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六、昔話をしましょうか。

六、昔話をしましょうか。③

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「どどどど、どうしちまったんですかね、幹太さん」
まるで自分が言われたかのように、咲哉くんが驚いている。

美麗ちゃんまで真っ赤な顔で口を開いたままだ。

唯一救われたのは、おばさんとおじさんが居なかったことぐらいかな?

「で、桔梗さんの御答えは?」

咲哉くんが、手をマイクを持つ形に添えて近づける。

「う、うるさい、馬鹿っ」
私の返事と同時に、私が投げたメモ帳が次は咲哉くんの頭に当たった。
スコーンと良い音がした咲哉君の頭を、凝視しつつ、その場を動けなかった。

真っ赤になっていく顔は正直なのに。
冷たくなっていく心は、――嘘つきだ。

言わない背中を憎いと思っていたのに。

伝えてきても腹立たしいんだもの。
言い逃げして、背中を向ける幹太に、噛みつきたい。
噛みついて噛みついて、私の痕を付けてしまいたい。


それでも、私の指には今も、これからも晴哉がくれた指輪を光らせて、笑っていたい。
この矛盾は、深海の様な真っ黒な夜みたい。

上に泳いいたつもりでも、下に泳いで迷子になっていく、深海の夜。


***


18:50

「おりゃあああっ」

暖簾を入れると同時に、調理場へ直行した。
仕事さえ終われば、幹太を殴ろうが叩こうが自由だと思って。

「や。おつかれ、桔梗ちゃん」

「おじさん」

調理場には、おじさんが一人、のんびり御餅を食べながら御茶を啜っていた。
さっきまでいた咲哉くんや幹太の姿は無い。

「幹太は?」
「逃げたよ」
「に?」

やっぱり! 背を向けて逃げちゃうなんて。

「しっかし。幹太がこんなに和菓子に興味を持ったのも、桔梗ちゃんのおかげだから、感謝しているよ」
「いやいや、あいつは気づいた時からずっと和菓子馬鹿ですよ」

おじさんと何気なく会話しながら、廊下の扉を開ける。
ボートには何も書かれていなかったけど、車の鍵は無くなっていた。

「いいや、桔梗ちゃんに言われてからだよ、あいつが和菓子に興味を持ったのは」
「私?」
「桔梗ちゃんが覚えていなくても、あの不器用な息子はずっと覚えて、その言葉を糧に生きているんじゃないかねえ」


大げさかなっと笑うけど全然大げさではない。
あいつならやりかねなかった。

「ねえおじさん、幹太の行きそうな場所って分かる?」
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