幸せな王弟殿下 〜疎まれた王妃を貰ったら家族が出来ました〜

一 千之助

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 幸せな王弟殿下 其の弐

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「よう、スチュアート」

「兄上。執務は終わりましたか?」

 スチュアートがヒルデガルトと結婚し、子供まで出来たことで焦りが生じたのか、リカルドは打って変わって働くようになった。おかげでスチュアートも最近よく顔を合わせる。
 良いことのはずなのに、なぜか釈然としない。リカルドが首を突っ込むと、微妙に仕事の回りが滞るからだ。要らぬ口出しや提案。自分の執務だけしていてくれたら良いのに、アドルフや宰相の仕事にまで口出ししようとするので、質が悪い。
 そして二言目には国王だからと言う。決裁は自分の権利だから回せと。

 ……これまで何にもしなかったくせに。譲ってやるとか強がりを言っていたが、結局、玉座が惜しかったんだな。

 スチュアートの想像は少しズレていた。リカルドの思惑は正確には違う。
 彼は最愛を女性の最高位につかせてやりたいだけで、玉座には微塵も執着していなかった。妄執にも近い愛情。今のスチュアートなら、それを理解出来るだろう。
 フローレスを尊重させるために、国王という身分を振りかざしているのに過ぎなかった。

 そんな男心を理解せず、高飛車な兄を一瞥し、スチュアートは仕事を続ける。

 何にしてもリカルドが働く気になってくれて幸いだ。おかげでスチュアートの仕事も減ったし、国の立て直しも順調にいっていた。
 国王を補佐しようと、フローレスも精力的に動くようになった。王妃に戻れたせいか社交も積極的らしい。
 まあ、その半分はヒルデガルトの愚痴だと聞くから内容もお察しだが。

 溜息しか出ない弟をニヤニヤと眺めつつ、リカルドはアドルフに話を振った。

「新年パーティーは盛大にやりたいな。敗戦処理も終わったし、臣民に安心してもらえるよう振る舞おう」

 ……兄上にしては建設的なことを。悪くない。

 失礼極まりないスチュアートの思考。だが、これまでの醜態を思えば、彼の国王に対する評価が辛くなるのは仕方なし。
 それはアドルフも同様だったらしく、一段落したら検討してみようと三人は話し合った。そこに宰相も加わり、新年パーティーは現実味を帯びていく。
 
「去年の新年は凶作と戦真っ盛りで何もやれませんでしたから。きっと民も喜びましょう」

「酒と肴…… いや、男衆だけ楽しめてもな。果実水や菓子も混ぜようか」

「良いですね。国庫と相談して参ります」

 にっとシニカルな笑みをはき、シビアな金銭問題を宰相が請け負ってくれた。

「せっかくですし、他国を招待しても良いかもしれませんね。お任せてして宜しいですか? 王弟殿下」

「了解です」

「……なぜ、スチュアートに?」

 アドルフが水を向けた先がスチュアートなことに眉を寄せ、リカルドが不機嫌そうに呟く。

「外交の殆どを王弟殿下が担っておられるからですが? ご存知ありませんでしたか?」

 知らないなら口を出すなと言わんばかりなアドルフ。実際に知らないため、リカルドは押し黙った。
 その不貞腐れた姿に、やや溜飲を下げ、スチュアートはアドルフと招待国の相談する。この国の外交は始まったばかりだ。招ける国も知れていた。
 そんなこんなで、新年パーティーの仕様もあらかた決まり、其々が自分の仕事に戻ってゆく。……が、その弟の肩をリカルドが掴んだ。

「……果実水や菓子な。やはり子供が出来ると着眼点も変わるもんか?」

「……かもしれませんね」

 いやに突っかかる感じの兄から手を振り払い、スチュアートは静かに相手を見つめる。
 その凪いだ瞳が苛ついたらしく、リカルドが捨て台詞のように呟いた。

「新年には子供も産まれているだろう。真っ黒な髪と眼の子供だと良いな? お披露目させてやるよ?」

「なにを……」

 当たり前なことを……と続けるはずだった彼の言葉は、そこで突然途切れる。リカルドの台詞の不穏な含みに気づいたからだ。
『真っ黒な髪と眼の子供だと良いな?』は、裏を返せば、それ以外の色が産まれてくる可能性もあるのだと暗に言っているようなもの。
 スチュアートの心臓が大きく振動する。まるで溶岩が逆流するかのように体内を激しく脈打たせ始めた。

 ……まさか? ……そんな。

 だが、過去の妻たちに子供が出来なかった事実。これは何をしても覆せない。それこそがスチュアートを戒める精神的な鎖だった。
 そんな弟の心の動揺をリカルドは見逃さず、さらに毒を注ぐ。

「……直系にしか黒髪黒眼は出ないしなあ? 傍系にも、たま~に出るが子供には継がれない。……お前の子供は何色かな?」

 舐めるように陰湿な声音。それが尚更スチュアートの鼓動を煽った。目の前が真っ暗になりかかり、思わず彼が俯きかけた、その時。

 ……スチュアートの脳裏に涼やかな声が聞こえる。

『……疑わないでね? わたくし、他に男などおりませんから』

「あ……」

 一瞬、惚けたかのように宙を凝視し、スチュアートの眼がみるみる正気を取り戻していく。そしてギンっとリカルドを睨みつけると、大きく肩を動かして下から兄の顎をかち上げた。

「おごっ?! おおぉ……っ?」

 ごんっと小気味良い音をたてて仰け反り、よろめく国王陛下。

「お戯れを。我が妻を侮辱なさるなら、たとえ兄上でも、ただでは済ませませんよ?」

 ……こんな気持ちも初めてだ。自分でも驚くほどの怒りが湧いてくるな。

 その怒りに反比例して凍える極寒の眼差し。スチュアートの逆鱗に触れたのだと察したリカルドは、慌てて扉から逃げ出していく。
 爛々と輝く弟の眼が恐ろしかった。
 戦場とは違う日常で、あんな苛烈な眼光をリカルドは浴びたことがない。

 ……なんだ、あの眼はっ! 今まで、あんな眼をしたスチュアートなんて見たことないぞ? まるで……私を縊り殺さんばかりな……っ

 初めて見た弟の激。最愛を持つリカルドなら、その理由が分かりそうなものだが、生まれついて王と決められていた彼は、そういった他人の感情に疎い。
 誰もが平伏し、傅かれるのを当たり前に育ったリカルドは、身内や臣下に真っ向から向けられる殺気を知らなかったのだ。

 そしてリカルドに注がれた毒を持て余し、スチュアートもまた最愛に縋る。



「ヒルデ……」

「あら、お帰りなさい。早かったのね」

 音もなく玄関を開けて、スチュアートは倒れ込むように居間で寛ぐヒルデガルトにしがみついた。
 温かな膝に頭を預け、彼はまろみを帯びた妻のお腹に頬を擦り寄せる。今では時々動く我が子と語り合うように。

「ここに…… 私の子がいるのだよな?」

「……何かございましたか?」

「答えて……?」

「わたくし達の子供ですわ」

 ……私の子とは言ってくれないのか?

 妙に別の意味を感じさせる言い回し。だがスチュアートにはそれで十分だった。

「そう…… そうだよな。私達の子だ」

 リカルドに注がれた毒を吹っ切り、スチュアートはこれまで以上に働いた。
 愛する妻のため。生まれ来る子供のため。玉座に居座るケダモノに我が物顔をさせぬよう、彼は血道をあげて人脈を築き、外交にも精力的に挑む。

 その陰で、チラホラ動き回る、ちょろ助がいたとも知らず。


 
「……ということで、主人を宜しくお願いします。……っと」

「……これは海の向こうの外つ国ですね。どれだけ文をしたためるのですか?」

 ヒルデガルトに預けられた手紙の宛先を確認しつつ、眼を丸くする騎士達。その数、ゆうに数十通。

「旦那様も頑張っているし。少しはお手伝いしないと」

 にっかりと悪戯げに笑う奥様。

 彼女はこれまで付き合いのあった国々に、スチュアートのことを頼む親書を書いていた。ヒルデガルトの故郷とも親しい国ばかりだ。きっと悪いようにはするまい。
 家族のために頑張る大黒柱。それを妻が応援するのは当然だろう。

 ……こういうのを内助の功とかいうのかな? お父様達も彼に会いたがっているし、新年パーティーにお招きしましょう。

 大きなお腹を抱えて、えっちらおっちら暗躍する王女様。もちろん畑仕事も抜かりない。



「いやっ、なんで草むしりしてんですかっ! お腹、圧迫したら駄目だろううぅぅーっ!」

「カエル運動は股間に良いのよ? ただ、お腹が邪魔で手元が見えないのが難だけど」

「そういう問題じゃなぁぁーいっ!」

 たまたま昼休憩に戻ってきたスチュアートは、平然と畑仕事に精をだすヒルデガルトを見て絶叫する。
 今の季節は秋を回って冬半ば。植えたばかりな果樹が並ぶ畑にしゃがみ込み、彼女は寒くてもしぶとく生える雑草を引き抜いていた。

 ……奥様に見つかる前に我々が引き抜いておくんだった。……気づくと生えてるんだよな、雑草どもはっ!

 オロオロ狼狽える騎士やメイドを押しのけ、妻の下に駆けつける旦那様。王弟殿下の見事な疾走を見送りつつ、苦笑いを浮かべる人々は、そのすぐ後に産気づいたヒルデガルトを見て、一瞬で顔色を変えた。



「侍医を呼べぇぇーーーーっ!!」

「いや、まだ始まったばっか……っ、ててっ、う~~っ」

「痛いっ? 産まれそうっ? あああ、どうしたらっ?!」

 うわああぁぁっと雄叫びをあげて別邸に駆け込んできたスチュアートは、手際良く寝室の用意をしていたメイドや侍女にヒルデガルトを奪われる。

「落ち着いてくださいませ。お産は長丁場でございます。すぐには産まれません。これから何時間もかかりますから、お仕事にお戻りを」

「子供が産まれそうなのに仕事っ?!」

「左様です。産まれたらお知らせしますので」

「冗談じゃないっ! 我が子の誕生だぞっ? 立ち会わせろっ!」

 悲壮と獰猛を掛け合わせた器用な顔で叫ぶスチュアートを困惑げに見上げ、侍女はどうしたものかと頭を抱える。  

 ……お産に男性は不要なんですけどねぇ。取り替え防止にメイドや侍医も同席しますし。何より、奥様の心労が…… はあ。
 
 だが、虚仮の一念か悪魔の慈悲か。超安産だったヒルデガルトは、陣痛が始まって三時間ほどで破水し、見事に子供を産み落とした。

 丸々とした男女の双子を。



「御覧になって? 新しい家族ですわよ?」

「……あ。……ああ」

 スチュアートは、兄に注がれた毒が思考の波間に浮かぶ。
 
 ……大丈夫だ。大丈夫……ヒルデは私を裏切らない。

 覚悟を決めた彼が寝室に入ると、頼りない泣き声が聞こえた。まるで猫みたいに力なく可愛い声が。

 そして彼は眼を見張る。

 メイドに抱かれた小さな赤子。その二人は、真っ黒な髪をしていたのだ。

「眼は…… まだ開かないか」

「すぐですわ。……でも、旦那様似過ぎますわね。わたくしの遺伝子は、どこに……?」

 ……遺伝……し? 遺伝…… ああ、我が王家の子。私の子だ。神様、心からの感謝をっ!!

 スチュアートが跪いて天に祈りを捧げていた頃。

 双子の出産報告を受けた王宮は、大いに沸いていた。



「黒髪の王子と王女だそうだっ! これで王家も安泰だなっ!!」

「なんてこった…… では、王弟殿下が種無しというのは…… 誤認? たまたま相性が悪かっただけ?」

「いや、逆では? 今の奥方とべらぼうに相性が良かったのかもしれん。元々、王族は懐妊しづらい傾向があったのだし」

「……ああ、国王夫妻も御子に恵まれておらぬしな」

「前国王は一人っ子で、今もリカルド様とスチュアート様の御二人しかおられない。前国王は側妃や妾も召してらしたのに」

「なるほど…… よほど相性が良くないと御子を授かれぬやもしれんな」

 あれこれ口さがなく囀る貴族達。

 それを耳にしたリカルドは、持っている盃を壁に叩きつけた。

「有り得んっ! 何でだあぁぁーっ!!」

 何でも何も、少し考えたら分かりそうなものだがと、扉の陰でアドルフが嫌な笑みを湛える。   

 こうして祝福ムード一色のなか冬は深まり、新年パーティーが始まった。
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