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愛情が片方にだけある結婚は不幸である、らしく。
四
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21時過ぎ。
式場の相談ルームで、ケーキをたらふく食べてから出た。
ライトアップされた教会が、池に映って本当に美しい。
こんな会場で結婚できると思うと、胸が高鳴るのは隠せない。
「悪い、遅くなった」
車のドアを閉める音と共に、慌てて走ってくる進歩さんが見える。
車が斜めに止まっていて、急いでくれているのが分かった。
「いいよ。今日は、BGMと会場に飾る花の予算と、あとケーキカットのケーキのデザインを大体決めたよ」
「助かる。新部署さ、俺以外の責任者がいないから俺いないと進まない仕事ばっかでさ」
ネクタイを緩めながら、彼もライトアップされた教会を見ている。
「てか、そのマスクどうしたんだよ。まだ風邪?」
「うん。咳が止まらなくて」
するりと肩に手が伸びて、引き寄せられた。
頭に顎を乗せて、ぐりぐりとじゃれてくる。
仕事は忙しくても、性欲はある。なのに最近私が体調が悪いので我慢してくれているのが分かった。
その反動で、スキンシップが激しいけど。
「ちゃんと病院行った?」
「……まあ」
「ならいいけど」
まだ言いたそうだった彼から視線をそらす。病院には行く気はない
あの市販薬が悪い。あの市販薬さえ買ってこなかったら絶対にすぐに良くなった。
車までエスコートされながら、彼が車の座席に手を伸ばした。
「あのさ、ドレスのカラーがまだ決まってねえんだろ」
「なんで知ってるの」
「幹事のやつが、お前の幹事から聞いたって。ドレスの色に合わせて花とか会場の雰囲気合わせるんだから、急がなきゃなんだろ」
「……だって好きな色がとことん似合わないんだもん」
それに何回もドタキャンしずぎて、つぎのドレス合わせは来月だ。
色打掛さえまだ色が決まっていない。
「だから、次の衣装合わせのとき、俺、半休とるから。俺も見るよ」
「げ、いやだ!」
「なんでだよ」
むっとする彼に全力で首を振る。
「絶対退屈。私だって退屈だし!」
「はあ? お前、写真一枚も残さねえくせに。絶対何でも似合うんだからさっさと選べばいいだろ!」
「いやだ。行くなら休む! 絶対に――」
大声を出したら、器官に空気が入ったのか大きくせき込んでしまった。
それを彼が背中を撫でてくれる。「お前、ちゃんと病院行けよ。心配だろ」
「でも咳以外、ほんとどこも悪くなくて――」
言い終わらないうちに、マスクの上から頬を撫でられた。
そして近づいてくる瞳。
マスク越しに、何度も唇が重なった。
「ほら、キスしてもつまんねえじゃん」
「マスク取ればいいでしょ」
「へえ、取っていいの?」
ニヤニヤする彼が、マスクを外した。
もう車はどこにもないとはいえ、まだ式場の中にはプランナーさんがいるというのにどうしてこの人はこんなことができるんだろう。
それでもキスは嫌ではなかった。キスしている瞬間だけは、奇跡が起こったように咳が止まった。
「……優しいキスだね」
触れてくるだけの、気遣うキス。何度も何度も確かめるように啄むキス。
「ここで激しいキスしてもねえ」
「私に風邪移されたら、多忙な仕事が大変だし」
意地悪を言った。いや、これは挑発だ。
彼の眼が光る。目を細めると、ちょうど空に浮かんでいる三日月にそっくりだった。
「お前の風邪ぐらいで、俺の仕事に支障はないよ」
クスクス笑うそのやさしさ。
けれどそのやさしさが今だけは私の胸を抉っていった。結局、そのまま彼の何もない部屋になだれ込んでしまった。
忙しいって言うのは本当らしくて、段ボールが並ぶ壁際と、薄いカーテンしかつけられていない窓。カウンターキッチンには、飲んだワインの瓶が並べられてる。
冷蔵庫にはおつまみ用のハムとかチーズとか、水しかなくて驚いた。
この人、外食オンリーなんだ。
私が豚汁とか作ったら食べてくれるのだろうか。
なんて服を脱ぎながら、ちらちら考えてしまった。
けれど彼に触れられるとまるで処方箋のように、咳は収まった。
エッチが下手なんて嘘をいってごめんね。
今は優しく触れてくれる、奥に届くその指が好き。
包み込むように大きな手で触られると嬉しい。
あとキス。癖になってしまいそうになる。意地悪に逃げる舌も好きだけど、チュッと吸い付いてくるキスが好き。
ごめんね。―-私、進歩さんが好きなんだよ。
涙がこぼれたら、目じりを撫でられた。
覆いかぶさる彼から見下ろされると、囚われて逃げられない錯覚が起きて、興奮するのが分かる。
きっと次は逃がしてくれないんだろうな。
式場の相談ルームで、ケーキをたらふく食べてから出た。
ライトアップされた教会が、池に映って本当に美しい。
こんな会場で結婚できると思うと、胸が高鳴るのは隠せない。
「悪い、遅くなった」
車のドアを閉める音と共に、慌てて走ってくる進歩さんが見える。
車が斜めに止まっていて、急いでくれているのが分かった。
「いいよ。今日は、BGMと会場に飾る花の予算と、あとケーキカットのケーキのデザインを大体決めたよ」
「助かる。新部署さ、俺以外の責任者がいないから俺いないと進まない仕事ばっかでさ」
ネクタイを緩めながら、彼もライトアップされた教会を見ている。
「てか、そのマスクどうしたんだよ。まだ風邪?」
「うん。咳が止まらなくて」
するりと肩に手が伸びて、引き寄せられた。
頭に顎を乗せて、ぐりぐりとじゃれてくる。
仕事は忙しくても、性欲はある。なのに最近私が体調が悪いので我慢してくれているのが分かった。
その反動で、スキンシップが激しいけど。
「ちゃんと病院行った?」
「……まあ」
「ならいいけど」
まだ言いたそうだった彼から視線をそらす。病院には行く気はない
あの市販薬が悪い。あの市販薬さえ買ってこなかったら絶対にすぐに良くなった。
車までエスコートされながら、彼が車の座席に手を伸ばした。
「あのさ、ドレスのカラーがまだ決まってねえんだろ」
「なんで知ってるの」
「幹事のやつが、お前の幹事から聞いたって。ドレスの色に合わせて花とか会場の雰囲気合わせるんだから、急がなきゃなんだろ」
「……だって好きな色がとことん似合わないんだもん」
それに何回もドタキャンしずぎて、つぎのドレス合わせは来月だ。
色打掛さえまだ色が決まっていない。
「だから、次の衣装合わせのとき、俺、半休とるから。俺も見るよ」
「げ、いやだ!」
「なんでだよ」
むっとする彼に全力で首を振る。
「絶対退屈。私だって退屈だし!」
「はあ? お前、写真一枚も残さねえくせに。絶対何でも似合うんだからさっさと選べばいいだろ!」
「いやだ。行くなら休む! 絶対に――」
大声を出したら、器官に空気が入ったのか大きくせき込んでしまった。
それを彼が背中を撫でてくれる。「お前、ちゃんと病院行けよ。心配だろ」
「でも咳以外、ほんとどこも悪くなくて――」
言い終わらないうちに、マスクの上から頬を撫でられた。
そして近づいてくる瞳。
マスク越しに、何度も唇が重なった。
「ほら、キスしてもつまんねえじゃん」
「マスク取ればいいでしょ」
「へえ、取っていいの?」
ニヤニヤする彼が、マスクを外した。
もう車はどこにもないとはいえ、まだ式場の中にはプランナーさんがいるというのにどうしてこの人はこんなことができるんだろう。
それでもキスは嫌ではなかった。キスしている瞬間だけは、奇跡が起こったように咳が止まった。
「……優しいキスだね」
触れてくるだけの、気遣うキス。何度も何度も確かめるように啄むキス。
「ここで激しいキスしてもねえ」
「私に風邪移されたら、多忙な仕事が大変だし」
意地悪を言った。いや、これは挑発だ。
彼の眼が光る。目を細めると、ちょうど空に浮かんでいる三日月にそっくりだった。
「お前の風邪ぐらいで、俺の仕事に支障はないよ」
クスクス笑うそのやさしさ。
けれどそのやさしさが今だけは私の胸を抉っていった。結局、そのまま彼の何もない部屋になだれ込んでしまった。
忙しいって言うのは本当らしくて、段ボールが並ぶ壁際と、薄いカーテンしかつけられていない窓。カウンターキッチンには、飲んだワインの瓶が並べられてる。
冷蔵庫にはおつまみ用のハムとかチーズとか、水しかなくて驚いた。
この人、外食オンリーなんだ。
私が豚汁とか作ったら食べてくれるのだろうか。
なんて服を脱ぎながら、ちらちら考えてしまった。
けれど彼に触れられるとまるで処方箋のように、咳は収まった。
エッチが下手なんて嘘をいってごめんね。
今は優しく触れてくれる、奥に届くその指が好き。
包み込むように大きな手で触られると嬉しい。
あとキス。癖になってしまいそうになる。意地悪に逃げる舌も好きだけど、チュッと吸い付いてくるキスが好き。
ごめんね。―-私、進歩さんが好きなんだよ。
涙がこぼれたら、目じりを撫でられた。
覆いかぶさる彼から見下ろされると、囚われて逃げられない錯覚が起きて、興奮するのが分かる。
きっと次は逃がしてくれないんだろうな。
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