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症状一、自覚症状はなし。

症状一、自覚症状はなし。②

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 店長も菊池さんも明日の準備で忙しいのだから、当日しか動かない私は確かに適任だ。八時から朝のビュッフェが始まるし今しか時間はないのだ。
 既に当番の先輩たちはもうホールで準備を始めていた。

「分かりました! お茶を煎れて来ます!」

やる気満々の私に、何故か店長は胸を撫で下ろしている。

「良かったわ。それと――、いや、駄目だわ。これは言っては駄目ね」
「?」

店長は独り言をぶつぶつ言うと、意味深な笑顔を向けた後、そそくさと逃げて行く。
それと――?
何か頼みにくい仕事でもあったのかな。

「調律師っていつものおじいちゃんかしらね」
「えっ」
「近くの調律事務所の可愛いおじいちゃんかなあって」

もう制服に着替えた菊池さんが溜息を吐く。

「話が長いから、仕事が遅いのよね。腕は確かなんだけど。まあまだ病み上がりだしゆっくり出来ていいわよね。無理しないでね」
ぽんっと肩を叩かれ、また罪悪感に苛まれた。
私が一週間も泣いて仕事も出来なかったのはペットロスからだと、言えない。
言おうとしたら――。

「華寺さん、来たわよ」
「え、あ、はいっ」
「菊池さん、厨房の方、ヘルプしてあげて」

ぼーっとしていた私に、店長がお盆を渡してくれた。
そのまま菊池さんとそそくさと厨房へまた逃げるように入って行く。
慌てて入口の方へ行くと、スーツ姿の男の人がネクタイを触りながら中へ入ってきた。サングラスと私と同じくマスクをしている。
そして、私の案内を待たずにグランドピアノの方へ向かっていく。

「あの、調律師さんですか!」

後ろからお声をかけたら、小さく頷いた。
何故か私の方を向いてくれない。

「あの、珈琲を」
小走りで後を追うと、調律師さんは片手を上げた。
「時間が無いので、勝手にするから気を使わないで」
「あの、でも、その――」

こんな時どう言うのが正解なのか困惑していると、その人はゆっくり振り向いた。

「風邪気味なので、君に移すと申し訳ないでしょ? 離れていて」

サングラスにマスクのその人は、優しい声でそう言った。
ネクタイを何度も握って落ちつきがないのは、私に気を使っているから?
優しい気遣いに思わず笑みが零れてしまう。私もマスクに伊達眼鏡姿で笑った。

「私も風邪気味なので、大丈夫です。 あ、私のが移ってしまうから、やっぱ駄目ですよね」

へへっと力なく笑うと、その人も困ったようにピアノの方を向いた。

「では、少し離れて座って見て貰っていても良いかな。後で一曲弾いて確認して貰いたいし。君がそれでいいならば、だが」
歯切れが悪い回答だったが、それでいいと素直に思えた。
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