目を閉じたら、別れてください。

篠原愛紀

文字の大きさ
上 下
39 / 62
愛情が片方にだけある結婚は不幸である、らしく。

しおりを挟む
 21時過ぎ。
 式場の相談ルームで、ケーキをたらふく食べてから出た。
 ライトアップされた教会が、池に映って本当に美しい。
 こんな会場で結婚できると思うと、胸が高鳴るのは隠せない。

「悪い、遅くなった」
 車のドアを閉める音と共に、慌てて走ってくる進歩さんが見える。
 車が斜めに止まっていて、急いでくれているのが分かった。

「いいよ。今日は、BGMと会場に飾る花の予算と、あとケーキカットのケーキのデザインを大体決めたよ」
「助かる。新部署さ、俺以外の責任者がいないから俺いないと進まない仕事ばっかでさ」
ネクタイを緩めながら、彼もライトアップされた教会を見ている。

「てか、そのマスクどうしたんだよ。まだ風邪?」
「うん。咳が止まらなくて」

 するりと肩に手が伸びて、引き寄せられた。
 頭に顎を乗せて、ぐりぐりとじゃれてくる。
 仕事は忙しくても、性欲はある。なのに最近私が体調が悪いので我慢してくれているのが分かった。
 その反動で、スキンシップが激しいけど。

「ちゃんと病院行った?」
「……まあ」

「ならいいけど」
 まだ言いたそうだった彼から視線をそらす。病院には行く気はない
 あの市販薬が悪い。あの市販薬さえ買ってこなかったら絶対にすぐに良くなった。

 車までエスコートされながら、彼が車の座席に手を伸ばした。

「あのさ、ドレスのカラーがまだ決まってねえんだろ」
「なんで知ってるの」
「幹事のやつが、お前の幹事から聞いたって。ドレスの色に合わせて花とか会場の雰囲気合わせるんだから、急がなきゃなんだろ」
「……だって好きな色がとことん似合わないんだもん」

 それに何回もドタキャンしずぎて、つぎのドレス合わせは来月だ。
 色打掛さえまだ色が決まっていない。

「だから、次の衣装合わせのとき、俺、半休とるから。俺も見るよ」
「げ、いやだ!」
「なんでだよ」

 むっとする彼に全力で首を振る。
「絶対退屈。私だって退屈だし!」
「はあ? お前、写真一枚も残さねえくせに。絶対何でも似合うんだからさっさと選べばいいだろ!」
「いやだ。行くなら休む! 絶対に――」

 大声を出したら、器官に空気が入ったのか大きくせき込んでしまった。

 それを彼が背中を撫でてくれる。「お前、ちゃんと病院行けよ。心配だろ」
「でも咳以外、ほんとどこも悪くなくて――」

 言い終わらないうちに、マスクの上から頬を撫でられた。
 そして近づいてくる瞳。
 マスク越しに、何度も唇が重なった。

「ほら、キスしてもつまんねえじゃん」
「マスク取ればいいでしょ」
「へえ、取っていいの?」

 ニヤニヤする彼が、マスクを外した。
 もう車はどこにもないとはいえ、まだ式場の中にはプランナーさんがいるというのにどうしてこの人はこんなことができるんだろう。

 それでもキスは嫌ではなかった。キスしている瞬間だけは、奇跡が起こったように咳が止まった。

「……優しいキスだね」
 触れてくるだけの、気遣うキス。何度も何度も確かめるように啄むキス。
「ここで激しいキスしてもねえ」
「私に風邪移されたら、多忙な仕事が大変だし」

 意地悪を言った。いや、これは挑発だ。
 彼の眼が光る。目を細めると、ちょうど空に浮かんでいる三日月にそっくりだった。

「お前の風邪ぐらいで、俺の仕事に支障はないよ」

 クスクス笑うそのやさしさ。
 けれどそのやさしさが今だけは私の胸を抉っていった。結局、そのまま彼の何もない部屋になだれ込んでしまった。

 忙しいって言うのは本当らしくて、段ボールが並ぶ壁際と、薄いカーテンしかつけられていない窓。カウンターキッチンには、飲んだワインの瓶が並べられてる。

 冷蔵庫にはおつまみ用のハムとかチーズとか、水しかなくて驚いた。
 この人、外食オンリーなんだ。
 私が豚汁とか作ったら食べてくれるのだろうか。

 なんて服を脱ぎながら、ちらちら考えてしまった。


 けれど彼に触れられるとまるで処方箋のように、咳は収まった。

 エッチが下手なんて嘘をいってごめんね。

 今は優しく触れてくれる、奥に届くその指が好き。
 包み込むように大きな手で触られると嬉しい。

 あとキス。癖になってしまいそうになる。意地悪に逃げる舌も好きだけど、チュッと吸い付いてくるキスが好き。


 ごめんね。―-私、進歩さんが好きなんだよ。

 涙がこぼれたら、目じりを撫でられた。
 覆いかぶさる彼から見下ろされると、囚われて逃げられない錯覚が起きて、興奮するのが分かる。

 きっと次は逃がしてくれないんだろうな。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・クズ聖女・ざまぁ系・溺愛系・ハピエン】 グルーバー公爵家のリーアンナは王太子の元婚約者。 「元」というのは、いきなり「聖女」が現れて王太子の婚約者が変更になったからだ。 リーアンナは絶望したけれど、しかしすぐに受け入れた。 気になる男性が現れたので。 そんなリーアンナが慎ましやかな日々を送っていたある日、リーアンナの気になる男性が王宮で刺されてしまう。 命は取り留めたものの、どうやらこの傷害事件には「聖女」が関わっているもよう。 できるだけ「聖女」とは関わりたくなかったリーアンナだったが、刺された彼が心配で居ても立っても居られない。 リーアンナは、これまで隠していた能力を使って事件を明らかにしていく。 しかし、事件に首を突っ込んだリーアンナは、事件解決のために幼馴染の公爵令息にむりやり婚約を結ばされてしまい――? クズ聖女を書きたくて、こんな話になりました(笑) いろいろゆるゆるかとは思いますが、よろしくお願いいたします! 他サイト様にも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨ 恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……

処理中です...