仔犬拾いました 〜だから、何でも言えってのっ!〜

一 千之助

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「……なんつーか。相変わらずだな、タケシ」

「ダチを見て、開幕それかっ! ベルナルドっ!」

 スラング混じりな早口英会話。

 真っ当な標準語でしか話せない風月は、トニーの自宅についた途端、中から出てきた男性と口論する豪に眼を見張った。

「なんか…… すご……」

「覚えなくて良いよ、アレは」

 ……早口過ぎて覚えられないよ。豪さんってホントに何者?

 堂に入ったネイティブっぽい口調。素人な風月にも分かるくらい、それは流暢である。
 ぽかんっと薄く口を開いて佇む風月に気付いたらしく、豪と口汚く罵っていた男性がにっこり微笑んだ。

「君がフーガ? トニーから聞いているよ、キティ。私はベルナルドと言います。トニーのパートナーだよ。こんな俺様より、私と遊ばないかい? 大切に飼ってあげよう」

 ……標準的な英会話でも分かります。貴方、豪さんと同類ですね?

 思わず眼を据わらせる風月の視界で、豪がベルナルドの肩を掴み、獰猛な眼差しで唸っている。

「ダチの相方に手を出そうってのか? ああっ? お前のそういう尻軽なとこが、一番キライだよっ!!」

「まだ結婚していないなら、自由恋愛の範囲だろう? 婚約すら申し込めてないチキンが。殻付きなチェリーなんかにキティはもったいないよ」

「てめぇ……っ! この✕✕✕✕っ!! ✕✕✕✕✕✕に✕✕✕でも突っ込んでオナってろっ!!」

 ……なに? バターホール? えっと?

 首を傾げながら聞き取れた単語を呟く仔犬。それにぎょっと眼を剥き、豪とトニーが同時に叫んだ。

「「そんな言葉は覚えなくて良いっ!!」」

「君が言ったからだろうっ!! 可愛いフーガの耳が腐るっ!! タケシはガレージで寝ろっ!!」

 風月の両耳を抑えて、涙目でがなるトニー。

「お前の躾けがなってないからだっ! このドМな雌犬を檻に入れておけっ!!」
  
 ベルナルドの首根っこを掴んで、その頭を振り回す豪。

「うーわー、すごい言われようだな。その雌犬に腰を振ってたチェリーとは思えない台詞だねぇ」

 そして、辺り構わず絨毯爆撃をかますベルナルド。

 端々に豪の淫らな黒歴史を匂わす会話を耳にして、風月は、何となく三人の関係を察した。



「いや、もう…… 申し訳ない、フーガ。妻が悪ノリしてしまって」

「良いじゃないか、トニー。事実なんだし? キティも、このクズがどんな男なのか知っておいた方が良いよ」

「だから、お前は黙れやぁぁぁーっ!」

 仔犬を足の間に座らせて抱きしめ、全く腕を緩めない豪に、呆れ顔な風月。

 聞けば、この三人。同じカレッジの同窓生。豪は長くアメリカで暮らした過去を持っていた。大学も寮の同室。そういった悪い遊びを派手にやっていたらしい。
 
「私を相手にね。私が雌犬だってんなら、そうしたのは君じゃないか、タケシ」

「おめぇはトニーにばっか尻尾振ってただろうがよっ! ちくしょうっ! 男の純情を弄びやがってっ!!」

 ……そんな過去が。……ふふっ、涙目な豪さん、可愛い。

 自分の知らない暴露話に嫉妬するでもなく、ほにゃりと笑う風月を見て、豪は不安げな顔をした。

「……幻滅しないか? その……」

 彼の言いたいことを理解して、風月は豪の腕をポンポンと叩く。

「昔のことじゃないの。僕と知り合う前でしょ? 嫉妬もしないよ。今は僕だけなんだし。結婚するんでしょ?」

 道理で豪が色々と詳しかったわけだ。
 最初からミシシッピを旅行先に選び、あちこち観光して土地を巡り、たまたま風月がトム・ソーヤー好きなことを知って、えらく嬉しそうだった彼。
 最初から、ここで結婚して住む気だったから組まれた旅程だろう。風月が慣れるように。そして、ここに居る二人が頼りになる仲間だったから、新居にミシシッピを選んだのだ。

「……ずいぶん心の広い奥方だな」

「えらく上等な嫁を見つけたじゃないか。タケシのくせに」

「喧嘩売ってんのか、こらあぁぁっ!」

 ピタリと息の合った三重奏。

 まるでコントのようなやり取りに、風月は腹の底から大笑いして、三人を驚かせた。



「部屋は同じで良いね?」

「当たり前だ、お前んとこの雌犬を檻に入れないなら、風月を離さねぇぞ、俺ぁ」

 ぐるるるっと牙を剥き出しにする豪。

 こんな豪を見るのも初めてな風月は、少し困惑げに顔を赤らめる。

 ……なんか、ここに来てから豪さん、可怪しくない? 正直、かなり恥ずかしいんですけどぉぉっ?!

 ジタバタ小さく暴れる仔犬を部屋に引き込み、豪は鍵をかけてから、ようよう風月を離した。 

「はああぁぁ…… これで落ち着けるな。シャワーでも浴びるか?」

 ぐったりと脱力する豪の姿。よほど警戒していたらしいその風情に、風月は疑問を持つ。
 トニーは良い人だし、ベルナルドも口は悪かったが豪と親しそうに見えた。どうしてそこまで警戒心剥き出しなのか。
 
 その疑問が顔に出ていたのだろう。豪の顔が、みるみる嫌そうにしかめられる。

「……気になるのか? あの二人が。男前だしな、どっちも…… でも、あの二人は夫婦だからな? 変な気は起こすなよ? 遊びでも許さないから、俺」

 ………はい?

 きょんっと惚ける風月を抱きしめ、豪は、そのまま寝台に横たわった。
 とすんっと沈み込むシーツが波打ち、ふわりと香るお陽様の匂い。

 ……ああ、良く手入れされたシーツだなあ。……って、そうじゃないっ!

「豪さんっ! そういうのは、式が終わってからでーっ!」

 思わず抵抗する仔犬を、その抵抗ごとキツく腕に収め、豪は風月の髪に顔を埋めて心地良さげに息を吸い込んだ。

「何もしねぇよ…… いや……キスくらいは良いか?」

「……駄目」

「なんだよ、ケチ臭えなぁ……」

 ちゅっ、ちゅっと音がし、腹いせのように髪に口づける豪に風月の胸がバクバク高鳴りだす。

「もうすぐだ。もうすぐ…… これ全部、俺のモノ…… 浮気はダメだぞ? しねぇとは思ってるけど…… あいつら頼りにはなるが、来る者拒まずなとこもあるから…… 可愛い仕草とかしたら、誘われてると勘違いしかねない。……ああ、やっぱ離せねぇな」

 ………ん?

 夢にまで見た抱擁に酔っていた風月は、不穏な単語を耳にして急に意識が醒めていった。

「さっきから何を言ってるのさ。僕が浮気すると思ってる? トニー達と?」

「……………………………………………………………」

 ………めっちゃためんなっ! それ、肯定と同じだよっ!!

「…………良い男だからな、二人共。褒めたくはないが。……そう思わなかったか?」

「思わなかったけど?」

 ……たしかに整った造作ではあったな二人共。でも、トニーの笑顔は、最初胡散臭いとか思っちゃったんだよねぇ、僕。

「そうか…… ずっとそうであってくれ。自分でも、こんなに心が狭いとは思ってなかったよ。お前が別の誰かに抱かれることを想像しただけで、そいつをブチ殺したくなるんだ。……狭量な男で、すまん」

 ………? なんか会話が可怪しくない?

「あのさ? それって普通だと思うけど?」

「……? 本気でないなら、ある程度の自由を許すのが普通だろ?」

 ……はああぁぁーっ?!

 思わず強く両手を突っ張り、風月はマジマジと豪の顔を凝視する。そこには悩ましげに眉を寄せ、風月を見つめる豪の顔があった。

 噛み合わない会話AGAIN。

 ここでまた二人は、己の培ってきた常識の違いを知る。

 アメリカで思春期を過ごし、さらにはバイ・セクシャルな豪の爛れた性生活は、彼の中の倫理観をかなり歪めていたのだ。
 それを日本にも持ち込んで、本人が卒業したと称するほど乱れ遊び尽くした彼は、自身の物差しで風月も見ていた。
 自分が恋多く、取っ替え引っ替え男女を味見していたから、風月もこれからそうなると思っている。自分も、その内の一人に過ぎないと思っている。
 だから縛りたかった。現実でも法的にも、風月をがんじがらめにしておきたかった。

 切々と語られる豪の内心。
 
「お前はまだ若いし…… 色々興味を持つとは思うんだけどな? もっと沢山恋をして、甘い青春を送りたいだろうと分かっているんだけど…… 俺は……」

「ちょっと待てーーーーっ!!」

 恋に狂った斜め上な馬鹿野郎様が、ここにも居た。

 風月とベクトルの違う見当違いに頭を抱え、酷い頭痛を覚える仔犬様。

 二人には、擦り合わせなくてはならない課題が、まだまだあったようである。
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