神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

文字の大きさ
上 下
18 / 62
三  接近

三  接近 三

しおりを挟む


Barに戻っても、部長の隣は息が詰まった。
侑哉の、何で電話に出なかったんだという無言の圧力を気にも留めないぐらい。
どんな風に息を吸えばいいのか分からない。
私今まで、どんな顔で部長の横にいたんだっけ?

分からなくて、ウーロン茶の味もしなくなって、目の前にいる明美先生と有沢さんがテレビの映像のように現実味が感じられなかった。

早く帰りたい。呼吸がしたい。

なのに、神様は残酷だ。居ないと分かっているのに残酷だ。
「ラストオーダーです」
ぶっきらぼうにそう言う侑哉を気にもしないで有沢さんは笑う。

「じゃあ、二次会に……って思ったんだけど、明日仕事なんだよね」

「ええー。そーなんですかぁ」

頬を染めてほろ酔い気分の明美先生は、泣きだしそうな顔をすると有沢さんも満足げに頷く。

「うん。このお詫びは来週にでも。夜なら空いてるから」

意味深に言うも、明美先生はその裏の意味にも気づかずに、ゴソゴソと鞄からチケットを取り出す。

「明日は空いてないんですか? うみたまごのチケットがあるんですー! 四人分の」

しまった! 私の分、明美先生から分けて貰ってなかったんだ。

「ごめんね。明日は朝から仕事だ」

「ええ~。どうしよう…。この四人で行くつもりだったのに」

チケットを持ったまま固まる明美先生に、スッと手が伸びた。
延びたと思うと、その手はチケットを一枚取り上げる。

「俺、明日なら暇だよ」

そう言ったのは、ラストオーダーの注文をずっと待ってて放置されていた侑哉。

にっこりと笑うその顔の意味は知りたくないのに、また私の横から手が伸びてチケットを奪うと笑う。
「仕方ね―から、車出してやるよ」

――やっぱり部長も有給中だから暇だよね。

「わー。残念だけど、侑哉くんも久しぶりだもんね。この4人なら面白いかも~」

呑気なのは明美先生だけで、有沢さんは爽やかに笑っているけど無言だし、部長は漂々としているし、侑哉は何考えているか分からない。

ってかそれ、私は強制参加だよね?


このメンバーとか、ちょっと、いやかなり、パスしたいのですが。



――言えるはずもなく。


「俺、飛鳥さんとこでバイトしようと思う。バイクの為にバイトしてたガソスタは辞めたし」

合コン帰り、部長が送ると皆を乗せる中、私は侑哉に腕を掴まれてそのままバイクのヘルメットを渡され、有無も言わさず連れて帰られた。

でもそれは助かったと思う。
これ以上、部長とは二人で会ってはいけない。そんな気がして、怖いんだもん。

「明美先生と同じ高校なんだねー」

「えーー?」

夜風が全身に当たり、肌寒いを通り越して寒い帰り道、侑哉を抱きしめながらそう言う。

「明美先生!!! 同級生なんだね―――」

「あー、うん。びっくししたよ!」

風が邪魔して上手く会話が進まないので、それ以上は何も言わず、背中を強く抱きしめた。

すると、後ろからライトをチカチカされ、部長達に追い抜かされてしまう。
一瞬、目が合った気がするのは気のせいだ。気のせい。

「車、良いな――」

信号にひっかかった私たちを置いて、車はとっくに豆粒のように小さくなって消えて行く。
あの車、今日届いた新車だとか自慢してたし、車の中は新車独特の革の匂いがしていた。
「お金貯めればすぐ買えるよ。でもバス停が近いからよかったじゃん」

「バス停からウチまでが坂だし暗いんだもん」

「――時間があれば迎えに行くよ」

そこまではさすがに甘えられないよ。今でさえ甘えっぱいで。
たか、甘えるために帰って来たのかもしれないぐらい依存しているのに。



「明美先生とデート楽しみ?」


つい、ふっとそう思ってしまった。
どんな気持ちで侑哉が、あのチケットを奪い取ったのか知りたくて。 

「何で?」

「なんか顔がにやけてたから。女の勘」

「……」

少しだけ侑哉は黙ってけど、信号が青になると同時に小さくかすれる様に言った。



「片思いだった」

へっ?

その瞬間、自分でも驚くぐらい動揺してしまった。


もちろん、バイクのエンジン音でこれ以上会話は出来なくて家に帰り着くまではただただ、侑哉を抱きしめることしかできない。
というか、頭が真っ白になる。
侑哉は私の恋愛やら過去やら首を突っ込んできてたから知っているはず。
でも私は、つい最近までの侑哉を何も知らない。

仕事が忙しくて、LINEや電話で済ませてた。

福岡に侑哉が遊びに来る時も、侑哉はバイクの話しかしてこなかったし。


――侑哉だって誰かを好きだったこともある。

これから先だって。

侑哉に彼女が出来たら、私は一人で生きていけるのだろか。

侑哉に迷惑かけてしまうのではないかな……?

侑哉に彼女が出来る。

そう考えただけで不安が押し寄せるのは、私が侑哉から離れられないからだ。
私の方が、依存してる。


ダメだ。
こんなんじゃ、ダメだ……。

夜景も目に入れず、寒さも忘れて、思考の闇に沈んでいく。

こんなネガティヴな自分が大嫌いだ。
どんより曇った日曜日の朝。
お互い、言いたいことを喉まで出かかっているくせに、なんだか訊けなくて静かな朝ご飯を食べた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

私を裏切ったあの人が、あなたを裏切らないなんて本気で思っていたのですか?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるエリーナは、伯爵令息ローガルと婚約していた。 お互いの家が懇意にしていたため、二人の結婚は幼い頃から決まっていた。二人は幼少期からお互いのことをよく知っており、幼馴染のような関係だったのだ。 しかしある時、エリーナはローガルがとある侯爵令嬢と懇意にしている事実を知る。ローガルは、エリーナを裏切っていたのだ。 ローガルの浮気相手である侯爵令嬢は、彼に心酔していた。 その愛が自分にだけ向けられていると信じており、エリーナのことを馬鹿にしてきたのである。 だが、そんな侯爵令嬢は知らなかった。ローガルが関係を持っていたのは、彼女一人ではないことを。 それを知ったエリーナは、侯爵令嬢に言った。 「私を裏切ったあの人が、あなたを裏切らないなんて本気で思っていたのですか?」

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私の妹…ではなく弟がいいんですか?!

しがついつか
恋愛
スアマシティで一番の大富豪であるマックス・ローズクラウンには娘が2人と息子が1人いる。 長女のラランナ・ローズクラウンは、ある日婚約者のロミオ・シーサイドから婚約解消についての相談を受けた。

処理中です...