聖女狂詩曲 〜獣は野に還る〜

一 千之助

文字の大きさ
上 下
4 / 16

 幽閉された王女 4

しおりを挟む

「気持ち悪い。おちゃかいってなに? おちゃをのんで、しんぼくを深めるかい? しんぼくってなに? 怪しさ満点だし、行きたくないわ」

 侍女らの言動や行動で偏った知識しか得られなかったデザアトの中身は荒くれ者そのものだ。侍女も一端の貴族だったため、それを真似た言葉や所作は悪くないが、如何せん悪意や敵意に満ち満ちたモノしか彼女は知らない。
 当然、意に沿わぬ何かには苛烈に反応する。
 
「……ですが、貴女様のご家族であられます。悪いことをしたと非常に後悔なさって、少しでも良いからお話ししたいと……。御一考いただけませんか?」

 ……無理やり引きずり出すのは簡単だ。しかし、それをしたが最後、王女殿下は王宮に良い感情を持たなくなるだろう。今だって、彼女の中で王宮はマイナスを振り切るイメージしかないはずだ。事は慎重に運ばねば。

 そう考えたスチュワードだが、デザアトから返ってきた反応は、彼の予想を斜め上半捻りするモノだった。

「かぞく? なに、それ。ごいっこう? アタシに分かるように説明してよ」

 きょとんと首を傾げる少女を見て、スチュワードは驚愕に顔を強張らせる。





「……知らない? 言葉や物事を?」

「……左様です。王女殿下は世の常識や摂理を全くご存知であられませんでした」

 彼女の言葉が流暢だったがため、スチュワードすら想定外な事実。
 デザアトは生かされていたに過ぎず、何も学ばされていない。思えば食事にカトラリーはなく器から直接スープをすすり、パンに齧りついていた。 
 冷遇の一つかと思っていたが、ひょっとしたら彼女はカトラリーの存在すら知らないのかもしれない。

「母上様のことは聖女様。それを殺したのは自分。だから自分は罪人。地下室に閉じ込められ一生陽の目を見ない穢れた存在。そのように刷り込まれ、聖女様が母親とも御存知ありませんでした。家族という概念どころが言葉も知らず、私の話す言葉に説明を求められまして………」

 ……罪人だの穢れだのの概念は、しっかり教え込まれていたようだがな。……あの阿婆擦れ侍女どもらに。

 スチュワードは、苦々しい顔で奥歯を噛みしめる。
 人間が成長する過程で自ずと身につく常識や概念。実体験と共に自然と培われるべき情緒は、言葉で説明しづらい。



『家族とは、血を分けた血族を指します。兄上様方は、貴女様より先に生まれた御兄妹です』

『血を分けた? どうやって? 意味が分からない。うまれるってなに? 血を分けた者以外は、かぞくでないの? あにうえさまって、ここにアタシを閉じ込めた奴らのこと? かぞくとは、そういうことをする奴らを指すの?』

『……あ、いや。なんと申しましょうか。……色々、複雑な問題が絡みまして』

『ふくざつって、なに? 説明して?』

 万事が万事この調子。



「……言葉は通じますが、意思の疎通がかないません。十五年間放置されて、一切の学びを得られなかった王女殿下には、まず家庭教師をつけるべきです。……今の彼女の中には、人を嘲り貶める言葉しか存在しておりません。それしか聞かされてこなかったのでしょう」

 平気で口汚い言葉を吐くデザアトがスチュワードの脳裏を過った。

『アタシから見たら、そのあにうえさまとやらはクソったれだわ。あの侍女達の主なんでしょ? その命令で、あいつらはアタシを殴る蹴るしてたし、毒とか使ってたし、碌でもない奴なんだよね?』

『…………そんなことは』

 ……庇おうにも庇えない。

 ……お前が聖女様を殺した、殴られて当然なのよっ! 痛い? 聖女様を失った国王陛下や王子様方の痛みはこんなものじゃない。もっと蹴ってあげるわっ! 立ちなさいっ!! お前は罪人なのよっ、この碌でなしがっ!!

 そんな罵詈雑言や暴力で代る代る幼いデザアトに呪いを刷り込んでいった侍女達。そこから言葉を学んだ少女の口調は荒く、基本、無表情か激怒のみ。それしか彼女は学べなかったのだ。
 人間らしさがあるように見えて、実は大事なものが完全に欠落した王女殿下。
 長くに亘り培われてきた基本的概念を覆すのは容易でない。歪んだ彼女を正すため、スチュワードは早急に家庭教師を派遣するよう王子達に進言する。



「……地下室にか?」

「口が硬く信用のおける者を選ばないと……」

 この十数年、国王が気鬱で床に臥してしまったため祝福が薄れ、ドール王国は内外に荒んでいた。実りも悪く、慢性的な飢餓に人々は喘ぎ、奔走する王子達を嘲笑うかのよう流行り病までが多発する。
 そんな状況だ。民らの心も王家から離れつつあり、ここで、新たな聖女を冷遇していたなどと噂がたとうものなら暴動が起きかねない。

 自業自得の見本市。

 それでも、なんとか国を保たねばならない王子達は、デザアトのために家庭教師をみつくろった。

 それがこの国に、トドメを刺す楔になるとも知らずに。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。

まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」 ええよく言われますわ…。 でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。 この国では、13歳になると学校へ入学する。 そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。 ☆この国での世界観です。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

処理中です...