侑哉に守られてきた。


そんな私を、乱暴な口調のくせに優しく包み込んでくれた部長。


どんな顔して、伝えていいのか分からない。



朝から色々ありすぎて、ずっと興奮した状態みたい。

上手く言葉に出来なくても、逃げずに思いの全てを言葉にしてぶつけてみよう。


どんな顔するか怖いけど、でも、私、


いつの間にか、部長の事が好きになってたから。

もう恋なんて……って諦めてた私の前に現れて、強引に引っ張りあげて、神様の嘘を食べてくれたから。




電車の窓から別府湾を眺めながら、残り2分。


慌てて鏡を出して、ボサボサの髪を整える。
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