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一 スタート
一 スタート 2
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結局、真君のお迎えと同時に園を出たのが、八時過ぎだった。
お残り保育は、19時までの決まりなのだが、よく電車や突然の残業やらでお迎えが遅れてしまうから仕方ないけど。
侑哉、ご飯作ってくれてるかな……?
一緒に住み始めたのに、私は朝早いし、侑哉は飲み会でちょくちょく夜は居ないし、ほとんどすれ違いだったりする。
二階建ての一軒家なのに、侑哉は一階のお父さんの書庫を自分の部屋にしていて、二階は私が自由に使っていいことになっているから、同じ家なのになかなか一緒に居れない。
微妙な距離で、ギリギリ、姉弟でいるような。
「蓮川さん!」
バス停に着いて、スマホを鞄から取り出した時だった。
薄暗いバス停の屋根の下、私の顔を覗きこむ人。
「やっぱり蓮川さんだっ 待ってて良かった」
「えっと、あ、りさわさん?」
そう首を傾げると、有沢さんはにっこり笑った。
営業スマイルだといわんばかりの。
「橘(たちばな)さんが、心配してたんで様子を見させてもらいました」
「橘って、へ?」
「俺、蓮川さんと入れ替わりで大分の方に移動したから。橘さんが本当に心配してましたよ」
そ、そう言われた瞬間、頭が真っ白になった。
有沢さんは、本当に悪気なく、頼まれただけなのかもしれないし、
橘という上司が私には確かにいた。
鬼のように厳しい、怖くて煙草臭い上司が。
でも。
私は『寿退社』したんだ。
寿退社した後で、婚約破棄されてこの地元に帰ってきた。
――だから私が大分に居ることを、まだ誰も知らないはずなのに。
どっくん。
その瞬間、重い何かが心臓をギュッと締め付けた。
締めつけて、全身から血を奪い、頭が真っ白になるような。
――考えてはいけない、嫌な予感が。
「蓮川さん? 大丈夫ですか?」
また顔を覗かれて、ふらりと足元が揺れる気がした。
どうしよう。怖い。怖い。怖い。
有沢さんがよろける私の腕を掴み、支えてくれた瞬間だった。
「みなみから離れろ!」
目が痛くなるようなライトに、私と有沢さんは手で目を隠すと、ばっと離れた。
「今、みなみに触ってたろ。お前!」
興奮気味の声は、――侑哉だった。
けれど、新しいバイクから降りるのにちょっとだけもたついている。
そのタイミングで、ちょうどバスが来たので、私は有沢さんをバスに押し込んだ。
「蓮川さん!?」
「すいません。侑哉、怒ると私じゃ手に負えないので」
「あ、こら、逃げるな!」
やっとバイクから降りれた侑哉に、私は抱きつく。
「みなみ?」
侑哉の胸は、冷たい風を帯びていたせいか冷たくて気持ちいい。
「ばれたかも」
「ん?」
「会社の人に、婚約破棄、ばれたかも……」
ギュウッと侑哉の服の袖を握りしめて、そう吐きだす。
吐きだした瞬間、私の心臓を握り潰していた黒い物が、形を作り私に覆いかぶさろうと蠢く。
「や、社長にだけは報告してんだよ? でも同僚には、
同僚には怖くて言えなかったんだ」
ポロポロと声もなく泣きだした私に、侑哉は優しく頭を撫でる。
それが、気持ちよくて、不安や恐怖を撫で落としてくれているようで。
少し、気持ちが落ち着いてきた。
「取り合えず、帰ろう。みなみが遅いから、弁当を買いに出ててついでに迎えに来てたんだ」
メール見た?
そう聞かれて、スマホを取り出した。
「あっ……」
侑哉からのメールと、着信が一件、表示されているのに、小さく声が漏れてしまう。
「まぁいいや。乗って?」
そう言われ、ゆっくりと侑哉とバイクの方へ歩き出す。
お残り保育は、19時までの決まりなのだが、よく電車や突然の残業やらでお迎えが遅れてしまうから仕方ないけど。
侑哉、ご飯作ってくれてるかな……?
一緒に住み始めたのに、私は朝早いし、侑哉は飲み会でちょくちょく夜は居ないし、ほとんどすれ違いだったりする。
二階建ての一軒家なのに、侑哉は一階のお父さんの書庫を自分の部屋にしていて、二階は私が自由に使っていいことになっているから、同じ家なのになかなか一緒に居れない。
微妙な距離で、ギリギリ、姉弟でいるような。
「蓮川さん!」
バス停に着いて、スマホを鞄から取り出した時だった。
薄暗いバス停の屋根の下、私の顔を覗きこむ人。
「やっぱり蓮川さんだっ 待ってて良かった」
「えっと、あ、りさわさん?」
そう首を傾げると、有沢さんはにっこり笑った。
営業スマイルだといわんばかりの。
「橘(たちばな)さんが、心配してたんで様子を見させてもらいました」
「橘って、へ?」
「俺、蓮川さんと入れ替わりで大分の方に移動したから。橘さんが本当に心配してましたよ」
そ、そう言われた瞬間、頭が真っ白になった。
有沢さんは、本当に悪気なく、頼まれただけなのかもしれないし、
橘という上司が私には確かにいた。
鬼のように厳しい、怖くて煙草臭い上司が。
でも。
私は『寿退社』したんだ。
寿退社した後で、婚約破棄されてこの地元に帰ってきた。
――だから私が大分に居ることを、まだ誰も知らないはずなのに。
どっくん。
その瞬間、重い何かが心臓をギュッと締め付けた。
締めつけて、全身から血を奪い、頭が真っ白になるような。
――考えてはいけない、嫌な予感が。
「蓮川さん? 大丈夫ですか?」
また顔を覗かれて、ふらりと足元が揺れる気がした。
どうしよう。怖い。怖い。怖い。
有沢さんがよろける私の腕を掴み、支えてくれた瞬間だった。
「みなみから離れろ!」
目が痛くなるようなライトに、私と有沢さんは手で目を隠すと、ばっと離れた。
「今、みなみに触ってたろ。お前!」
興奮気味の声は、――侑哉だった。
けれど、新しいバイクから降りるのにちょっとだけもたついている。
そのタイミングで、ちょうどバスが来たので、私は有沢さんをバスに押し込んだ。
「蓮川さん!?」
「すいません。侑哉、怒ると私じゃ手に負えないので」
「あ、こら、逃げるな!」
やっとバイクから降りれた侑哉に、私は抱きつく。
「みなみ?」
侑哉の胸は、冷たい風を帯びていたせいか冷たくて気持ちいい。
「ばれたかも」
「ん?」
「会社の人に、婚約破棄、ばれたかも……」
ギュウッと侑哉の服の袖を握りしめて、そう吐きだす。
吐きだした瞬間、私の心臓を握り潰していた黒い物が、形を作り私に覆いかぶさろうと蠢く。
「や、社長にだけは報告してんだよ? でも同僚には、
同僚には怖くて言えなかったんだ」
ポロポロと声もなく泣きだした私に、侑哉は優しく頭を撫でる。
それが、気持ちよくて、不安や恐怖を撫で落としてくれているようで。
少し、気持ちが落ち着いてきた。
「取り合えず、帰ろう。みなみが遅いから、弁当を買いに出ててついでに迎えに来てたんだ」
メール見た?
そう聞かれて、スマホを取り出した。
「あっ……」
侑哉からのメールと、着信が一件、表示されているのに、小さく声が漏れてしまう。
「まぁいいや。乗って?」
そう言われ、ゆっくりと侑哉とバイクの方へ歩き出す。
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