聖女狂詩曲 〜獣は野に還る〜

一 千之助

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 外を知る王女 2

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「よう来たな。……ふむ、見違えたぞ?」

「畏れ入ります、国王陛下」

 王族として満点な挨拶を交わすデザアトを見て、兄達は驚嘆した。
 出で立ちも雰囲気も申し分ない。ここに居並ぶ淑女達と比べても遜色なく、むしろ、冷淡な面持ちが一種独特の高貴さすら感じさせる。
 バルバロッサ達の献身的な介護により、健康体になったデザアトは、母親譲りの美貌が際立つ美しい少女になっていた。
 デコルテの深い藍色が、ウエストから裾にいくにつれ薄くグラデーションされて、また藍に戻る見事な染め。全体的に紫を意識した装いは見事の一言である。
 差し色の白と相まり、ストマッカーを縁取る繊細なレース。宝飾品も銀とアメジストが使われ、その高貴な雰囲気をしっとりと彩っていた。

 ……妹。なのだな…… これを地下に放置していたとは。……返す返すも我々は愚かなことを。

 ……母上にそっくりではないか。……これからは大切にしよう。今までの分もあわせて、きっと幸せにしてみせる。

 敬愛する前聖女である母親に生き写しの容貌。それに罪悪感を掻きむしられて、兄二人は懊悩した。
 唯一、肖像画でしか母親を知らないエーデルのみが、うっとり素直に妹を見つめている。

 ……綺麗。そうだ、僕の妹なんだ。……今からでも遅くはないよね? もっと色々なことを一緒にして、兄妹らしく近しくなりたいな。

 こうして、勝手な妄想を抱く兄達による御茶会が始まった。

 しかし、王子ら三人を目当てにやってきた御令嬢と、新たな聖女とお近づきになりたい貴族らで、見事にテーブルの偏りが分かたれる。
 思わぬ展開に、妹と少しでも親しくなりたかった兄らはやや混乱しつつも、にこやかに来客をもてなした。
 そして、ちらちらとデザアトの様子を窺う彼等の視界の中で、妹は後ろにバルバロッサとスチュワードを従えつつ悠々自適に御茶を楽しんでいる。

「バルバロッサ。苺のケーキが良い」

「かしこまりました。クリームをお付けしますね」

 手際よくテーブルのケーキスタンドから苺のケーキを取り、付属の器のクリームを足すバルバロッサ。
 テーブルごとに専属のメイドがいるにもかかわらず、王女殿下は名指しでバルバロッサに給仕を指示していた。
 名指しされては勝手に動くことも出来ないメイドらは、、じりじりとした焦燥を募らせる。
 
「ん…… 美味だ。良い日よりだし、悪くはないな」

 当たり前のように空のティーカップをバルバロッサに差し出すデザアト。それを受け取り、これまた当たり前のように新たなお茶を注ぐ家庭教師。

「左様でございますね。こういうのも良い経験です」

「お前は、そればかりだな。経験、経験と」

 くすくす笑う妹の可愛らしさに、兄貴ーズの視線が固定される。

 ……なにあれ。めちゃくちゃ可愛いんですが? え? あれが、あの狂犬みたいだったデザアトなのか?

 朗らかに笑う王女殿下を見て勇気を奮い起こしたのか、貴族らが果敢にも彼女のテーブルに挨拶に来た。

「お初にお目もじいたします。私、アガパンサス領を治めるアガパンサス伯爵が嫡男、リーガルと申します。王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

「ああ、長い口上はよい。何用か?」

 軽く手を振り、デザアトが魅惑的な弧を眼に描く。その挑発的な眼差しに息を呑み、リーガルと名乗った男性は人好きする笑みで答えた。

「席を共にしても宜しいでしょうか? 少しお話をさせてくださいませ」

「かまわぬぞ? 席は余っておるわ」

 視線だけで正面を示し、微笑むデザアトの蠱惑的な薄い唇。その紅さに眼を射られながら、軽く呆けつつリーガルは言われるがまま正面の席に座った。
 それを見た他の貴族等も慌てて立ち上がり、次々とデザアトの周りに集まってくる。そして彼女の大きなテーブルは九人の男性らで埋まった。その近辺のテーブルもだ。
 少しでも聖女様とお近づきになりたいのは、誰もが同じだった。

 それを見て狼狽えたのは兄貴ーズ。

 まだ世間知らずであろう妹にむらがる男どもを鋭く一瞥し、何とか席を立とうとするが、それを良しとしない淑女達に阻まれる。

「いやっ! 今日は妹のお披露目なのだよ。少しあちらへ……」

「侍従も護衛もおられるではないですか。あまり干渉しては煙たがられましてよ?」

「そうですわ。ほら、ちゃんと側の者がお世話しておりますし。殿下? わたくし達も楽しみにしておりましたのよ? 聖女様となら、夜にでもお話なされば宜しいでしょう? 今は、わたくし達とお茶をいたしましょうよ」

 にっこり幸せそうな御令嬢達。

 ……その夜が我々にはないのだっ! アレは、離宮に引き籠もっていて、今日が数カ月ぶりの面会なのだよっ!!
 
 ……とも言えず、曖昧な笑顔で誤魔化す兄達。まさか、聖女たる妹と疎遠で仲が宜しくないとは口が裂けても言えない。
 そんなこんなで席を立つことも出来ないで悶々とする兄達ーズの視界に映るデザアトは、さも楽しそうには御茶をしていた。
 やっと仕事が出来ると、メイドも嬉しそうに男性達へ御茶を注ぐ。そんなメイドが飛び回る中、色々な話題にデザアトは興味を示した。

「そうか、貴殿は狩りを嗜むか。私はしたことがないな」

「聖女様であらせられます。そのような殺生ごとにかかずらわることはございません」

「だが、私が口にする食事も元を辿ればそういった殺生ごとだろう? 違うのか?」

「「「「「…………………」」」」」

 微妙に論点を外れるデザアトとの会話に、男性陣は言葉を詰まらせる。
 それを逸らすため、彼らは別な話題を振った。

「……あーっと。……聖女様が顕現してくださり、ありがたい限りですな。これで国に落ちていた翳りが薄れましょう」

「そうそう、我が領地も実りが悪く、困窮しておりました。聖女様の巡礼が始まるのを心よりお待ち申し上げております」

 聖女の祝福を与える巡礼。各地を訪い、何ヶ月もかけて回るそれは、聖女たる者の公務でもある。
 口々にまろびる切なる願い。聖女の幸せが祝福に変わるのだと知る貴族達は、少しでもデザアトの心象を良くしようと必死だった。

「……祝福な。……アガパンサス伯爵令息。貴殿には妹御がおるな?」

 ぎくっとリーガルの肩が揺れる。

「……あ…… その…… 大変、申し訳ないことをいたしまして…… お許しくださいっ!!」

 がばっと頭を下げた令息を冷ややかに見つめ、デザアトはゆるゆると口角を上げた。
 如何にも愉しくて堪らないといった、彼女の蕩けた満面の笑みに、知らず他の貴族男性達も魅入られる。
 アガパンサス伯爵令嬢。それは、デザアトに虐待を働いた侍女の一人だ。この場に本人はいないものの、侍女らの家の誰かしらが、ここに参加していた。
 当事者以外に罪はないと、王子達は侍女の罪を軽んじ、家の者等を招待してしまったらしい。
 事は聖女の祝福にかかわる重大事。これに優劣をつけてはならないという為政者の思考だろう。ある意味、平等で正しい姿勢。

 ただ、その被害者が聖女その人で、自分達の妹であったという事実がなければだ。

 被害者の前に加害者家族がいる不条理。

 妹を害した者の家族を招待する厚顔無恥。

 これがひいてはデザアトを軽んじたのだということに後で気がつき、さらなる自戒の深みにはまる兄達だが、そんなことは今のデザアトの知ったことではない。

 ゆったり優美に微笑み、彼女は吐き捨てるように呟いた。

「……涸れてしまえ」

 底冷えする彼女の声音に凍りつき、限界まで眼を見開いて微動だにせぬ男性陣。

 そして、デザアトに負けじ劣らぬ黒い笑みを浮かべる家庭教師と護衛騎士。

 聖女となった王女殿下の呪い無双は、これからである。
 
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