目を閉じたら、別れてください。

篠原愛紀

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遠回り、逆回り、急がば道を壊せ。

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「でも、なんか卑怯な気がする」

 嘘を吐いた自分が言うのも変だけど、卑怯な気がする。

「あ、そっか」
 嘘を吐いた後ろめたさがあるから、だ。
なるほど。
 目の前の、既婚者なのにこんなところに罪悪感が全くなさそうに居る、この飄々した男は、絶対に女の敵だ。絶対に遊んでいるに違いない。

 こんな風に誠実そうで女に興味なさそうなのに駆け引きを楽しんでいるからしてそうだ。

 この男の場慣れ間のおかげで冷静に分析できた。

「やっぱ正々堂々じゃないと駄目だなあ。私なりに罪悪感があったのか」

「よくわからないけど、既読ついたよ」
「そう。怒らせるだけだから、嘘だよって言っといてください」


「既読ついただけだな。返信来ない」
「嘘ってばれたんじゃないですか」

 そうか。根底に、罪悪感があったのか。

 そうだよね。別れたいって思った時に、一番ダメージがある嘘を咄嗟位に考えたからだもんね。

「先輩、チョコタワー、白かった! ホワイトチョコでしたよ!」
「えー、行くか迷う。チョコとビールって合わないじゃん」
「行きましょう、行きましょう。笹山さんと交代」

 泰城ちゃんも再び私と一緒にチョコタワーの前まで来た。
 流石、チェーン店でもない普通の居酒屋。

 テーブルの上に、女子会で使う程度の小さなチョコフォンデュの機械が置かれているだけだ。ポテトチップスとマ シュマロと、フルーツが少しだけだ。

「あの吉田さんって人、大学時代から飄々としてたのに女とっかえひっかえだったって。商社マンだって!」
「笹山情報?」
「そうですよ。既婚者なのに絶対遊んでますって。要注意です」

 泰城ちゃんは、笹山ら情報を聞き出すために席を離れたんだ。本当にしっかりしている。

「で、神山さんももってもてだったって。爽やかで嫌味がなくて、格好いいじゃないですか。大学時代、恋人はいなかったかもしれないけど、いなくても不自由してなさそうだったって!」
「はあ……」

「先輩、そーゆうの調べないまま好きになりそうじゃないですかあ」
「いやあ、私は今は、他の人のことを考える余裕ないほど悩んでるから大丈夫だよ。ありがとう」

 フルーツに適当にチョコを付け、お皿の上に置いた。
 既読しかつかなかった進歩さんの動きの方が気になる。

「今日は全く参考にならなかったし、さっさと帰りましょう。私、既婚者が下心ありありで飲み会来てるの、生理的に無理です。アレルギー」
「まあ、確かに。私が知りたいのは高度テクじゃないんだよね。帰ろう」

 チョコを持って帰ると、携帯を見て爆笑している二人から少し距離をとった。
 さっさと食べようと思ったら、チョコはお皿に固まって貼りついて取れない。

 フォークで叩きながら割って食べた。

「先輩、タクシーで帰ります? 反対ですが駅までなら私の彼氏が送ってくれそうですけど」
「いや、ここからなら歩いて帰――」

 ふと何気なく視線を入り口に向けたら、上着を腕にかけてネクタイを揺らして速足で入ってくる進歩さんが見えた。

 従業員の案内を断り、中を見渡して私たちを見つけると急にしかめっ面になった。

「呑気にチョコ食べてんじゃねえよ」

 素の言葉に、泰城ちゃんが驚いて私と彼を交互に見る。

「チョコじゃなくて、チョコフォンデュ」
「うるせえ。俺にタクシーを使わせたバツとして、この後牛丼付き合え」
「は? 私お腹いっぱいだし」
「隣で見てろ」

 泰城ちゃんがにやにや笑いながら、わざとらしくパタパタと手で顔を仰いでいた。
 笹山は目を丸くしていたし、よっしーは飄々としていた。

「早く食べろよ」
「チョコが固まってるんです。というか、何で――」

 なんで来たの?
 そう聞こうとしたのに、声が出なかった。
 それを聞いて、何を言われても私は赤面してしまいそう。

「さっさと食べろ。ウソツキ女」
「ちょ、チョコが固まってるのは嘘じゃないですからね」

 それでもこのチョコだって、私の頬に触れたら簡単に溶けてしまいそう。
 一杯だけ、お洒落ぶってカクテルを飲んで私の横に誰も寄せ付けないように、胡坐を掻いて座る進歩さん。

 私の心に固まっていたチョコは、完全に液体になって蒸発して消え去ってしまっていた。
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