聖女狂詩曲 〜獣は野に還る〜

一 千之助

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 幽閉された王女 4

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「気持ち悪い。おちゃかいってなに? おちゃをのんで、しんぼくを深めるかい? しんぼくってなに? 怪しさ満点だし、行きたくないわ」

 侍女らの言動や行動で偏った知識しか得られなかったデザアトの中身は荒くれ者そのものだ。侍女も一端の貴族だったため、それを真似た言葉や所作は悪くないが、如何せん悪意や敵意に満ち満ちたモノしか彼女は知らない。
 当然、意に沿わぬ何かには苛烈に反応する。
 
「……ですが、貴女様のご家族であられます。悪いことをしたと非常に後悔なさって、少しでも良いからお話ししたいと……。御一考いただけませんか?」

 ……無理やり引きずり出すのは簡単だ。しかし、それをしたが最後、王女殿下は王宮に良い感情を持たなくなるだろう。今だって、彼女の中で王宮はマイナスを振り切るイメージしかないはずだ。事は慎重に運ばねば。

 そう考えたスチュワードだが、デザアトから返ってきた反応は、彼の予想を斜め上半捻りするモノだった。

「かぞく? なに、それ。ごいっこう? アタシに分かるように説明してよ」

 きょとんと首を傾げる少女を見て、スチュワードは驚愕に顔を強張らせる。





「……知らない? 言葉や物事を?」

「……左様です。王女殿下は世の常識や摂理を全くご存知であられませんでした」

 彼女の言葉が流暢だったがため、スチュワードすら想定外な事実。
 デザアトは生かされていたに過ぎず、何も学ばされていない。思えば食事にカトラリーはなく器から直接スープをすすり、パンに齧りついていた。 
 冷遇の一つかと思っていたが、ひょっとしたら彼女はカトラリーの存在すら知らないのかもしれない。

「母上様のことは聖女様。それを殺したのは自分。だから自分は罪人。地下室に閉じ込められ一生陽の目を見ない穢れた存在。そのように刷り込まれ、聖女様が母親とも御存知ありませんでした。家族という概念どころが言葉も知らず、私の話す言葉に説明を求められまして………」

 ……罪人だの穢れだのの概念は、しっかり教え込まれていたようだがな。……あの阿婆擦れ侍女どもらに。

 スチュワードは、苦々しい顔で奥歯を噛みしめる。
 人間が成長する過程で自ずと身につく常識や概念。実体験と共に自然と培われるべき情緒は、言葉で説明しづらい。



『家族とは、血を分けた血族を指します。兄上様方は、貴女様より先に生まれた御兄妹です』

『血を分けた? どうやって? 意味が分からない。うまれるってなに? 血を分けた者以外は、かぞくでないの? あにうえさまって、ここにアタシを閉じ込めた奴らのこと? かぞくとは、そういうことをする奴らを指すの?』

『……あ、いや。なんと申しましょうか。……色々、複雑な問題が絡みまして』

『ふくざつって、なに? 説明して?』

 万事が万事この調子。



「……言葉は通じますが、意思の疎通がかないません。十五年間放置されて、一切の学びを得られなかった王女殿下には、まず家庭教師をつけるべきです。……今の彼女の中には、人を嘲り貶める言葉しか存在しておりません。それしか聞かされてこなかったのでしょう」

 平気で口汚い言葉を吐くデザアトがスチュワードの脳裏を過った。

『アタシから見たら、そのあにうえさまとやらはクソったれだわ。あの侍女達の主なんでしょ? その命令で、あいつらはアタシを殴る蹴るしてたし、毒とか使ってたし、碌でもない奴なんだよね?』

『…………そんなことは』

 ……庇おうにも庇えない。

 ……お前が聖女様を殺した、殴られて当然なのよっ! 痛い? 聖女様を失った国王陛下や王子様方の痛みはこんなものじゃない。もっと蹴ってあげるわっ! 立ちなさいっ!! お前は罪人なのよっ、この碌でなしがっ!!

 そんな罵詈雑言や暴力で代る代る幼いデザアトに呪いを刷り込んでいった侍女達。そこから言葉を学んだ少女の口調は荒く、基本、無表情か激怒のみ。それしか彼女は学べなかったのだ。
 人間らしさがあるように見えて、実は大事なものが完全に欠落した王女殿下。
 長くに亘り培われてきた基本的概念を覆すのは容易でない。歪んだ彼女を正すため、スチュワードは早急に家庭教師を派遣するよう王子達に進言する。



「……地下室にか?」

「口が硬く信用のおける者を選ばないと……」

 この十数年、国王が気鬱で床に臥してしまったため祝福が薄れ、ドール王国は内外に荒んでいた。実りも悪く、慢性的な飢餓に人々は喘ぎ、奔走する王子達を嘲笑うかのよう流行り病までが多発する。
 そんな状況だ。民らの心も王家から離れつつあり、ここで、新たな聖女を冷遇していたなどと噂がたとうものなら暴動が起きかねない。

 自業自得の見本市。

 それでも、なんとか国を保たねばならない王子達は、デザアトのために家庭教師をみつくろった。

 それがこの国に、トドメを刺す楔になるとも知らずに。
 
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