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 甥が来ました

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「遅えっ!! 何時だと思ってやがるんだっ!!」

「……まだ六時だけど? お腹空いたの? イラついてるね?」

「…………っっ! ああ、減ってるわっ!! 来いっ! 骨までしゃぶってやるっ!!」

「えっ? ちょっ?!」

 結婚してからも深まり、拗れる二人の関係。

 悪い意味ではない。豪の束縛が激しすぎて、風月が振り回されているだけだった。

 ほんのちょっとしたことで爆発する豪。もう、彼の眼には風月しかいない。仕事すら疎かにするほど、彼は仔犬に傾倒している。

 そしてそれが許される立場なことを、帰国してから風月は初めて聞かされた。



「落合コンツェルン…… 嘘、聞いたことはあるよ、そこ……っ! え? 豪さん、御曹司っ?!」

「違ぇ。俺は三男坊だ。会社は兄貴らで回るし、俺には関係ない」

 そうは言っても実子である豪は引き継ぐべき財産があった。それが複数の不動産だ。
 会社に関係のない私財のうちの幾つかを、彼は生前贈与で貰い受けていた。将来は、相続権を放棄して兄達に全てを譲る対価だ。そのように書面で交わしてあるらしい。

「……だから、こんなにお金持ちだったのかぁ。金融屋だけにしては可怪しいとおもってたけど。生粋のお金持ちだったんだねぇ」

「まあ、貰えるもんは貰っとくさ。波風立てないためにも丁度良いしな」

 豪は家族に風月のことを話した。同性婚だと。将来的にはアメリカで余生を過ごすつもりだと。
 豪が相続放棄をしても、その子供らには相続権が残る。そういった面倒のなくなる豪の選択を、家族は好意的に受け止めてくれたらしい。
 大いに実利の絡んだ関係だ。それが、風月と豪の関係に都合良く働いてくれた。

 ……複雑だけど。大反対とかされるよりはマシだよね。うん。

 万一、豪が跡取りだったりしたら、きっと目も当てられない惨状になったことだろう。一般家庭でも、息子が同性婚なんて受け入れ難いものだ。
 むしろ、そういった複雑な金持ちの事情諸々があったがために認めてもらえたような感じ。そう思うと、豪が金持ちの三男坊で良かったと、風月は心の底から安堵する。

「まあ、反対したところで関係ねぇけどな。俺は俺のやりたいように生きていくし?」

「豪さんらしいや……」

 実際、親の七光りで生きていった方が楽な環境。そんな整えられた環境を蹴飛ばし、豪は一人で会社を立ち上げ、悠々自適に生きていた。
 羨ましいまでに自由な生き物だ。初期投資は親の金でも、ビルのワンフロアを占めるほど大きな会社に伸し上げたのは彼の実力。

「孫だの何だの言われないから安心しろ。兄貴には今年中坊になる息子もいる。実家は順風満帆で安泰。俺らに目も向けないから、日本でいう嫁姑問題とかもないぞ?」

 アメリカナイズされた豪には、日本の昔の家長制度が嘘みたいな話に聞こえるらしい。
 その名残で、核家族化の進んだ今でも、日本ではそういった問題が尽きないことに眼を丸くして驚いていた。

「アメリカなら独立した子供に干渉なんてしないがなぁ。むしろ、さっさと独立してくれと追い立てられっぜ? そして夫婦の第二の人生を楽しむんだ。世帯が変わればプライベートを尊重するのが当たり前だろ?」

「そういうものなんだねぇ?」

 風月も、あっさりしたアメリカの家族関係に少し驚いた。子供に、合鍵を寄越せと暴れる日本の親とは雲泥の差である。

「家を継ぐって意識も希薄だしな。よっぽど財産でもあるんならともかく。自分の人生は自分で切り拓くし、最後を看取ってくれる家族を持てたら御の字さ。それ以上、何を望むっていうんだ? 日本の親は」

「……言われてみたら。何だろう?」

 家? お墓? 名前?

 風月の呟きに苦笑し、豪がカラカラと笑った。

「そんなもん、ずっと続くわけないじゃないか。家なんて、相続税を三代も払ったら売らざるをえん。よっぽどの金持ちなら別だがな。そんな大層な家でなきゃ、考える必要もない問題だぞ?」

 ……たしかに。親が死んだら家を売って、兄弟でお金を分けるって話も良く聞くし? ……となると、やっぱ日本の嫁姑問題とかは可怪しいんだなぁ。

 うんうん、と納得顔な仔犬。

 それを見て、幸せを噛み締めていた豪だが、まさかその問題が我が家に勃発しようとは、夢にも思っていなかった。




「アンタが風月か?」

 いきなり呼び捨てにされ、風月は声の主を振り返る。
 そこには豪と出会った頃の自分を彷彿とさせる少年が立っていた。
 小洒落た私服をまとい、横に大きめのボストンバッグを置いた少年は、名前を落合卓と名乗る。

「落合…… ひょっとして豪さんの?」

「甥っ子だよ。連休を利用して遊びに来たんだ。自宅まで案内してよ」

 ややキツい眼差しの子供。たしかに言われてみれば、豪と似た面差しがあった。

「待ってね? 連絡して迎えに来てもらうから」

 スマホを取り出した風月を睨めあげ、卓は忌々しそうに顔を歪める。

「なにタレこもうとしてんのさっ! まずは連れていけよっ!」

 ……は? タレ込む? 何のこと?

 困ったように眉を下げ、風月は卓に説明した。

 移動の際にはメールしなくてはならないこと。何かあったら、すぐに連絡しなくてはならないこと。事後承諾なんかにしたら、とてつもなく怒られること。

「……ってわけでね? 君に会ったことや、うちに来たいって言ってることを事前に説明しておかなきゃなの」

「はあ? それマジ? ……自分で聞いてみるよ」

 そう言うと少年はスマホを取り出し、慣れた手つきで電話をかける。しばしコール音が響き、豪の声がした。

『おう、卓か。久しぶりだな。父さん達は元気にしてるか?』

 ……ホントに甥っ子さんなんだな。良かった。

「元気だよ。俺さあ、連休に行くとこなくて。伯父さんとこに遊びに行きた……」

『駄目だ』

 言い終わらぬ前に、ぴしゃっと放たれた冷たい言葉。それに眼を眇め、少年は風月を睨む。

「なんでさ。前はよく泊めてくれたじゃん」

『あれは来客用の事務所の客室だ。自宅じゃない。今は自宅で寝泊まりしてるから、お前に付き合えないんだよ』

「事務所のでも良いよ。伯父さんと一緒なら。前みたいに遊びに連れてってよ」

『……俺が結婚したのは知ってるよな? 新婚で、嫁を放置は出来ないだろ? したくもないし。ってか、そんなんしたら、あいつはあっさり適当に出掛けるに決まってんだっ! 連休で浮かれた若造どもがウロウロしてる外に、あんな可愛い嫁を放てるかっ!』

 ……豪さん。

 丸聞こえな会話に赤面し、思わず両手で顔をおおう風月。そんな風月を睨みつけつつ、卓は食い下がった。

「そのお嫁さんと一緒でも良いよ? 泊まりに行かせてよ」

『お前まで人の蜜月を邪魔すんのか? 兄貴達も、やけに嫁を実家に連れて来いって煩いし、何か企んでやしないか?』

 ……豪さんの実家に?

「父さん達のことは知らないよ。遊びに行くからねっ! よろしくっ!」

『ちょ…っ、待てっ!』

 プツっと通話を切ると、卓はスマホをマナーモードにして鞄に押し込む。

「これで良いでしょ? 俺が行くことは知らせたから。案内しろよ」

 行動力の塊なとこや押しの強さは豪にそっくりだ。

 ……なるほど、すでに何度も断られてるのか。それで強行突破しようと? ……豪さんの子供の頃もこんなんだったのかな?

 妙なノスタルジーに浸りつつ、風月は卓を連れて自宅に向かった。
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