「夢」探し

篠原愛紀

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発明の話。

発明の話。

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「今」よりもずっとずっと未来で、少年の頃に「夢」、見てた現実を、叶えようとしていた。
 この鉄の森の中で。


 その少年の田舎では、昔、古い言い伝えがあった。

『純粋な子どもには、森にすむセイレンが見える』と。

でも、少年は見えなかった。

『人間が森を荒らすから、セイレンは奥深くへ身を潜めたんだよ。共存は諦めたんだ』

だって、木よりもビルの森の方が、いつしか大きくなっていったから。

だから、少年は、「夢」、見てた。

セイレンと会えるその時を。少年は、大人になって研究室に入って、

昔の森のデータを取り、全てを再現させ、それを保てる「物」を作っていた。

子どもの頃に「夢」見た事を叶えるために。

発明は成功した。

純粋な資源で作った、度の入っていない眼鏡。

彼は、その眼鏡で、純粋な「夢」を残酷に叶えようとしていた。

「夢」を汚した事を知らぬまま、森の奥深くで、セイレンに会える事を祈りながら彷徨った。

そして、祈りは届いた。
セイレンの女の人を見つけた。
艶めいた黒い髪に、透き通るような白い肌に、尖った耳と赤い爪と唇が印象的な、綺麗な種族。

彼女は整った唇を動かした。

『お前は、ワタシが見えるのか?』と。

「眼鏡」をかけた研究生は頷いた。
そして、会いたかったと言った。

セイレンは上品に笑って言った。

『会いたくなかったよ』と。

鉄の森に住む憐れな生き物なんかに、と侮蔑の言葉を述べながら、壁を作って、隙を与えずに。

――共に生きたあの頃とは戻れぬ所まで来てしまったのだ、と

冷ややかに一瞥しながら傷を守っていたんだ。
だけれども『もう、見える人間なんて会えないと思っていた』と、悲しく笑った。

研究生は、また、会いに来ていいかと尋ねた。

セイレンは返答しなかった。

ただ、『セイレンの守る木の下にワタシはいる』

それだけを言って、どこかへ行ってしまったんだ。

あまりにも変わってしまった世界で、彼女は戸惑っていたんだよ。
今更歩みよる気にもなれないのに、心には心地よい風が吹いていた。

偽りの目の人間なのに。
彼女は純粋に、微かな希望を抱いてしまったんだよ。研究室に戻り、彼は興奮が覚めなかった。

セイレンは本当にいたんだ。
見えなかったのは、森が少なくなったから。

――だから、 会いたいと思う人の為に

もっともっとこの発明品を、この眼鏡を作ろう。

もっと皆に存在を知ってもらおう。

まずは、研究結果を学会で発表して――……。

彼は、少年の頃の『夢』を叶えたのに、
何故そこで終わらなかったんだろうね。

偽りの目で手に入れた『夢』でも、大切にしてくれたら良かったのに。

はやく気づいてよ。

何故、人々が彼女を見えなくなったのか。

何故見ようとしなくなったのかを。

もう、この世には一人だけの、寂しい彼女を。

偽りの目でも良いから、気づいてあげてよ。


神々は、大地から姿を消した。
ある人は『楽園』へ、ある人は違う星へ、
ほとんどの神々は『時』が届かない場所へ。
大地の神の惨劇を繰り返したくなかったから。

自分達が、人間と上手く関われるとは思わなかったから。

御伽話の空想上の、夢の中の
存在になってしまおうとしていたんだよ。

でも、セイレン達は違った。
共存しようと今までずっと共に生きてきた。

鉄の檻に閉じ込められるまで、信じてきたんだ。

『やはり、来たのか』
彼女の存在は鮮やか。

長い着物を音も立てずに引きずりながら、ゆっくりと歩く姿は美しい。
着物の柄は闇夜に輝く多彩な花達。

彼女が歩けば、眠っていた花達も起き、
動物は傍に近寄り眠りだす。

絶対的な存在感で、
彼女は木の上から見ていた。

『人と話すのは何百年振りか思い出せない。お前達は私をここに追いやって忘れ去って……』

絶望した彼女は心を閉ざしていたけれど、

『純粋な青年よ。何故お前はワタシに会いたかった?』
何故――――…?

それは、見えなかったから。

だけれど、昔は純粋な子どもは見えたのにって
今は純粋じゃないと言われて悔しかったから―?

自分は、ただ純粋に見たいと思ってたと思ってたのに、彼女の目は、気持ちの裏を暴く。

自分が汚いと思わせる程に。

彼女の前では、自分は余りにも小さくて汚くて、ドロドロした人間だと暴かれる。

『会いたい、と思わなければ会えない程、ワタシ達には距離ができただけだよ』

ただ、やり直せるかもしれない。

そう、希望が持てるのかもしれない。

また、会いたい、じゃなく会えるのが当たり前になったら……。

あり得ない事だがな……。

森の奥にワタシを追いやった人間を信用できる訳ないな……と。

そう言いながら、研究生には心を開きかけていた。

――会いに来てくれたから。

ただ、それだけの事で。
研究生は、研究室へ急いで帰った。

傷ついている彼女の為に、沢山眼鏡を作って沢山の人に彼女の存在を知って欲しかったから。

すると、突然研究室の全ての窓のガラスが割れた。

割れたガラスの向こうには、
月夜を背に静かに怒った彼女がいた。

『そういう事だと思っていた』

諦め、悲しみ、憤り、惨めさ、全てが、彼女の心に降り注ぐ。

『そんな、大量生産の眼鏡越しに、ワタシを見るな』



静かに眼鏡のレンズは割れた。
割れたレンズは粉々になり、風に吹かれて飛び散ってゆく。

「待って下さい!」
研究生は走った。
ただひたすら走った。
風が吹く方向へ。
目指すは「セイレンの木」

彼女に会って謝った事で許されるわけではないけれど……大切なもの、は目になんて見えるわけなかったんだよ。

見えてたら、悩まなくても良かったし、傷つかなくても良かったんだ。

見えないからこそ大切で、守らなければ消えてしまう程に儚げで。

そして、研究生は聴こえてきた音色に耳を澄ませた。

風に眼鏡のレンズの粉が舞う瞬間だけ、
風に舞った彼女の歌声を。

月夜の晩に、セイレンの木の前で。『詩(ウタ)を捧げる
 鉄の森に住み「夢」を失った者たちへ

 詩を捧げる
揺りかごの中で明日の希望を「夢」見て笑う者たちへ

 詩を捧げる
 暗闇を駆け抜ける愛しい者たちへ 』

何百年、何千年、共に生きた者たちへ

セイレンは言った。

暗闇が人なんだ、と。
君たちがとても愛しい。
そしてとても怖い。

だから、「夢」さえ忘れなかったら

きっとまた会えるかもしれない。

子どもの頃の「夢」のままで。

揺りかごに揺れていた「夢」のままで。

それが、研究生が聴いた最初で最後の詩でした。
研究生の発明した眼鏡はその日に跡形もなく消えてしまいました。

「今」よりもずっとずっと未来で、少年の頃に「夢」、見てた現実を、研究生は理解しました。

それでも、彼は探すだろうよ。

鉄の森の中で、
彼女が傷つかないで「夢」を叶える方法を。

だって彼女は「夢」は否定しなかったから。

だから研究生は今日も研究に没頭する。

そして夜になると風に耳を澄ますんだ。

優しい詩が聞こえる日を「夢」みて。
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