1 / 16
幽閉された王女
しおりを挟む「は? そんなんするわけないじゃない」
「「「「え……っ?」」」」
ここは異世界ドール。その世界に聖女が生まれた。
が………
「クソ喰らえだわっ!! 人のこと散々邪魔者扱いしといて、いまさら聖女? 王宮に召喚っ? ふざけんなぁぁーっ!!」
烈火のごとき怒号が轟く離宮で、少女は陽炎のような怒気を揺らめかせ仁王立ちする。
彼女は、この国ドールの第五王女デザアト。物心ついた頃には地下室にとじこめられ、何も知らずに育ってきた。
今は家庭教師や専属護衛と離宮で暮らしている。この信用のおける二人に救いだされるまで、彼女の暮らしは辛酸を極めていた。
こうしてまともに話せるようになったのも彼らのおかげ。王宮の地下に幽閉されていたデザアトは、生かされていただけで何も学ばせてもらえず、野生動物のような生活を送らされていたのだ。
そんな環境で真っ当に育つわけもなく、彼女の人格は歪んでいた。何も知らない無感動な人間にと。
「お后様は貴女のせいで死んだのです。貴女が殺したのです」
「……………」
毎日のように投げかけられる呪いのような罵詈雑言。しかし、何も知らない少女は、その意味も知らなかかったため、馬耳東風。
しぬってなに? ころしたって、どういう意味?
いくら心無い言葉をぶつけられようと、その意味を理解していないのでダメージ0。だが、あまりの反応の薄さから、中には手を出す者もいた。
「このっ! ふざけんじゃないわよっ! アンタみたいな呪われた子のために、こっちは苦労してるってのにっ!!」
バシバシ叩かれながら、少女は学習する。
「邪魔なのよっ! さっさと死んでくれたら、こっちだって王宮の仕事に戻れるのにっ!」
「…………」
無感情な無言と据えた眼差し。気づけばこんな暮らしなのだ。情緒など育つはずもない。怪我や痛みは日常で、悪意と敵意しか向けられたことのないデザアトは、それしか知らない子供になっていた。
空っぽな虚無。そこに詰め込まれたのは、悪態と暴力のみ。そんな少女が、王国を左右する聖なる力に目覚めるとは。
神の悪戯か、悪魔の慈悲か。
聖痕で血まみれな己の両手を呆然と見つめ、デザアトは嗤った。いや、微笑った。心の底からの安堵と充実感で。
この時彼女は、己の死を思ったのだ。
これで、クソみたいな人生から解放されるのだと。
侍女らの陰湿な虐待で常に満身創痍なデザアトだが、彼女は自ら永遠を選ぶことを知らなかった。ハンストや自傷などという行為も知らなかった。
人は人と交わらねば人でなくなる。学ばねば、何も分からない。
幸か不幸か、彼女の周りに死を思うモノは存在しなかった。
虐待する侍女らとて、行為が過ぎればデザアトを嫌々手当した。見捨てられたとはいえ、まがりなりにも王女だ。間接的だろうと自分達が殺してしまったとなったら、ただでは済まない。
「……忌々しい。さっさと病でも得て、くたばれば良いのにっ!」
デザアトの死を願いつつも、それにかかわりたくはない小狡い侍女達。おかけでデザアトは死を連想する何かに当たったことがない。
食べて、寝て、生きるだけ。何も無いのが当たり前で育った人間は、それを日常として生きていく。
そして、聖痕を得た日。初めて彼女は死という概念に辿り着いた。
前に見たからだ。皿に載せられた血まみれのネズミを。
「……これは?」
「アンタの餌だよ。丸々して美味しそうだろう?」
にや~っと意地の悪い笑みを浮かべ、侍女は床に置いた皿を足先でデザアトの前に突き出した。
いつも残飯のブチ込まれたスープと硬いパンしか食べたことがなかった少女は興味津々。怯える様子もなく、ネズミの死骸を素手で掴もうとする。
逆に狼狽えた侍女が皿を蹴り飛ばさなかったら、きっとデザアトは平気でネズミを食べようとしただろう。
「ば……っ! 馬鹿じゃないのっ?! こんな物、本気で食そうとっ? うわっ! 信じられないっ!」
「……餌なんじゃないのか? そう言ったじゃん」
餌=デザアトの食べ物。そのように散々言ってきたのは、この侍女である。きょとんとする少女に苛立ちを隠しもせず、侍女はいつもの食事を置き、ネズミの載った皿を持ち上げた。
「死骸も分からないのねっ! これは死んでるのっ! もう、やってらんない、可怪しいわ、コイツ!!」
しんでる……? なに、それ。
冷たく硬そうだったネズミ。デザアトの知るネズミは素早く動き、いつも彼女の食事を狙う困った生き物だ。
皿一面を彩っていた血液。初めて見た死骸というモノをデザアトは忘れない。
「ふふ…… そうよ、これよ。この血が沢山出たら死ぬのよ。たぶん、そう」
そして、あのネズミのように硬くなって、何も言わなくなるのだわ。そうしたら…… この馬鹿馬鹿しい生活ともおさらば出来るのね? 鬱陶しい侍女らとも会わなくて済むのだわ。
デザアトは賢く聡かった。侍女らとの、交流とも言えぬ暴虐から、あらゆる知識を拾っていた。
結果、随分と偏った知識や常識を身に着けている。
ふははは……っと甲高く微笑うデザアト。
その姿は至福に溢れ、滴る鮮血も相まり、見るものが見れば神々しいまでの美しい微笑みだった。
「……なんともはや」
「信じられないっ! 母上を殺した忌み子が聖女っ?! 悪い冗談だっ!!」
「しかし、聖女が覚醒してしまったとなれば代替えは出来ません。これより五十年は新たな聖女は生まれないのですから」
しかめっ面を突き合わせて苦悶に震える三人。彼等はデザアトの兄たる王子達。
二十七年前。聖女を娶った国王は、玉のような子ども達を沢山授かった。王家は賑やかな子ども達の声と幸せで満たされていた。
それが失われた十五年。末娘の出産で命を落とした前聖女。絶望の果てに国王は、元凶たる末娘のデザアトを幽閉した。
見たくもなかった。見ようものなら縊り殺してしまいそうだった。そんな自分を遠ざけるのが、娘のためにも最善だと国王は思っていた。
彼は弱くはあったものの無慈悲ではない。不倶戴天のごとき怒りを身のうちに押し込め、会わないことで我が子の安全をはかっただけ。
だからちゃんと侍女もつけたし、生活に不自由のないようにもした。そのつもりだった。
しかし権力者である父に厭われた王女を、周りが蔑み、勝手を始めるとまで彼は思い至らなかったのだ。最愛を失った痛手が、そういった配慮を欠けさせてしまった。
失意の長患いで、国王が亡くなったこともデザアトは知らない。生まれてこのかた会ったこともない父親など、知るはずもない。
兄三人とて、すっかり忘れ切っていた。
母親を殺した忌み子のことなど、誰も思い出さなかったのだ。
数日前に侍女が真っ青な顔で駆け込んでくるまでは。
33
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説

モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
(改訂版)帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!
黒猫
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。
ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。
観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中…
ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。
それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。
帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく…
さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。
まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」
ええよく言われますわ…。
でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。
この国では、13歳になると学校へ入学する。
そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。
☆この国での世界観です。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!
幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23 女性向けホットランキング1位
2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位 ありがとうございます。
「うわ~ 私を捨てないでー!」
声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・
でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので
「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」
くらいにしか聞こえていないのね?
と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~
誰か拾って~
私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。
将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。
塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。
私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・
↑ここ冒頭
けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・
そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。
「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。
だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。
この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。
果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか?
さあ! 物語が始まります。

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる