だから奥方様は巣から出ない 〜出なくて良い〜

一 千之助

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 奇妙な暮らし

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「ラナリアが見つかったとっ?!」

 知らせを受け、駆けつけたレオン。

 やってきたラナリアの私室には多くの使用人がたむろい、何ともいえぬ複雑な顔でテラスの一角を凝視していた。
 そこでレオンに気付いたウォルターが、歯切れの悪い口調で呟く。

「なんというか…… 見てもらった方が早いな、こっち、こっち」

 幼馴染みに指招きで促され、レオンもテラスに出た。……と、そこには巨大な繭。
 まるで魔物でも出てきそうに大きな繭を見て、レオンは一瞬凍りつく。
 さもありなんと苦笑いし、ウォルターがその繭の天辺を指さした。

「ここにさ。小さな穴があるんだよ。覗いてみ?」

 言われて恐る恐る近づき、レオンは繭の真上にある穴を覗き込む。そして彼は驚愕に眼を見張った。
 そこには大きなクッションで眠る最愛がいたのだ。

「ラナリアっ! なんで、こんなところにっ?!」

「わっかんね。けど、まあ、穏やかに寝てるし、心配はいらなさげだよ?」

「心配いらないわけないだろうっ?! なんだ、これはっ? 魔法かっ? 呪いかっ? あああ、こんなところに閉じ込められていたなんてっ! すぐに出してやるからなぁぁーっ!!」

 うわああぁぁぁーっと雄叫びをあげて繭を取り外そうと暴れるレオンだが、繭は壁に張り付いたままピクリとも動かない。
 人の違ったかのような主を見て、ドン引きな子爵家の人々。そんな中、一人冷静なウォルターがレオンの後頭部を引っぱたく。

「落ち着けっ! 奥方様は、ここから自由に出入りしてっから。さっきも出てきて、ふっと消えたと思ったら、ここで寝てたんだよ」

「へ……?」

 呆れ混じりな溜め息を一つつき、ウォルターは餌付けでラナリアを誘き出そうとしたことから説明した。



「……で、これを見つけたんだ。よく調べてみたら天辺に穴があって中が覗けてな? 中心以外は歪んでっけど、動く奥方様が見えたってわけ」

 レオン達は知らないが、前にラナリアも見た天井の小窓。これは魚眼レンズになっていて、多くを見られるのと同時に中心以外はボヤケてしまう仕様だった。
 大まかに中を確認出来るだけの不便な覗き穴。それでも十分らしいレオンは、食い入るようにラナリアの寝顔を眺めている。

 ……ああ、良かった。思ったより元気そうだ。顔色も悪くないし、唇も前より赤みが増している。肌艶も良くなってないか? ……黒パンや干し肉で? ……なんでだ。

 タンパク質信者の脳筋騎士様は知らない。ストレスに勝る美容の敵はないということを。

 ふぐふぐ嗚咽を漏らしながら、良かった、良かったと呟く大男。しかも繭を抱きしめて、べったりへばりついて。

 ……非常に絵面が悪いんですけど? 

 思わず据わる眼を奮い立たせ、ウォルターは、放っておいたらずっと離れなさそうなレオンの首根っこを掴むと、ずるずるテラスから引きずり出した。

「あああっ、放せ、ウォルターっ! ラナが、ラナぁぁーっ!!」

「うっせぇわ。ある意味、覗きだぞ? 紳士のやるこっちゃねぇだろ」

「夫が妻の寝顔を見ていて何が悪いぃぃーっ! 俺の特権だろぉぉーっ!!」

「そういうことは初夜を済ませてから言いやがれ、このヘタレがっ!」

 あーーーーっ、と情けない叫びをあげつつ引きずられるレオンと、あのガタイを事もなげに引きずっていくウォルターの両方に眼を見張らせながら、唖然とした顔で見送る子爵家の人々。

「……執事さんって何者?」

「平民に珍しく、あの人スキル持ちなんだよ。たしか…… 《剛腕》だったかな?」

 その言葉で合点がいったのか、皆が、あ~、と得心げに頷き合う。

 貴族の半数ほどが所持するスキル。特筆するようなモノは少なく、《剛腕》や《俊足》など、文字通りな能力のモノが多い。他より若干有利になる程度の恩恵だ。
 それとて努力し、磨かなければ錆びつく。通常の力と同じだった。

 ちなみにレオンもスキル持ち。

 彼のは少し特殊で《背水》というスキルである。

 背後に護るべきモノが存在した場合、爆発的に各能力がブーストされる稀有なスキルだ。
 スキルは子供に継承される可能性が高く、スキル持ちはスキル持ちとの婚姻が推奨される。

 ラナリアも《巣》という謎なスキルをもっていた。

 これがどんなスキルなのか知る者はいない。スキルのなかには、勝手に発動するバフ、デバフなどもあるため、そういったスキルは名前で判断出来ない限り、謎なスキルとされる。
 スキル《巣》を持つものは数百年に一人と言われ、レアなスキルに分類され、ゆえに辺境の貧乏男爵の娘なラナリアでも、王都貴族の嫁になれたのだ。
 彼女のスキル《巣》がどんなものかは分からなかったが、これもまた滅多に聞かないスキルだったため、婚姻が許可される。

 ……まあ、そんなモノあろうがなかろうが、恋の病に溺れたレオンがゴリ押しで何とかしたのは明白だが。
 騎士向きなスキル《背水》を所持するレオンを囲っておきたい王宮が、いくらでも協力してくれただろう。

 そんな天下の騎士様を部屋の外まで引きずり出し、ウォルターは忌々しげに吐き捨てた。

「お前も俺も、下手を打ちまくってんだぞ? これ以上、やらかすわけにはいかん。それは分かるな?」

「…………ああ」

 仏頂面で頷くレオン。

 ……俺も人のこたぁ言えねえがな。レオンに嫌われてるからって、あの女を罵って良い理由にはならなかったのに。

 ウォルターは幼馴染みが政略結婚で苦労してると思ったし、社交すらせず家に籠りっぱなしで暗い顔をしたラナリアに腹も立てた。
 
 ……そんなあからさまに仕事放棄すんなよ。誰も招待に応じないって、どんだけ社交が下手なんだよ。あんたのことレオンも嫌ってるみたいだし、いっそ実家に帰れよ、なあ?

 そんな風に思っていた。

 その全ては勘違いだった。

「とにかく、今の奥方様は何も受け入れない。食事すらだ。どうやってあの繭の中で暮らしているのかは分からないが、なんとかあそこから出てきてもらわないとな………」

 ギリ…っと奥歯を噛みしめるウォルター。それをきょとんと見つめながら、レオンは暢気な口を開く。

「え? 別に出なくても良い」

「は……?」

 思わず惚けたウォルターを余所に、レオンはとつとつと語った。

「あそこが安全であるなら…… ラナリアが心安らかに暮らせるなら、それで良い。俺は彼女が側に居てさえくれたら何もいらないんだ」

 信じられない方向に舵を切ったらしい幼馴染みを見て、ウォルターは開いた口が塞がらない。
 いそいそとラナリアの元に戻ろうとする無駄にデカい背中を追いかけ、彼女の私室に入ったウォルターは、ふと自分の隠れていたクローゼットに眼をやる。

「そういや…… このクローゼット、何で空だったんだ?」

 貴族女性の住む部屋の収納が空なわけはない。

 それを聞いた侍女の一人が、不思議そうな顔で答えた。

「え……? そのクローゼットには奥方様の普段着や寝巻きなどが入っていたはずでございます。下着なんかも」

 侍女の答えに眼を見開き、ウォルターは全ての収納を確認する。侍女達が止めるのも聞かず、片っ端から開けまくった彼は、無くなっている物がないか、逆に聞き返した。

「……そういえば、奥方様が実家からお持ちになった物が見当たりません」

「こちらも…… 裁縫道具や日用品が複数消えています」

 狼狽える侍女達の言葉で、ウォルターの顔から血の気が引いていく。

 ……籠城する気満々じゃねぇか、あの女ぁぁーっ!!

 ただでさえいつ出てくるか分からない状態に加え、暮らしの充実をはかって持ち込まれたであろう物品の数々。
 思わず気が遠くなりかけたウォルターと反対に、ようやく最愛を見つけたレオンは超ご機嫌である。

「ラナ…… 可愛いラナ。心配はいらないよ? 俺が守るからね」

 ……守れてなかった奴が何をほざくか。

 乾いた笑みを張り付かせて、前途多難間違いなしな未来をどうしようかと真剣に考えるウォルター。
 しかしそれは、反則にも近いレオンのゴリ押しによって解決した。



「奥方様の部屋に住むっ?」 

「そうだ。眼を離すわけにはいかないからな。おい、テラスにガラスでサンルーフを作れ。大急ぎだ。雨の一粒でもラナリアの繭に当ててはならんぞ?」

 あれこれ指示を出すレオン。今朝までの憔悴ぶりが嘘のようである。

 ……おいおい、理解ありすぎだろ? 良いのかよ、このままで。

 良いのである。レオンにとって、ラナリアが人目に触れず、自ら引きこもってくれたのは好都合。自分だけが彼女と共にあれる今を、彼は大歓迎していた。

 ……出てこなくて良いのだよ、ラナ。ちゃんと見てるから。君は好きな暮らしをしてくれたら良い。

 本末転倒大車輪。

 その独占欲が彼女を苦しめ、今の状態にしてしまったことも理解せず、レオンは囲い込みに必死だ。
 嬉々として奥方様包囲網を作る幼馴染みの、斜め上な行動が理解不能なウォルターは、ただただ、その無駄にデカい背中を見守るしかなかった。
 
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