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何事も縛られないなら、それでいい。
五
しおりを挟むフライパンに垂らしていた油が、ドバドバと海になった。
とうとうばれてしまったのか。私の中で今、学校をさぼっていた理由を必死で探す学生のように色々と理由を並べてみた。
なのに続く彼の言葉に拍子抜けした。
「体調悪かったから仕方ねえけどさ。サロンの人も予約時に人が来ねえと慌てるんだから、もう少し迷惑かけねえようにしような」
「……うん。つい二人で選ぶものばかり優先してしまってた」
一度信じてしまうと、彼の中で私は嘘を言わない人になっているのかな。
どんどん鼻が伸びていっているのを誰も気づいていないんだ。
小さな変化に気づかないほど、私は彼にとってもう何があっても結婚をする相手なんだろう。
「……あのさ、俺の前では無理せず本音を言ってほしい」
みじん切りした玉ねぎを炒めながら、彼が溜息を吐く。
「結婚式ってさ、仕事抱えたまま準備すんのは大変だろ。無理してる部分があるなら俺に
言え。悪いが、俺は言わなくても察せるほど女心を分かってねえからな」
「あはは。正直すぎるね」
笑ったけど、後ろから抱き着いてきた彼の体温に頑なな心が溶けていく。
私一人が意地を張ってバカみたいに思えてくる。
「で? なにがあんの?」
「何もないけど、強いて言えばウエディングドレスを着たくないのかな」
「は?」
「だって可愛いじゃん。私って目立つこと嫌いでしょ。結婚式で皆が私のドレス姿を見るかと思うと、胸がキリキリする」
「……そう」
彼の声から緊張が抜けていく。
そんなことかよ、と言いたげな雰囲気に笑いそう。
私の鼻が伸びたのを、きっと彼も気づいていない。
「ドレスが着たくない、か。やっぱ結婚式の準備で疲れがでてんだろ」
「出てないよ」
「お前のドレス姿は俺がきれいだと保証する。が、着たくない理由に恥ずかしいとか面倒だとかあんのなら、結婚式を億劫だと思ってんだろ。もういっそ、海外で身内だけですますか?」
「……」
優しいね。私の気持ちを一番に考えてくれている。
もう二度と破棄させるわけにはいかないから、ね。
私が逃げ出さないように、優しい。
そう考えてしまう自分が一番バカなんだろうね。
逃げないよ。結婚するよ。
「おーい、聞いてるか?」
「うん。ハワイにした場合の旅行費を計算してた」
「俺の嫁さんは財布のひもがしっかりしてるなあ」
「でもおじいちゃんがいるから海外はいやだな。それにここまで進めておいて、海外とかさ。親の信頼なくしちゃうよ」
玉ねぎが飴色になったのでベーコンを入れて少し炒めてからご飯を入れた。
本心ではないけど、彼の心に響く簡単な言葉だ。
「お前が後悔しないならそれでいいよ」
「うん。でも次の衣装合わせだけはちゃんと出るよ」
後ろから抱きしめてきた彼のおかげで咳は止んだ。
けれど言わない。きっと彼が目を閉じて私を見ていないときでも言わない。
コンソメ顆粒とケチャップを入れながら、幸せに包まれ私の鼻は嘘で伸びていく。
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