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参、被害者で加害者で、今はただの恋に溺れた美形魔王で。
三
しおりを挟む都内某所。億マン密集地帯の高級住宅街から一番近い駅で降りた俺の前に、多分リムジンが待っていた。たぶんと言うのは、実物を見てしまうと本当にこの車は交差点を曲がれるのか。本当に車として機能しているのか、不安になってしまうぐらい長い車体だったからだ。
「倫太郎」
リムジンの中でワイングラスを揺らしている魔王は、俺の顔を見るや否や、死んだ目で頬を染めた。それが偽りと知っていると
「魔王……じゃなかった。えっと」
「ダンでもダニーでもダミエルでもお好きに。ダーリンのだあって呼び方でもいいぞ」
だあって呼び方、女子高生みたい。なんて言えず、浮かれている魔王を見て少し寂しくなった。
「というか、この駅からマンションまでバス停ないね。自転車買おうかな」
「問題ない。コンシェルジュに送迎も手配できるようだ。まあ、必要あらば、お前にも運転手付きの車を贈ろう」
「自転車でいいってば」
そんな手厚いサービスは身の丈に合わない。というか本音を言えばアパートに帰りたいぐらいだ。
「りーんたろう」
なぜリムジンはこんなに広いのに、俺の隣には魔王が座っているのだろう。そして髪をいじりながら甘く名前を呼ぶんだろう。
「ダン、でいいのかな。俺、今日大学行ったら、胴上げされそうな勢いで教授たちにお祝いされた。ダンのホテルに就職できる日本人なんて片手の指ほどいないとか」
「そうか。誉に思えばいい」
外の景色が、だんだんと広い屋敷や高級マンションに変わっていく。その風景に見劣りしない魔王は、この現代では成功者なんだ。
「前世なんて関係ないな。ダンは悪いことせず、成功して地位も名誉もあるんだろう。俺もせめて一般ステータスぐらいになるようにレベル上げしなきゃ」
「まあ、私は昔も今もレベル上げはしたことがない。生まれた時からレベルマックスだ」
自慢しやがって。チートで生きてきて努力も苦労もない。憎らしいと思いそうになったが、魔王は魔王で今現在、最高のステータスで平凡な俺に惚れたという最悪な呪いにかかっているんだ。
俺は魔王に嫌われるためにここに来た。まずはこの車の中でなにか嫌われるようなことをしよう。
「はあ。つかれたなあっと」
まずは上品な魔王の前で靴も脱がずに座席に寝転んでみた。あとは冷蔵庫を勝手に開けて寝転んでつまみ食いしてと。
「……本当に倫太郎は愛いな」
魔王が俺の足を掴むと恭しく靴を脱がせだした。
「私の誘い方が、ぎこちなくていい」
誘ってなんてない。そう言おうとしたよりはやく、靴を脱がせた魔王が覆いかぶさってきた。
死んだ目なのに、ビー玉みたい。
自分以外、どうでもいい。世界なんてどうでもいい。虚ろな目がそう言っている。
なのに俺の頬に触れる手が優しくて、心ごと金縛りにあったような気分だ。
サラサラと落ちてくる金髪に視線を泳がせると、その隙を狙うかのように魔王が口づけしてきた。
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