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無口で寡黙で真面目な彼はどこですか。
三
しおりを挟む思わずロッカーに隠れようとした私は、次の瞬間ドアが壊れるかと思うぐらい大きな音を立てて蹴られたので固まった。
「いるじゃねえか」
「進歩さ……ん?」
眼鏡をしていない。髪を整えていない。
無口で寡黙そうでもない。どちらかというと攻撃力が高そうな、別人だ。
髪を掻き上げながら、私を睨んでくるこの人は、本当に進歩さんだろうか。
一時でも婚約者だったはずの彼が、全く知らない他人みたいに見えた。
「その顔は俺に会いたくなかったって顔だ」
「そんなこともなくはない、けど」
「それとも嘘がばれるのが怖かったか、だ」
歩いてくる彼は、ロッカーロームの埃臭いソファに座った。
露骨に、舞う埃に嫌悪を抱いているのが分かる。
こんなひとだったっけ。
いっつも物静かで、知的なイメージだったのに。と言いますか、嘘って。
私の嘘って、もしかして、あの事?
「別れようと切り出した時のあの言葉、……嘘だったらしいな」
「誰に聞いたの?」
「誰って、お前のじいさんだ。海水浴の写真も見せてくれた」
あちゃ。おじいちゃんたちと旅行に行ったときの写真、ばれてしまったのか。
「ということは、別れたのも無効だ」
「嘘! それは無理。だって進歩さん、エッチの時も一緒に居る時も全然楽しそうじゃなかったし! 無理です!」
「はあ? お前がガッツいてない淡白な男がいい、硬派でしゃべりすぎない男がいいと言ったんだぞ」
「うそ!」
「お前、そんなふわっふわの脳みそだから、――あんな嘘をつくのか」
彼の目が私を、蔑む。いや、当然だ。
彼が罪悪感で別れてくれるかなって思った嘘だったのだから。
それがバレた今、彼に殴られても仕方がない。
「だって……別れたかったんです」
「都合がいいな。信じらんねえ」
大きく嘆息した彼だったが、泰城ちゃんが来た途端笑顔を貼りつけた。
「あのう、すごい音がしましたが、大丈夫ですか?」
「ああ。すまない。久しぶりに彼女と再会できたから盛り上がってしまって」
「そうだったんですね。先輩とお知り合いなんですね。でしたらこれからも安心ですね」
違う。さっき私は全力で逃げていたのを知ってるくせに。
「でも都築さんはこの後、私と会議があるのでお借りしてもいいでしょうか?」
「えっ」
「ああ。懐かしくて引き留めてしまった。どうぞ。また連絡する」
爽やかな笑顔で、嫌味なく帰っていくその姿に呆然とした。
その姿だけなら、昔のままなのに。
足でドアを蹴破ったり、乱暴な言葉を使う人ではなかった。
『お前がガッツいてない淡白な男がいい、硬派でしゃべりすぎない男がいいと言ったんだぞ』
彼は昔の姿は偽っていたと言いたいの。
それとも私に怒って私にだけ冷たくしてるの。
訳が分からない。
「さっきのクレームの人、自分の非を認めて帰っちゃったらしいです。副社長さんすごいですね」
「え、あ、そうなんだ。お礼を言ってなかったなあ」
「……いつもクールで本音が漏れる時は口調が悪くなる先輩が、そこまで真っ青になるって」
ずいっと一歩踏み込んできた泰城ちゃんが私の顔を穴が開くまで見つめる。
「……険悪なまま別れた元カレ、とかだったりして」
「うう。女の子ってこれだから怖い」
「やった。あたり! すっごーい! 玉の輿! イケメン!」
「別れてるんだってばっ」
騒ぐ泰城ちゃんに念を押しつつも、さっきまで彼がいたソファに座り込む。
香水の匂いが微かにするけど、昔はしなかった。
本当にさっきの彼はあの人なのだろうか。同姓同名の別人さんじゃないの。
それか行き別れた双子の弟とか。兄でもいいけど。
「センパーイ! 現実逃避から戻ってきてくださーい」
「戻ってこれない。私が明日、海に浮かんでいたら犯人はあいつだから」
「……どんな別れ方をしたんですか」
流石の泰城ちゃんも若干引き気味だったが、私の言った言葉を知ればもっと引くだろう。
「今日は飲みましょう。先輩のおごりで。場所はいつもの焼き鳥屋さんで予約しときますね」
「ちゃっかりしてる。いいよ、今日は奢る」
泰城ちゃんの機転でなんとか帰って頂けたもんね。
我慢するしかないのだ。
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