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幽閉された王女 2
しおりを挟む「大変ですっ! 聖女様が……っ! 聖痕を持つ乙女が……っ!」
「なんだとっ?! 見つかったのかっ!!」
駆け込んできた侍女は、こくこくと頷く。
それに破顔し、肩を抱き合う王子達。
これは福音だった。
聖女と伴侶は一心同体。どちらかが欠けても、どちらかが生きていれば祝福が成る。そのため、聖女の生まれる周期は五十年前後とされ、父王が生きている間、新たな聖女は生まれなかった。
だが聖女の祝福は、聖女が幸せでないと成り立たない繊細なモノ。妻を失くした父王は今生の幸せをも失い、国王が寝込んでからこちら、王国の祝福は弱まってしまった。
ドールの世界で聖女は絶対だ。女神の慈悲。賜り物。ゆえに甚く敬われる。
生態系が狂いつつあったこの世界は、男子の生まれる比率が悪い。数十人に一人という出生率の低さだ。さらに魔物の襲撃も頻繁に起きるし、人間の国は多くの犠牲を払って魔物に対峙していた。
そんな荒んだ世界に生まれ落ちた希望。それが聖女である。
聖女は居るだけで魔物を阻む結界を張り、大地を豊かにしてくれた。聖女の産む子供は男女の比率が正しく、王家の血筋を守ってくれる。
良いことずくめな聖女様。五十年周期というのも曖昧だが、人間の寿命を考えたら妥当な時間だった。
聖女は大抵十代で覚醒し、寿命が尽きるまで大切にされる。どこの国でも同じだった。
……が、過去に何度か略奪の憂き目にあった聖女もいる。
聖女を奪われた国は荒廃し、拐われた聖女も殺された。
前述したように、聖女は聖女自身が幸せでないと祝福が成らない。無理やり強奪したところで、怯え竦む被害者では祝福もままならず、聖女としての役目が果たせない。
結果、役立たずな聖女は殺され、聖女を失った国も荒れ果てた。そこから新たな聖女が生まれるまで何十年もかかり、そのような結果から聖女の覚醒する周期は五十年前後なのだろうとの推測がたてられる。
ただし、これには例外もあった。
聖女が婚姻済みで子を成していた場合。幸せに暮らしていたうえで、避けようもない不慮の死に見舞われた時のみ。聖女の伴侶にも祝福の力が宿る。そして、その死をもって新たな聖女が覚醒するのだ。
だが前述したように、最愛を失った国王は長く床に伏し、失意の彼が祝福を維持することは不可能。
前聖女が亡くなってからの十五年を、王宮はじわじわ忍び寄る崩壊の足音に怯え暮らしていた。
徐々に荒れてきていた国を憂う王子達は、父王の死を複雑な心境で受け止める。
父王には申し訳ないものの、この日を彼等は待ち望んでいた。国王が失意に暮れていた間に広がった被害が眼も当てられないほどだからだ。
大地は荒れ、魔物の襲撃も凄まじく、辛うじて形ばかりあった結界の名残が大きな魔物のみを遮ってくれていたが、それも焼け石に水。
国王崩御の報せを受けて、誰よりも安堵したのは息子たる王子達だった。
そして、どこかに覚醒したはずの聖女を捜索させようと相談していた、その時。件の侍女が駆け込んできたのである。
絶望を引き連れて。
「……どうしたものか」
「どうもこうもない。聖女としての職務を全うしてもらうだけだろう?」
軽く天井を仰いで嘆息したのは王太子の長兄ガイロック。当年取って二十二歳になる黒髪碧眼な美丈夫だ。それに苦言を呈したのは次兄のスフィア。髪は茶髪だが、瞳は兄と同じ碧眼。
対象的な表情の二人を見て、三男のエーデルは力なく首を振った。
「兄上様…… 聖女の理をお忘れか? 聖女は、聖女自身が幸せでないと祝福を成せない。……私達は。……アレに何をしてきましたか?」
そこまで耳にして、ようやくスフィアも理解した。
「……これから。その…… 幸せにしてやれば?」
「……出来るのか? これまで十年以上幽閉してきた妹だぞ? それも、父上の言葉を無視して、私達は何をした?」
長兄と次兄の間に横たわる複雑な葛藤。
そう。父王は、デザアトを見たら自分が何をしてしまうか分からず怖かっただけで、虐げるつもりはなかったのだ。
ちゃんと公費もついていたし、何不自由なく暮らせるよう取りはからえと王子や臣下に言い含めていた。
……ソレを歪めたのが、兄達である。
『母上を殺したんだぞっ? 聖女殺しの呪われた人間をまともに扱うなっ! あんなの放置で良いっ!』
『父上に免じて生かしておくが、それだけだ』
母親を求めて泣きじゃくるエーデル。まだ三つの弟から母親を奪った憎い赤子を、十歳のガイロックと七歳のスフィアは許せなかった。
地下室に幽閉し、最低限の生活しか与えぬよう命令したのも王子二人だ。そして往々にして、そういった事象はエスカレートする。
増長した侍女らにより、奴隷よりも酷い暮らしをしていた末娘。
三種三様の沈黙が応接室内を満たした。
「………僕の下に妹がいたとか。寝耳に水で。……兄上様たちを責めるわけではありませんが、取り返しのつかないことは分かります」
「いやっ、そうと決まったわけでは……っ」
脳筋で物事を深く考えられないスフィア。それと真逆に、荒事はからっきしだが学びに貪欲なエーデル。
たぶん、エーデルの予測が正しいだろうとガイロックは思った。
散々虐げられてきた妹が王家のために働いてくれるわけがない。むしろ、この国を滅しようとしても可怪しくはないのだ。
「真摯に謝れば…… あの頃は我々も子供だったのだ。やれるだけの手は尽くそう」
「……あの頃はですか。兄上様が王太子になって何年たちましたか? ……なぜに、思い直すことをなさらなかったのです?」
責めているわけではないと前置きしつつも、あからさまな落胆を隠さないエーデルの視線。その辛辣な眼差しに、ガイロックは脳天へ落石を食らった気分だ。
……忘れていたのだから。思い直すどころが、思いだしもしなかったのだから。
完全に脳裏から抹消していた。
「侍女らの話によれば、デザアト……だったか? アレは…… その…… かなり粗野で凶暴らしい。怒鳴りまくって、侍女を地下室から追い出したとか。最近は暴力まで振るうらしい」
「………そうなるのも仕方ないですよね?」
「せっかく王宮に部屋を用意したのに…… どうするか」
しばらく思案げな面持ちで俯いていた王子達だが、ふっとスフィアが顔をひらめかせた。
「まずは食事の改善からはどうだろう? 美味い食べ物を嫌う人間はおるまい? そうやって、少しずつ懐柔するのは?」
……悪くない。
急いては事を仕損じる。妹の境遇をかんがみ、性急でなくじっくりと環境改善を目論む兄達。そうして、ゆくゆくは穏やかな暮らしの中、聖女として幸せにしてやろうと。
……聖女として。兄らの中のデザアトは、あくまで聖女でしかなかった。自身の妹であり、家族であるという意識は皆無。
エーデルとてそうだ。突然、妹の存在を知らされたとて、即座に愛情が芽生えるはずもない。
家族とは成るものでなく、成っていくものなのだ。泣いて笑って、怒って後悔して、少しずつ親愛を育む。それが家族だ。
一足飛びに得る愛情など、恋の熱病くらいだろう。
それに気づかないまま、長期戦の構えを見せた三兄弟は知らない。
末娘が、人として育っていないことを。
敵意と悪意の汚濁で揺りかごもなく放置されていたデザアトが、獣同然に生きてきたことを、後に知らしめられる王子達だった。
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