14 / 24
捕まりました
しおりを挟む「だから、お前は考えなし過ぎだっつーんだよっ!! いや、考え過ぎなのかっ? どっちでもいいわっ! 動く前に相談しろって、いつも言ってんだろーがっ!!」
「……ごめんなさい」
毎度お馴染みな正座で床に座らされ、ちんまり背を丸めて項垂れる風月。
あの後、烈火のごとく暴れる豪を必死に羽交い締めして止めるトニー。その二人の大騒ぎで、風月は眼を覚ました。
「殺す… 殺す… 殺す…っ!」
「やめて、タケシっ! うちの客に死人を出さないでっ!!」
……タケシ? トニーは豪さんを知ってるの?
「お前もお前だ、トニーっ! しっかり見張っておいてくれと頼んだだろうがっ!!」
「そんな……っ、俺にだって仕事があるんだよ? タケシはいつも無茶を言う」
ギャンギャンやっていた二人だが、ベッドに横たわる風月の眼が開いているのを見て、ピタリと止まった。
そして次の瞬間、一気にベッドへ詰め寄ってくる。
「風月っ! 大丈夫かっ? 何もされてないなっ? ……って、お前は一体、何回同じ台詞を俺に言わせるんだよっ! ああっ?!」
「タケシっ! 怒ってる場合じゃないだろうっ! フーガ、大丈夫だね? あんなの野良犬に絡まれたようなモンだから。何もされてなくて良かったよ」
……何も。
途端に背骨を突き抜けていく気持ち悪さ。
「……………っ」
思わず身体を抱きしめるようにさする仔犬を見て、豪の双眸が昏い光を一線させた。
「やっぱ、軽く殺ってくるわ」
「殺るのは、軽くと言わないっ!!」
再びドタバタやらかす二人。
それが一段落したあたりで、豪の怒りは本来のターゲットに向けられた。
「でも豪さん、来るのは明後日だったんじゃ?」
「……SNSに行先同じな飛行機のチケット交換求むって書き込んで、一番早い便な奴のチケットを譲ってもらったんだよ。……俺までエコノミーだ、この野郎」
……そこまでして怒りにきたのか。
仁王立ちする豪の足元に転がるゴツい鋏のようなモノ。チェーンがあることを知っていて用意してきたとしか思えない工具を見つめながら、風月は溜め息をついた。
……押し入る気満々じゃん。……怖。逃げられるわけがなかったんだよなあ。
「どうして勝手に来たんだ? せっかく旅行を楽しみにしてたのに」
「……………」
答えようがない風月。
「……俺と来るのが嫌だったのか? もう借りもないし。……俺から逃げたくなったのか?」
……好かれてると思ってたんだが。俺の妄想だったか。あの時の言葉にも深い意味はなかったのかもな。
珍しく弱気な気持ちで自重する豪。
そんな彼を見て、風月は逃げても意味のないことを悟り、ようよう己の気持ちを吐露した。
「……ずっとの先が分からない」
「……ん? どういうこった?」
ふぐふぐすすり泣く風月の前に座り、その小さな両手を握りしめ、豪は辛抱強く少年が話すのを待つ。
「……僕は。子供……で、豪さんに……何も出来なくて。頼って……ばっか……で。お金を……ふぐっ、返したら、……用無しで……しょ?」
「……はい?」
素っ頓狂な顔で眼を見開く豪に、風月はぽろぽろと思っていたことを口にする。
必死に話す風月の言葉をざっと整理すると、豪の気持ちが分からない。好かれているとは思うが、それが恋愛的なモノには見えず、この先一緒にいても、きっと自分は苦しくなってしまう。
「ぼ…、僕は豪さんが好きで…… ずっと、ずっと好きで……っ、ただの遊びだって分かってるのに、触れられると嬉しくて……っ! もし豪さんが誰かと結婚したり、僕を邪魔に思ったりしたら、どうしようって……っ、うう…… ふぇぇ……ん」
思わぬ言葉の羅列に、豪こそが泣きたくなった。
………全く通じてなかったってか? あれだけベッドで可愛がってやってたのに? 好きだも愛してるも囁いてやったよな? 意識してくれるよう、普段もそこそこなスキンシップしてきたのに? おい、こら。
ふつふつと湧き上がる怒りで、泣きたい気持ちが蒸発する。
「鈍感にも程があろうがあぁぁーっ!!」
はにゃ? っと泣き顔のまま首を傾げる風月。
そんな二人の会話を黙って聞いていたトニーが、生温い眼差しで呟いた。
「タケシぃ? 君って、この子にどんな暮らしさせてたの? 三年だよね? それだけ一緒にいて、不安しか与えてなかったのかい?」
如何にも呆れたとしか言いようのない声を耳にして、ふと風月がトニーを見上げる。
「そういや、トニーは豪さんと知り合いなの?」
コクコクと頷き、うっそりとほくそ笑む緑の瞳。それがこれまでの経緯を語った。
「ハイ、タケシ。久しぶりじゃないか」
風月が一人でアメリカに飛んでしまったことに度肝を抜かれ、豪は国際電話で知り合いに連絡を入れた。
ミシシッピですぐに動けそうなのはトニーしかいなかったらしい。
「俺の嫁が勝手にそっちに向かっちまってな。もう着いてると思う。GPSの権限回すから、探して保護してくれないか?」
「一人で? 明後日一緒に来るっていってたのに。何があったのさ」
「分からないんだよ。あ~…… 俺の知り合いってバレたら逃げるかも? どうしたら……」
本気でオロオロしているのが電話越しにも伝わり、トニーは仕方なしに引き受けた。なるべく気づかれないよう様子を見ると。困っているようなら、助け舟を出すと。
「そういうわけで、タケシに頼まれて君を見てたのさ。ここの甥ってのは嘘でね。理由を支配人に話して、フロントにいさせてもらってたんだ」
「そうだったんですか…… ごめんなさい、トニー。豪さんも。迷惑かけまくったうえ、心配させて」
……この話を聞いて、気になるとこは、そこなの? 嫁っ! こいつが君を嫁って呼んでるとこに気づいてあげてよっ!!
そう。この三年間、豪は誰かと話す時、風月のことを嫁と称していた。彼の中では決定事項。ゆえにハマった落とし穴。
まさか風月本人にその気持ちが欠片も伝わっていなかったとは、豪自身、思っていなかったのだ。
「あのさあ、風月? 俺、毎週寝室でお前を可愛がってるよな? 好きだとも、愛してるとも言ってるよな? なんでそれを信じない? どうして頭から疑ってるんだよ」
「だって…… あれはプレイの一種でしょ? そうやって恥ずかしがらせて愉しんでるだけでしょ?」
これまた斜め上の答えに思わず天を仰ぐ豪。
……いや、まあ、そういう気持ちも無きにしもあらずだが。恥ずかしがるお前は可愛いし? わざと羞恥に赤らむような台詞を選んだりもしてたけどな?
「……そう取ったか。でも、俺がお前にしたりさせたりする行為を何ていうか知ってるか? 情交。セックス。愛情がなきゃやらないことだぞ?」
「僕にお金を与えるための口実でしょ? だから…… 借金が完済された今、もう遊んでもくれなくなるんでしょ?」
……どんだけ、斜め上ぇぇぇっっ!!
風月の妄想と曲解に心の中でだけ地団駄を踏む豪だが、二人の会話を聞くにつれ、しだいに目の据わってきたトニーが口を挟んだ。
「タケシ? 今の会話の説明してくれるかな? プレイって何? 君、この子に何してきたの? お金? いったい、何の話だ、ごらああぁぁーっ!」
鬼のような剣幕で雄叫ぶトニー。
それに驚きつつも、豪は、風月と出逢った頃の話をした。
「はあ…… それで、ここまで? ……大馬鹿野郎は、お前だ、タケシっ!!」
「何で、俺っ?!」
如何にも心外極まりないといった顔の豪に、トニーのダメ出しが始まる。
「まずは、お金から始まった関係というところっ!! そして、その誤解を解いていないところっ!!」
金銭目的で始まったセフレ関係。そのように豪も風月に説明していた。子供が信じ込むのは当たり前。
「けど……っ、そんなん説明したら、こいつは絶対に金を受け取らないぞっ? 俺が、こいつに惚れて、借金を肩代わりしたいなんて言ってみろ。こいつは金を受け取らないばかりでなく、意地でも俺に金に返そうとして、身体を壊すくらい働くに決まってる。だから完済するまで黙ってたんだよっ!!」
……そんなことを考えて?
風月が初めて聞いた豪の気持ち。
切実に語る豪に頷きつつ、トニーの眼が眇められる。
「そういうことか。なら分からなくはないよ? でも、プレイって何さ? 君、この子が誤解しまくることしてんじゃない? 普通、そうやって何年も身体を重ねてたら、否応なく伝わるもんじゃないの? お互いの気持ちってさ」
「……重ねてない」
「……は?」
「重ねてないって言ってんだよっ!!」
不貞腐れたかのように吐き捨てる豪。
……そう。豪さんは、僕の身体で遊びはしても、抱いてくれたことは一度もないのだ。
思わず風月の喉元まで上がる切なさ。意気消沈して俯く少年の姿を見て、トニーはわけが分からない。
……お互いに大好きだと端から見てても分かるのに、通じてない? どういうことさ。
この後、二人の拗れた原因が白日の元にさらされる。
51
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる