艶夜に、ほのめく。

篠原愛紀

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五夜、本気になったら負けだと思う。

五夜、本気になったら負けだと思う。五

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「兄貴じゃ、アンタが本当に欲しいモノは手に入らない」

 言われなくても、分かってる。
 声に出したら、本当になってしまうから言わないけど、――分かっている。

「アンタが欲しいのは、本当はちゃんとした恋愛なんだろ?
 別に自分自身にまで嘘を吐かなくてもいいのにさ」

「……そこまで分かってるなら、もういいじゃない。今日は私、帰らないから」

 家出娘みたいなダサい言葉を吐いて、そのまま千夏を追おうとした。

「帰らないのは、俺と二人で居て、期待するからだろ?」
「馬鹿じゃないの」
「じゃあ、こう言えばいい?」

 急に優しい口調になったのに、腕を掴む手の力は強いままだった。

「兄貴のせいで、アンタが不幸になるのは耐えられない」

 腕を振り払った。

 ふざけるのも大概にしてほしい。

 平手打ちしてやろうかと振り返る。
 私はそこまで愚かな女だろうか。
 彼が駄目だから、遊馬に期待するような愚かな女に見えるのだったら、屈辱だった。

 なのに、振り返った先に、私よりも泣き出しそうな、苦しそうな顔をして立っているものだから、固まった。
「そんな顔、ずるい」
 もっと計算高く、私を軽蔑してあざ笑って騙そうと笑って見せて。
「なんであんたは、兄貴とセックスすんの?」
 本当の愛でもないでしょう。
 彼があまりにも、泣き出しそうだから平手打ちしたくて伸びていた手は、止まる。
 代わりに遊馬は、屈んで私の手に頬をすり寄せた。
「愛が欲しいって女は、だた抱かれたいだけだろ。で、抱いたらその瞬間だけ満たされる。でも、その瞬間だけだ。抱かれなきゃ愛が見えなくなってく」
「偏見すぎでしょ。そんな風に思ったことない」

「でも安心するじゃん。セックスする程度には自分のことを必要と思ってるって」
 極端すぎる話に、呆れて帰ってしまいたかった。
 けれど、私の手に擦り寄る頬は暖かく、そして苦しそう。
「兄貴に抱かれても、どんどん虚しくなるだろ。心は互いに必要ないのに、セックスしてどうしたいの」
 馬鹿な人だ。
 私が愛のない結婚で壊れていくとでも思ってるの。
 龍一のせいで、恋愛なんてしたくないと自暴自棄になって、やっぱり欲しいって思ったときには、絶対に手に入らない人。
 でも私は、それでいい。
 それがいい。
 それだけでいい。
「簡単よ」
 擦り寄ってきた頬に、爪を食い込ませる。
「恋愛ごっこがしたいの」
 寂しいよ。
 虚しいよ。
 馬鹿みたいよ。
 そして貴方から見たら、滑稽で愚かでしょうね。
「私も彼も、恋愛ごっこがしたいの。今更、恋愛がしたいなんて、私が言うと思うの」

 そこで関係が終わってしまうのに、私が言うと思うの。
 恋愛なんて終わりが来るじゃない。
 どちらかが、いつも気持ちを裏切って踏みにじる。
 楽しかった思い出を、最後には否定する。
 馬鹿みたいじゃない。
 恋愛の方が、馬鹿みたい。

「だから、あんたはもうごっこじゃなくなってるって」
「でも彼はまだ、続けてくれるんでしょ。じゃあ、それでいいじゃない」
 爪を食い込ませても、痛がらない。
 痛いのは、私のこの不安定で惨めな現状で、それに比べれば、自分に爪が刺さっても問題が無いと。

「目の前で壊れていくのを、見ているだけは死んでも嫌だね」
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