淫獣の育て方 〜皇帝陛下は人目を憚らない〜

一 千之助

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 逃げるオルフェウス

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「オルフェウスはどこだ?」

「庭におられましたよ? バラ園のあたりで、護衛らと一緒でした」

「ふうん……」

 アンドリューは侍従の言ったバラ園に向かう。

 今日は隣国との交渉のため、半日王宮を離れていたのだ。そのため、彼は無意識に最愛の婚約者を探していた。

 ……オルフェウスが足りない。無邪気な笑顔が見たい。あの匂いを嗅ぎたい。……今日の晩餐に赤い果実を足させよう。笑ってくれるかな?

 次々と浮かぶアレコレ。

 これが全部無意識なのだから重症だ。

 そんなこんなするうちにバラ園へ着いたアンドリューは、誰も見当たらないことに首を傾げる。
 そして遠目に見えた庭師を捕まえて、オルフェウスを見なかったか尋ねた。

「へえ、見ましたよ。騎士様と一緒に、あちらへ行かれたようです」

 庭師が指さしたのは騎士団演習場。騎士の寮と厩もある広い場所だ。

 ……なんだって、そんなとこに。

 そこまで考えて、アンドリューはあることに思い至る。

 ……男だらけの場所じゃねぇかあぁぁーーーっ!!

 相変わらず斜め上過ぎる皇帝陛下の思考回路。

 見事なロケットスタート決めて駆け出した皇帝を、庭師が唖然と見送っていた。



「オルフェウスーっ! どこだぁぁぁーーっ!!」

 瞠目する騎士達の視線を潜り抜けて、アンドリューは必死に婚約者を探すが、ようとして姿は見当たらない。
 
「何かありましたか?」

「陛下? どうなさいました?」

 あまりの剣幕な皇帝陛下に駆け寄り、事態を把握しようと試みる騎士達。
 心配気な騎士らに事情を説明しようとしたアンドリューだが、彼はその背後に目的の人物関係者を見つけた。

「おまえらっ! オルフェウスは、どこだっ!」

 執務室の護衛騎士である。彼らには常にオルフェウスを見張っておくよう指示していた。
 鬼のような形相で肉迫する皇帝陛下に深い嘆息をもらし、護衛騎士達は用意していた言い訳を口にする。

「バラ園で別れましたが? ……何でも一人になりたいと仰ったので」

「……泣いておられました。さすがに、側にいてはまずいと思い……」

「王宮内ですし、危険はないかと。何かございましたか?」

 いけしゃあしゃあと嘯く騎士達だが、それを聞いたアンドリューは、それどころでない。

 ……泣いて? え? なんで?

 アンドリューは限界まで眼を見開き、あのオルフェウスが泣いていた、一人でいたいと言っていたという部分しか耳に残らず、ふらふらとバラ園に足を向ける。

 ……どこにいる? 泣くな、頼むから。……なぜ? そんなに、俺が…… 俺が…… ………嫌いかぁぁーっ!!

 受けた衝撃のあまり胡乱げだった皇帝の眼窟に火が灯った。それは、瞬く間に業火となり、彼の逆鱗を撫でまくる。
 バラ園に着いたアンドリューは、庭師に命じて庭園中を隈なく探させた。執務室にも戻り、侍従を総動員して王宮の捜索に当たらせる。

 結果、オルフェウスの姿は王宮のどこにもなく、忽然と消えていることが判明した。



「……舐めやがって。やっぱり逃げ出すんじゃないかよ。……くそ、こんなことなら部屋に繋いでおくんだった。婚約者になったから昼は自由にさせてやったのに……… ああっ?! あの野郎ぉぉーーーっ!!」

 両手で頭を掻きむしり、アンドリューは怒りに我を忘れる。自分が、何に対して憤っているのかも分からない。

 ……逃げたオルフェウスにか? 逃がした自分にか? 最愛の願いをかなえて、鎖を解いた甘さにか? 

 ……逃げ出せないよう全裸に剝いて、首輪をしとくんだったっ!! あああっ!! 畜生ぅぅーっ!!

 そして、ふっとアンドリューの眼が惚ける。

 ……首輪? ……畜生?

 彼は思い立ったように椅子を蹴倒し、その下にある隠し扉を開けた。いつも執務する自分が座るここは、絶好の隠し場所なのだ。
 しかしアンドリューは、今日、半日出かけていた。

 ……まさか。

 椅子の下に敷いていたラグをめくった瞬間、彼の眼が凍りつく。そこにあった床と変わらない隠し扉のタイルが微かにズレていたのだ。

 ……開いてる? どうして?

 恐る恐る扉を開けて中を確認した彼は、その中身が出ていることに気づいた。
 まるで、出してそのまま突っ込んだような乱雑な中身。品の良い箱からはみ出している首輪。誰かが触ったのが丸わかりである。

「オルフェウスか……? だが、どうして?」

 何気に呟きながら、アンドリューは首輪を取り出した。
 それを見て狼狽えたのは、いつもの護衛騎士三人衆。

「へ……、陛下、それはっ?!」

「見て分からんか? 首輪だ」

 ……いや、分かりますっ、分かりますがーっ!!

「まさか、また狼を……っ?」

 ……オルフェウス様の恋敵。あああ、魔女の家で見かけた時に捕縛しとくんだったあぁぁーーっ!

 平静を装いつつ、頭の中は大混乱な護衛騎士達。
 しかし、アンドリューは、斜め上を通り越したウルトラCの答えを彼らに返した。

「何言ってるんだよ。これはオルフェウスのために造ったモノだ」

 さも当たり前のような口調のアンドリューに、護衛騎士のみならず、周りにいた侍従や側仕えらも開いた口が塞がらない。

 ……あんたこそ、何言ってるんだぁぁーっ!! 鎖で繋ぐだけに飽き足らず、あの儚げな婚約者様に首輪をっ?! どこまで外道なんだよぉぉーーーっ!! 
 言いたくないって口ごもっておられたのは、これかっ!! さすがに言えないですよね、オルフェウス様ぁぁーっ!! 犬畜生みたいに繋がれそうだなんてぇぇーーーっ!!

 逃がして差し上げて良かったと、心の底から思う護衛騎士。

「そういうのは、狼だけにしておいてください。もう、諦めました。好きなだけ狼と睦んでくださいませ。なんなら近場で捕まえてきます」

「はあ? 俺は変態じゃないぞ? 狼と睦め? ふざけんなっ!」

 ……どの口が言うか。

 じっとり三白眼で皇帝を見つめる周りの人々。

 彼等は散々見てきたのだ。アンドリューが狼に破廉恥極まる悪戯をしていたのを。

 ……が、そんな視線の集中砲火の中、皇帝の小さな呟きが聞こえた。

「……俺はオルフェウス一筋だ。あいつ以外、抱いたことはない」

 ……は?

「あ……の……? え? 前に…… その、狼と番っておられましたよね?」

 そう。未だに忘れられない衝撃の瞬間。

 悲痛な絶叫をあげる狼を貫いて、獰猛に嗤っていた皇帝陛下。

 騎士の疑問を耳にして、ああ、とばかりにアンドリューは仏頂面をした。
 あの頃はオルフェウスが呪われていることを隠すため、周りに説明もしていない。それを理由に婚約を妨害されかねなかったから。
 もう婚約もしたし話しても良いかと、アンドリューは吐き捨てるように呟いた。

「あれはオルフェウスだよ」

「え……?」

「侯爵が息子を俺に奪われまいと、呪いをかけさせて狼にしてたんだ。まあ、意味はないがな。俺は狼になろうと、オルフェウスを愛せるし、抱けるし」

 ………………………ってことは。

 護衛騎士三人衆の脳裏に、魔女の家からでてきた白銀で紅い眼の狼が過る。

「「「「「「ええええええぇぇぇーーーっ!!」」」」」」

 衝撃の事実が判明して上がった雄叫び。それが王宮を揺らしていた頃。

 オルフェウスは、一人、南へと向かっていた。

 ……南の隣国境には深い森があるという。奥に踏み入ったら出られない迷いの森が。そこを終の棲家にしよう。

 ほたほたと心ぶれた姿の狼。彼は一路、南を目指す。



「探せーっ! 草の根を分けてでも探し出せーっ!!」

 激昂して指示を放つアンドリューに、どうしようかと視線を見交わす護衛騎士達。
 話すべきか否か。何がどうしてこうなってしまったのか、彼らには皆目見当がつかない。

『狼でも……… 愛せる……か』
  
 溜息混じりなオルフェウスの独り言。

 アンドリューが言う通りなら、あの呟きの意味も変わってくる。何より、オルフェウスは陛下が好きだと言っていた。陛下だって、獣姿でも抱けるほどオルフェウスを愛している。
 オルフェウスは、どれだけ無体を働かれても陛下の側にいた。逃げないと散々口にしていたのに、陛下は信じなかった。

 ちげはぐに感じる二人の関係。

 死物狂いで探そうとしているアンドリューを見て、護衛騎士らには数多の疑問が浮かぶ。

 これだけお互い、好きだと全身で叫んでいるのに、なぜ伝わっていないのか。

 ……どこかが、可怪しい。

 複雑な顔の護衛らだが、なんのことはない。二人は、ただの拗らせである。恋は盲目とはよく言ったもので、どちらも後ろめたい気持ちが先に立ち、相手を素直に見られないのだ。

 人間は感情の生き物なのに。言い方一つで、その受け入れ方も変わるのに。
 
 最愛を逃さないため鎖で繋いでいたアンドリュー。
 これを素直に、逃げられるのが怖いのだと。失いたくないから繋いでいるのだと言えば、オルフェウスは喜んで繋がれただろう。

 愛する者に信じてもらえないと、一人落ち込んでいたオルフェウス。
 これも素直に、アンドリューが好きだから繋がれたくない。疑われたくない。信じてほしい。僕は貴方を愛している。……と甘えれば、アンドリューは狂喜乱舞して即鎖を外しただろう。

 散々嫌がり逃げようとしてたオルフェウスと、散々いたぶり意に沿わぬ無体を働いていたアンドリューは、それぞれ後ろめたい自覚があったがために拗らせまくってしまったのだ。
 
 妄想、誤解が絡み合って、ぐちゃぐちゃになった両片想い。

 最愛が、どんどん離れていっているとも知らず、アンドリューは騎士団を引き連れ、侯爵家に突進していった。
 
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