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オオカミ男、オオカミ女
九
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でもなあ。このシチュエーションって食べた後そのまま~の流れだよね。
流石に、一年前に別れた相手と簡単に寝るわけではないけど。
うだうだ考えても仕方ないので、一杯だけ緊張を和らげるためにお酒を飲む。
日本酒は癖が強いのであまり好きではなかったのに、ボトルごとテーブルに置かれていたお酒はほんのり甘くて、鼻にスッと甘い匂いが残る。
安いカクテルやチューハイよりも癖になりそうな甘さだった。
しかも天ぷらによく合う。どうしたものか、二杯目もすぐに飲み干してしまった。
三杯目を注いでいたら、彼からメールが届いた。
『寝室の方に浴衣あるから。風呂入るなら使え』
確信犯だ。最初からそれ狙いか。
私もお酒の力を借りて返信した。
『話はあるけど、エッチはしませーん』
送信ボタンを押して、天ぷらを平らげる。
次はお刺身だ。綺麗に数切ずつ並んだ刺身に、四杯目のお酒が喉を潤していく。
『それは、お前しだいだろ』
短い言葉だけ返信が来た。これだけでは怒っているのは笑っているのかほくそ笑んでいるのか、悲しい顔をしているのか分からない。
五杯目のお酒を飲みながら、私はどんどん返信した。
私は自分の限界を知らなかったし、自分の理性がなくなるぐらい酔うこともなかったので、知らなかった。酔うと、爆メールしてしまうことを。
『なんで?』
『今日はそんな準備してないので無理でーす』
『というか、別れたんだからエッチしないよね』
『あ、誰でもいいから、目の前に来た女は食べちゃうタイプ?』
『大変だ―。神山進歩は狼だぞ!狼だぞう!』
『でもウソツキの私の話を、誰も信じてくれなかったのでした』
『ちゃんちゃん』
待っても待っても、返信は来なかった。
返事もない。本人も来ない。テレビもない。
これで二時間待たされるなんてたまったものじゃない。
『おい、少しは返事をしないか!』
『返事をしないってことは、うっとおしいって思ってるな!』
『そんな程度の相手に、エッチできると思うなよ』
『神山進歩は狼だぞ!』
『がおーがおー食べちゃうぞ』
まるで壁に話しかけているみたいだった。
そうだ。神山進歩のてんぷらを食べてやろう。
海老の衣だけを残して、中身を食べてやろう。
「あのさあ、用もねえのにメール止めろよ。電池、29パーセントになってるじゃん」
「うわ、来た」
あと数十秒遅かったら、天ぷらが私の胃の中に入っていたのに。
少し息を切らした、不機嫌そうな神山進歩が、ネクタイを緩めながら私の目の前に席に座った。
携帯の液晶画面を見ると、まだ22時を少し過ぎたぐらいだった。
彼は座椅子の背もたれに脱いだ上着をかけると、私を睨む。
「酒くせえ」
「は? 待たせた本人が言う?」
「うわ、瓶半分以上飲んでる。お前、酒強かったっけ?」
開けた日本酒の瓶を持って、目を大きく見開く。
「アルコール度数も高いじゃん。自分の飲めるやつを頼めば良かったのによ」
「どこで注文するのか分からなかったの。というか、メール返信してよ」
「仕事中って言っただろうが」
煙草とライターをテーブルの上に置くと、灰皿を引き寄せた。
そして私の方を睨む。見つめるというより睨むって言う感じだ。
「……お見合いの時、眼鏡かけてたよね?」
「ああ、伊達な。その方が知的に見えるだろ」
「……ウソツキ」
自分を棚に上げて、零れ落ちた言葉。
お酒が回って変なテンションになった私の思考は、自分でもブレーキが分からなかった。
「どっちが嘘つきか。お前分かってんのか?」
低い声。不意に泣きたくなった。
目の前のこの人は、私に好意を持っているふりをしてくれていた神山進歩の本性だ。
私に合せていた一年前の神山進歩ではない。
本性を曝け出して私に敵意を向けている。
「ちゃんと謝りたいって思ったからこうして呼び出したの」
流石に、一年前に別れた相手と簡単に寝るわけではないけど。
うだうだ考えても仕方ないので、一杯だけ緊張を和らげるためにお酒を飲む。
日本酒は癖が強いのであまり好きではなかったのに、ボトルごとテーブルに置かれていたお酒はほんのり甘くて、鼻にスッと甘い匂いが残る。
安いカクテルやチューハイよりも癖になりそうな甘さだった。
しかも天ぷらによく合う。どうしたものか、二杯目もすぐに飲み干してしまった。
三杯目を注いでいたら、彼からメールが届いた。
『寝室の方に浴衣あるから。風呂入るなら使え』
確信犯だ。最初からそれ狙いか。
私もお酒の力を借りて返信した。
『話はあるけど、エッチはしませーん』
送信ボタンを押して、天ぷらを平らげる。
次はお刺身だ。綺麗に数切ずつ並んだ刺身に、四杯目のお酒が喉を潤していく。
『それは、お前しだいだろ』
短い言葉だけ返信が来た。これだけでは怒っているのは笑っているのかほくそ笑んでいるのか、悲しい顔をしているのか分からない。
五杯目のお酒を飲みながら、私はどんどん返信した。
私は自分の限界を知らなかったし、自分の理性がなくなるぐらい酔うこともなかったので、知らなかった。酔うと、爆メールしてしまうことを。
『なんで?』
『今日はそんな準備してないので無理でーす』
『というか、別れたんだからエッチしないよね』
『あ、誰でもいいから、目の前に来た女は食べちゃうタイプ?』
『大変だ―。神山進歩は狼だぞ!狼だぞう!』
『でもウソツキの私の話を、誰も信じてくれなかったのでした』
『ちゃんちゃん』
待っても待っても、返信は来なかった。
返事もない。本人も来ない。テレビもない。
これで二時間待たされるなんてたまったものじゃない。
『おい、少しは返事をしないか!』
『返事をしないってことは、うっとおしいって思ってるな!』
『そんな程度の相手に、エッチできると思うなよ』
『神山進歩は狼だぞ!』
『がおーがおー食べちゃうぞ』
まるで壁に話しかけているみたいだった。
そうだ。神山進歩のてんぷらを食べてやろう。
海老の衣だけを残して、中身を食べてやろう。
「あのさあ、用もねえのにメール止めろよ。電池、29パーセントになってるじゃん」
「うわ、来た」
あと数十秒遅かったら、天ぷらが私の胃の中に入っていたのに。
少し息を切らした、不機嫌そうな神山進歩が、ネクタイを緩めながら私の目の前に席に座った。
携帯の液晶画面を見ると、まだ22時を少し過ぎたぐらいだった。
彼は座椅子の背もたれに脱いだ上着をかけると、私を睨む。
「酒くせえ」
「は? 待たせた本人が言う?」
「うわ、瓶半分以上飲んでる。お前、酒強かったっけ?」
開けた日本酒の瓶を持って、目を大きく見開く。
「アルコール度数も高いじゃん。自分の飲めるやつを頼めば良かったのによ」
「どこで注文するのか分からなかったの。というか、メール返信してよ」
「仕事中って言っただろうが」
煙草とライターをテーブルの上に置くと、灰皿を引き寄せた。
そして私の方を睨む。見つめるというより睨むって言う感じだ。
「……お見合いの時、眼鏡かけてたよね?」
「ああ、伊達な。その方が知的に見えるだろ」
「……ウソツキ」
自分を棚に上げて、零れ落ちた言葉。
お酒が回って変なテンションになった私の思考は、自分でもブレーキが分からなかった。
「どっちが嘘つきか。お前分かってんのか?」
低い声。不意に泣きたくなった。
目の前のこの人は、私に好意を持っているふりをしてくれていた神山進歩の本性だ。
私に合せていた一年前の神山進歩ではない。
本性を曝け出して私に敵意を向けている。
「ちゃんと謝りたいって思ったからこうして呼び出したの」
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