神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

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五  届け

五  届け 四

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「あはは、お前、やっぱ面白い」

満足気に真君の髪を撫でながら、呆然とする有沢さんに手を振った。

「お前、まだ本気になったことがねーんだよ。可哀想に」

そう言うと、有沢さんの返事も待たずに車を走らせる。

モテるから本気になったことがないのなら、それも可哀想な話ではあるけれど、真君や明美先生を見ていたら、同情なんて出来なかった。


真君を実家に降ろした時には、既に眠っていた。
真君のお祖母さんが助手席にいる私を見て驚いていたから、保育園の先生だとばれてしまったのだろう。

ちょっとだけ気まずい思いをしながら、部長に車で送って貰った。


「やっぱ人間、そう簡単に変れないんだよ。根本的なとこは」

あの馬鹿、と呟きながらも、部長は煙草を手には持っていたけれど、火は付けようとはしない。


いつも仕事帰りにバスの窓から見る景色なのに、隣に部長が居るだけで、キラキラと輝いて見えるから不思議だ。






――私、いつからこんな風に景色が映っていたのかな。

車の速度よりも早く、私の気持ちも変化していったのかもしれない。


意地悪だし、厳しいし、怖いのに、
優しいし温かいし、矛盾し過ぎているこの人に。




「まあ、有沢が言ってたのは、あながち嘘でもねぇよ。仕事が楽しくて、あんま女に時間取らなかったのは本当」

「――部長らしいです」


「なのに、今は有給まで使って此処にいるんだからダサいだろ?」





――有給使ってまで此処に何しに来たんですか?


そう聞こうとして聞けない自分が居る。

一歩踏み出せない。怖い。

それに、忘れてはいけないのは、私は侑哉が――。






「まあ、あと真を養子にするって言ったら逃げて行った女も何人かいたかな」


「へ?」

「でも、しょうがねーよ。真は手放せない」

……何で部長は真君を引き取ろうとしたんだろう?
自分は福岡で面倒見れないほど忙しかったはずなのに。


「だから、お前も俺が重いなら無理には言わないけどさ」

「へ?」

違う考え事をしていたせいで、部長が今言った言葉をすぐには理解できなかった。


「金曜の夜に帰るから、それまで逃げきれば無理には伝えない」

伝えないって何を……?

へ?

「でも金曜までそんな顔してたら、覚悟してろ」


くしゃくしゃと髪を撫でられた。
顔を上げて部長の顔を見ると、甘くてちょっとだけせつなく目元を滲ませている。

ぐんぐんと近づいてきたくせに、部長はひらりと距離をとった。

それは私が部長の気持ちに真剣にぶつかってない部分がまだまだあるからだ。


無理矢理に心を動かそうとしているんじゃない。


部長はちゃんと私の心が動き出すのを待っている。



「土日には福岡に帰らなきゃいけないってのが面倒だが仕方ないか」


「――また真くんが寂しがりますね」


「そうだな」

バクバクいっている心臓を押さえるように胸に手を当てた。



「さっきみたいな有沢にはっきり言えるようになれば、俺も安心だがな」



車がブレーキをかけて止まる。

よく見たらもう私の家の前まで来ていたんだ。



「――俺はちゃんと見ててやるから」


ポンポンと2回、頭を撫でられた。


それだけで泣けてくるから不思議。

なんで部長は、私に暖かい気持ちをくれるのだろう。




感情が……止まらなくなりそう。



恥ずかしくて慌てて車から降りて家の方を見た時だった。


視界に入ってきたバイクに目を見開く。

――侑哉が帰ってきている。
「侑哉!」


私が走り出すと、部長の車は静かに走り去っていく。


だけどそれを振り返れず、侑哉の姿を探しに走り出す。

鍵がされていない玄関を入ると、開けっぱなしのリビングのドアの向こうに、頭をタオルで隠してソファに前屈みに座っている侑哉がいた。




「……侑哉っ」


お風呂上がりだったのか髪の雫が床に落ちていく。


床に膝をつき、前屈みに座る侑哉の顔を覗き込む。


昨日は何処にいたのかとか、明美先生とどうなったのかなんて聞けない。




そんな重々しい思い詰めた表情だった。


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