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三 接近
三 接近 三
しおりを挟むBarに戻っても、部長の隣は息が詰まった。
侑哉の、何で電話に出なかったんだという無言の圧力を気にも留めないぐらい。
どんな風に息を吸えばいいのか分からない。
私今まで、どんな顔で部長の横にいたんだっけ?
分からなくて、ウーロン茶の味もしなくなって、目の前にいる明美先生と有沢さんがテレビの映像のように現実味が感じられなかった。
早く帰りたい。呼吸がしたい。
なのに、神様は残酷だ。居ないと分かっているのに残酷だ。
「ラストオーダーです」
ぶっきらぼうにそう言う侑哉を気にもしないで有沢さんは笑う。
「じゃあ、二次会に……って思ったんだけど、明日仕事なんだよね」
「ええー。そーなんですかぁ」
頬を染めてほろ酔い気分の明美先生は、泣きだしそうな顔をすると有沢さんも満足げに頷く。
「うん。このお詫びは来週にでも。夜なら空いてるから」
意味深に言うも、明美先生はその裏の意味にも気づかずに、ゴソゴソと鞄からチケットを取り出す。
「明日は空いてないんですか? うみたまごのチケットがあるんですー! 四人分の」
しまった! 私の分、明美先生から分けて貰ってなかったんだ。
「ごめんね。明日は朝から仕事だ」
「ええ~。どうしよう…。この四人で行くつもりだったのに」
チケットを持ったまま固まる明美先生に、スッと手が伸びた。
延びたと思うと、その手はチケットを一枚取り上げる。
「俺、明日なら暇だよ」
そう言ったのは、ラストオーダーの注文をずっと待ってて放置されていた侑哉。
にっこりと笑うその顔の意味は知りたくないのに、また私の横から手が伸びてチケットを奪うと笑う。
「仕方ね―から、車出してやるよ」
――やっぱり部長も有給中だから暇だよね。
「わー。残念だけど、侑哉くんも久しぶりだもんね。この4人なら面白いかも~」
呑気なのは明美先生だけで、有沢さんは爽やかに笑っているけど無言だし、部長は漂々としているし、侑哉は何考えているか分からない。
ってかそれ、私は強制参加だよね?
このメンバーとか、ちょっと、いやかなり、パスしたいのですが。
――言えるはずもなく。
「俺、飛鳥さんとこでバイトしようと思う。バイクの為にバイトしてたガソスタは辞めたし」
合コン帰り、部長が送ると皆を乗せる中、私は侑哉に腕を掴まれてそのままバイクのヘルメットを渡され、有無も言わさず連れて帰られた。
でもそれは助かったと思う。
これ以上、部長とは二人で会ってはいけない。そんな気がして、怖いんだもん。
「明美先生と同じ高校なんだねー」
「えーー?」
夜風が全身に当たり、肌寒いを通り越して寒い帰り道、侑哉を抱きしめながらそう言う。
「明美先生!!! 同級生なんだね―――」
「あー、うん。びっくししたよ!」
風が邪魔して上手く会話が進まないので、それ以上は何も言わず、背中を強く抱きしめた。
すると、後ろからライトをチカチカされ、部長達に追い抜かされてしまう。
一瞬、目が合った気がするのは気のせいだ。気のせい。
「車、良いな――」
信号にひっかかった私たちを置いて、車はとっくに豆粒のように小さくなって消えて行く。
あの車、今日届いた新車だとか自慢してたし、車の中は新車独特の革の匂いがしていた。
「お金貯めればすぐ買えるよ。でもバス停が近いからよかったじゃん」
「バス停からウチまでが坂だし暗いんだもん」
「――時間があれば迎えに行くよ」
そこまではさすがに甘えられないよ。今でさえ甘えっぱいで。
たか、甘えるために帰って来たのかもしれないぐらい依存しているのに。
「明美先生とデート楽しみ?」
つい、ふっとそう思ってしまった。
どんな気持ちで侑哉が、あのチケットを奪い取ったのか知りたくて。
「何で?」
「なんか顔がにやけてたから。女の勘」
「……」
少しだけ侑哉は黙ってけど、信号が青になると同時に小さくかすれる様に言った。
「片思いだった」
へっ?
その瞬間、自分でも驚くぐらい動揺してしまった。
もちろん、バイクのエンジン音でこれ以上会話は出来なくて家に帰り着くまではただただ、侑哉を抱きしめることしかできない。
というか、頭が真っ白になる。
侑哉は私の恋愛やら過去やら首を突っ込んできてたから知っているはず。
でも私は、つい最近までの侑哉を何も知らない。
仕事が忙しくて、LINEや電話で済ませてた。
福岡に侑哉が遊びに来る時も、侑哉はバイクの話しかしてこなかったし。
――侑哉だって誰かを好きだったこともある。
これから先だって。
侑哉に彼女が出来たら、私は一人で生きていけるのだろか。
侑哉に迷惑かけてしまうのではないかな……?
侑哉に彼女が出来る。
そう考えただけで不安が押し寄せるのは、私が侑哉から離れられないからだ。
私の方が、依存してる。
ダメだ。
こんなんじゃ、ダメだ……。
夜景も目に入れず、寒さも忘れて、思考の闇に沈んでいく。
こんなネガティヴな自分が大嫌いだ。
どんより曇った日曜日の朝。
お互い、言いたいことを喉まで出かかっているくせに、なんだか訊けなくて静かな朝ご飯を食べた。
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