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六、昔話をしましょうか。

六、昔話をしましょうか。⑤

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勇気を出して、バイクに跨ると幹太がヘルメットを装着してくれた。

「じゃあ、海」
「海?」
「海までドライブ」

昨日、巴ちゃんが言っていたけど行けなかった場所だ。
もしかしたら、二人は海をバイクで見に行ったことが何回かあるのかもしれない。
私が知らないだけで、二人は面識があったんだし。

「やってやろうじゃないの」

幹太は、何か言いたげな視線を向けただけで、またすぐに背を向けた。
私は、震える体を幹太に押し付けて、振り落とされないように必死にしがみつく。

「そんなにしがみ付かなくても、お前を乗せてスピード出さねーから」


「い、いいから、運転に集中して」

幹太の心が知りたい。
だから、スピードを出しても出さなくても私は逃げない。
怖いけど、足がすくむけど、立ち止まれないけど。

あの日の事故の記憶が消えるわけでもないけど――。

心に焼き付いて、これから増えるだろう晴哉との思い出の未来を壊した。

それでも私は、晴がいる。
この世に、晴哉が残してくれた命。

ラブラブな両親に、理解ある義母たちに、楽しい仕事場。
順調過ぎる日常は、よくできた、私の都合のいいように出来た世界で。

晴哉を失った以外、不満なんてないと思っていた。

キミの、その嘘つきな背中の優しさに胡坐をかいて、ね。
海までの道は、ただただ国道沿いに真っ直ぐ。
時間帯的に混んでいないから、ちょっと小高い丘から海まで降りて行く感じ。
今まで、仕事と保育園と家を行ったり来たりで、私は海がそんなに近くにあるということを忘れていた。
乗り物に乗れなかった事もあるけれど、多分視野が狭くなっていたんだろう。
見たくなかった、気づきたくなかった、と正直に幹太へ言わなければ。


「このままで良かった、って言ったら怒る?」

「その割には、素直じゃねーだの、喋らないだの、俺を煽ったくせに」

「まあ、でも、幹太が乗っかってこないと思ってた。幹太も同じ気持ちだと思ってたんだ」
信号が赤になって、漸く無言だった私たちは喋り出した。
どうせ、また走り出したら風がうるさくて、こうやっておしゃべりできないのに。

「手、まだ震えてる」
「あは。ばれたか
会話すれば、気晴らしにもなるかと思ったけど、車も道路も――擦れ違う対向車も怖かった。
手が震えて、喉が渇くのが早く感じる。

「それでも、俺の本音に噛みつきたいんだろ、お前」

「きっと、そうなるんだろうね」

自分でも分からない衝動に、自分で決着を付けることしかできない。

情けないけれど。
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