上 下
1 / 63
キミのその嘘つきな、

キミのその嘘つきな、

しおりを挟む
 まだ「おめでとう」を言われていない。

 その無表情で、いつもキツく閉じられた唇は、キミの悪い癖だと思う。

「じゃーん。たった今から『長岩 桔梗』から『日高 桔梗』になりました。はい、拍手!」

自動ドアをが開くと同時に、私は両手を上に掲げてそう言いながら中へ入る。


もちろん閉店間際でお客が居ないかをちゃんと確認してからの決行。
老舗和菓子店『春月堂』は年齢層も高く上品なお客が多いから、私みたいな客が現れたら腰を抜かしてしまうかもしれない。

だから閉店間際。――幹太が店番をしてる時間だからこそ出来る。


「……シャッター閉めるから出てけ」
「なっ! お客に失礼だぞ。どら焼き二つ!」

幹太に2本の指を突きだして、鼻息荒く笑ってやった。
幹太は不機嫌そうな顔で私を見ると、溜め息を吐き、どら焼きをレジに打ち出す。

(せっかく私が『おめでとう』を言えるチャンスを作ったのに)

婚約すると幹太に報告してから結婚した今日まで、私は幹太からお祝いの言葉を聞いていない。

幼馴染みで、私と彼と幹太は仲良しだと思っていたから、――喜んでくれると思ってたのに。


 
作業衣の紺色の甚平に腰巻きエプロンを着た、和菓子職人見習いの幹太。物心ついた時から無口で、しかめっ面で、無表情で、威圧的なオーラを放っていた。

普通にしていれば、 くっきりした二重に、男らしいスッとした眉毛、高い鼻、ラグビー部で引き締まった身体。

そこそこモテるはずなのに浮いた話も出てこない。

恋愛に奥手なのだろうか?
だから私と彼を祝福するのが照れ臭い?
それか私みたいな馬鹿そうな女と大事な幼馴染みが結婚なんて虫酸が走るとか?

無表情でレジを打つ幹太…心を読み取れないかと、腕組みしながら睨み付けてみる。

そんな無意味な空気の中、調理場の暖簾が揺れた。

「桔梗ちゃん、新作の栗餡なんだが試食してくれないかな」

暖簾から顔を出したのは、幹太の父親でここの和菓子職人。幹太の見習い作業衣とは違い、ちゃんとした白い作業衣を着ている。

おじさんは甘く作りたてホクホクの栗餡を私の手のひらにスプーンで乗せた。

「モンブラン餅を作ろうかと思ったんだけど」
「うーーん。美味しい!」 
出来立てだからだろうか。温かい甘い餡は美味しくて癖になりそうだった。

「桔梗ちゃんがそう言うなら、どら焼きの次に看板になれるな。このモンブラン餅は」
「うん。期待しとくね」

にやりと笑って隙を見て更に餡を味見してみた。やっぱり栗の控え目な甘さが美味しい。

「ほら、どら焼き」
「ありがとー」

すぐにカバンから財布を取り出そうとしたが、幹太は低い声で「いらない」と言うと、どら焼きの入った紙袋をを渡してきた。

「……お祝いのつもり?」
返事はない、目も合わせない。
ただ黙ってレジを締め出す。そうやってわざと私を見ようとしないその仕草が嫌。
無理に冷静と取り繕って無表情に努めているのがバレバレなんだから。

「言葉はくれないの? 物で私を誤魔化す気?」

「……あいつが待ってんだろ? 行けよ」

レジを仕舞い終えたのか、私に背を向けてそう冷たく言う。

「そうやって、自分の意見は言葉で言わなくて、空気で読みとらせようとする、キミのその嘘つきなところ大嫌い。祝福できないぐらい私のこと嫌いならそう言いなさいよ。私たち、両思わないよ! 良かったわね」

内心、『両思わない』の意味が分からなかったが、私ももう引っ込みが付かなかった。
指輪が重く光るのを感じながらも、どら焼き代をレジに叩きつけるとおじさんに挨拶もせずに店を飛び出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...