神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

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五  届け

五  届け 五

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「ずっと……、姉ちゃんが好きだったよ」


『みなみ』と名前ではなく『姉ちゃん』と侑哉が呼ぶ。


「ずっとずっと、優しすぎて大人しい姉ちゃんを俺が守るって決めてたんだ」


そう言うと力強く拳を握り締める。







「明美を抱こうと思ったのに、姉ちゃんの顔が浮かんできて、なんか不誠実で……俺、抱けなかった」
「目を閉じると、姉ちゃんの顔が思い浮かぶんだ。

今、笑ってんのかな。泣いてないかな。――笑ってくれてんのかな? 姉ちゃんが泣く姿が思い浮かぶ度に胸が締め付けられてた。心配なら自分の腕の中に閉じ込めたいって!」


そう傷ついて叫ぶ侑哉を見て、胸が張り裂けそうだった。


私は今、侑哉に甘えすぎたせいで侑哉を滅茶苦茶に傷つけてしまっているんだ。



侑哉が私の気持ちを代弁してくれるんじゃない。

私が言わないから侑哉が代わりに話してくれた。


それは、責任感の強い侑哉をずっとずっと苦しめていた。
守ろうと自分を犠牲にしてまで、私を守ろうとしてくれていたんだ。



ポタポタと雫が床に落ちていく。


侑哉の髪からではなく、ずっと言葉を言うのから逃げていた私の瞳から。



でも今はダメ。

私に必要なのは言葉にする事だった。

声に出さなきゃ侑哉を縛り付けたままだ。


「侑哉、ごめんね……甘えすぎてたんだよね」


侑哉の肩に手を伸ばすと少しだけ身体を揺らした。



守ってくれている侑哉を傷つけついた。



その傷を抱き締めたくて。





「ごめんね。……ごめんね。私、頑張る。頑張るから侑哉も幸せになろう?」


「俺、抱こうと思えば姉ちゃんだって抱けるよ。でも幸せにできるか怖い。怖かったんだ」


侑哉の大きな肩を抱き締めた。


パサリと落ちたタオルの下、侑哉はただただ静かに涙を流していた。


後悔しないように、ただただずっと泣いている。



ごめんね。


ごめん。



私が弱かったばかりに。

侑哉が居てくれるからと甘えたばかりに。



身体を、赦してしまったばかりに。


明美先生に侑哉を捕られるのが怖いなんて自分勝手な気持ちしかなくて。

それがずっとずっと侑哉を縛り付けていたんだから。




「――姉ちゃんは、あいつの事が好きなの?」

「え?」

「前の仕事場の部長さん。別府駅に迎えに行った時に俺に喧嘩売ってきた人」


喧嘩売って……?

いや、侑哉が部長を睨み付けていたのは覚えてるけど。



「――好き?」


そう改めて真っ直ぐにその言葉を突き付けられると、観念するしかない。


「まだ本人には言ってないから、言えないけど……」


部長が居ないのに、その言葉だけで胸がときめくから不思議。



「そっか」


ごしごしと腕で涙を擦ると、そっと私の腕の中から離れた。




「俺も明美が好きだ」
「――それこそ本人に言わなきゃだね」

さらさらの髪を撫でると、くしゃりと顔を歪ませる。

多分、笑おうとして失敗したんだろう。



私と侑哉は、ギリギリのラインで姉弟の立場に居たけれど、ずっとこのまま依存していたら。





私は侑哉しか見れないぐらい堕ちていたと思う。


一度繋がってしまえば、私たちは離れられなくなっていただろう。




本のちょっとのズレなんだ。

本の少し、ちょっとだけ反れただけ。


もし部長が私を迎えに来なければ、

もし明美先生が侑哉を頼って会いに来なければ。



間違いなく私と侑哉は、お互いに依存し合って抜け出せなくなっていたと思う。


そう思った瞬間に、ぞくりと背中に冷たい衝撃が走る。


それは私と侑哉が侵さなかった、侵せなかった禁断の行方。



触れ合える。
口づけできる。
抱き合える。


けれど、それをしないのは、



抜け出せる勇気が出たからだった。



侑哉に大好きだよ、と告げると、
こぼれ落ちるような小さな声で言った。


――俺も。
朝起きると、私と侑哉は同じ毛布にくるまって、寄り添うようにソファに座って眠っていた。



ハラリと綺麗に汚れが剥がれ落ちたような、


雲ひとつ無い、晴れ渡る青空のような、


すっきりした眩しい朝日に目を奪われる。



部長に告げられなかった原因の迷いが、一晩で綺麗に消えていた。


それが不思議で、けれど清々しい。



「侑哉、起きて。大学行かなきゃ」


ゆさゆさ揺さぶるが、『んんっ』と唸るとソファに倒れ込んだ。

緊張の糸がポロリと落ちてしまったのか、壊れたように眠りにつく。


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