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一 スタート
一 スタート 1
しおりを挟む秘密を背負う。
「みなみ先生、みなみ先生、ちょっとあの人どう思いますー?」
同期の明美(あけみ)先生に耳元で囁かれ、草むしりしていた手を止めた。
地元に帰ってきてすぐに私が就職したのは、百合園(ゆりぞの)保育園というカトリック系の保育所で、隣にある小さな教会に週に1回御祈りにしに行く以外は普通の保育所と変わらない。
園長先生は、隣の教会とも兼務されていて、シスター姿の美しいご婦人だ。
先生も園児も上品な雰囲気の中、一緒に入った新卒の明美先生だけは、今時の可愛らしい女の子。
パーマで、ちょっと明るく染めたブラウンの髪に、今は短く切られたけど、綺麗にネイルされていた爪先。
ぷっくり可愛い唇に、バッサバさの長い睫毛。
無邪気に子どもと遊ぶ姿は、主にご父兄に評判がいい。
「ほら、あの人、合コンに誘われたんですけど、どう思いますー?」
「ご?」
午後5時を過ぎると、保育所はお迎えのピークを迎える。
ぽつぽつと子どもが居なくなると、手の空いた先生で校庭の草毟りをするのだが、同時に色んな業者さんが来る。
「あの人って、――『光の森』の営業の人でよね」
園長が忙しくて席を外していると、草むしりしている私たちに話しかけてきてくれる気さくな人。
『光の森』さんは、北九州に本社を置く、子どものお道具セットから絵本、遊具を扱う会社で、新作や担当が変わったり、または絵本を届けてくれたり。
一カ月で何回も見かける。
30歳もいってない、爽やかで営業だから話も上手い。
けど、20歳の明美先生を合コンに誘うなんてどうなんだろ??
「今、誘われたの?」
「はい~。みなみ先生も誘って、向こうは3対3らしいですよ」
ちょっと声が弾んでいる明美ちゃんに嫌な予感しかしない。
「私は、無理だよ。初対面の人とか上手く話せないもん。それに」
『光の森』は私が福岡で働いていた会社の子会社。
関わりはないものの、向こうを寿退職している身で、関連会社の人と合コンなんて恐ろしい。
「えー!! でも有沢(ありさわ)さんが、みなみ先生は絶対お願いしますって!」
ちゃっかり名前まで覚えてるんだ……。
チラッと有沢さんとやらの方を向くと、にこやかに営業スマイルを向けられた。
ん~~。
無理だ。合コンなんて絶対無理!
学生時代に友達に連れてかれて何回か行ったけど、話は弾まないし、気を使って話かけられた時は居たたまれないし。
「ご、ごめんね。有沢さんによろしくね」
そう言って、そそくさとお残りさんが残っている部屋に逃げ込んだ。
明美先生は、唇を尖らせていたけれど、ごめんなさい!!
今は! 本当に! 恋愛なんて興味持ちたくないの!
「あら、ちょうど良かった。みなみ先生、少しだけ電話するから見ててもらっていい?」
お残りの部屋は、2歳の男の子一人だったので、手を洗いながら頷いた。
「真(まこと)君、何読んでるの?」
一人、絨毯の上で足を伸ばして座っている真くんに話しかける。
くるんと少し天然パーマの亜麻色に近い髪の、可愛い男の子。
家が複雑らしくて、詳しくは聞いていないが、温泉ホテルの祖母に育てて貰っている男の子。
ホテルは忙しいので、いつも預かり保育では一番最後なんだけど、人懐っこくて可愛くて先生たちから大人気だったりする。
「さるかに合戦。このさる、高崎山のサルだってパパいってたのー」
ちょくちょく父親が話に出るから、会っていない訳ではないらしいんだよね。
「あはは。あそこはお猿さん、沢山いるもんね」
「『ごうこん』にも鼻の下のびるおさるさん居るってぱぱが」
「ご!?」
こんな天使みたいな可愛い子に、なんでそんな話をするんだ、この子の父親は!
「こんどおさるさんみるんだって、ぱぱ」
「あはは。そうなんだね」
……もはや深く聞きまい。
真くんは私の苦笑いにきょとんとした後、にっこり笑った。
「せんせい、わらったおかお、かわいいね」
キラキラな笑顔で喋る真くんに、胸がキュンとなる。
君の方が何倍も可愛いよ!!
ああ。癒されたくて、真くんを膝に乗せて一緒に本を読む。
チクチクと痛む現実が、子どもと触れ合う事で癒されたいく。
そりゃぁ、辛い時もある。
でも、子どもたちは可愛いもん。
生まれてこれただけで、子どもたちはみんな可愛いもん。
だからこうして抱きしめられることが、幸せだって噛み締める。
神様にもらった、ほんの小さな幸せの時間を。
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