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症状四、それは風邪みたいなものでして。

症状四、それは風邪みたいなものでして。⑥

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クスクスと笑っている颯真さんは、完全に私をからかっていた。
今までの甘い雰囲気や胸ときめかす日々を否定するかのように、嘲笑う。
私が男の人に慣れていないから優しくして、からかっていたんだって事?
私みたいに単純な子の方が動かしやすいから婚約者のふりなんて頼んだの?
「それでも私の中の颯真さんは、――颯真さんだったのに」
支離滅裂な言葉が零れたけど、そのまま手を振り払ってドアを開けた。彼の顔が見えなかった。
「食べ終わったら連絡下さいね。私じゃない人が来ると思います」
「あれ? ちょっと怒った?」
その言葉に、じわりと涙が混みあげてくる。
目線は合わせなかったから、気づかれなかったと思うけど、私の鼓動が急激に冷えて、そして触れられた箇所が火傷したように熱くて、悔しかった。
「わかば?」
もう一度、確かめる様に呼ばれた名前を、私は聞こえないふりをしてエレベーターに乗った。
「ごめん、からかいすぎた。反応が可愛いくて」
エレベーターを閉じようとしても、両手で押さえられていた。
からかうほど、自分の無知さは面白かったんだ。視線を合わせられないけれど、濡れた前髪から滴り落ちる水が床に落ちて染みていく。
「いえ。私が変な事を言ったんです」
「だから変じゃないって。俺に興味を持ってくれたんだろ?」
「――仕事があるので、エレベーターを押さえる手を外してくれませんか」
「その真っ赤な目で行くの」
今すぐ離れたいのに。今にも恥ずかしさで泣きだしそうなのに。
なんで颯真さんはその手を離してくれないのかな。一人になりたい。
「颯真さんってこんなに意地悪な人だったんですね」
悔しくて睨んでやろうと思て見上げたら、その表情に思わず息を飲む。
あまりにも甘く笑っているその姿に、動揺してしまう自分が大嫌いだ。
「泣きだしそうな君も可愛いから」
「颯真さんは意地悪で、……ちょっと怖いです」
じりじりとエレベーターの奥へ逃げたら、そのまま彼も中へ入ってきた。
後ろ手で閉じないように押さえながらも、私を隅へ追い詰めていく。
「そう。怖いよ。――俺は怖い」
「きゃっ」
「そうやってもっと意識して。いつまでも優しい人は疲れるからね」
そんな。射る様な目、ズルイ。なんでそんな目をするんだろう。
「私とは、婚約しているふりなのに?」
震える唇で言うけど、彼は表情を変えない。
「じゃあ、婚約者のふりを止めようか?」
「あっ」
纏めていた髪を彼の指に攫われてしまう。優しく梳く様に奪われる。
「君の心が癒えるまで待ってるだけだっていったらどうする?」
「待って、こ、わい。近くに来たら、わ、私」
ぎゅっと目を閉じる。近づいてくる颯真さんの身体、体温、香。覆いかぶさる影。全てが、私の心を全て持っていってしまいそうで何も考えられなくて流されそうになる。
「ヤス君を亡くした君の心に取り入るのは簡単だけど、それじゃ一番になれないから我慢してるだけ。――君を俺は待っているんだよ」
バッと彼の指が壁を叩いた。
その仕草が、彼の押し殺した感情をぶつけたみたいに荒々しくて、とうとう涙が一粒流れた。
「じゃあ。また夜に」
苦笑いする彼は、私の涙がヤス君を思って流れた涙だと誤解したのだと思う。
壁を叩いたのではなく、彼は一階のボタンを押した。
そのままお互い目を逸らせずに、扉が閉まるまでお互いを見つめていた。彼が怖いと思った。
つい、お客様が居ないのをいいことにぺたんと座りこむ。誰も居ないこの空間だからこそホッと胸を撫で下ろせた。
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