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逃げました
しおりを挟む「…………………」
借金を完済した翌日。風月の姿が忽然と消えた。
大慌てした豪だが、テーブルにあった飛行機のチケットが一枚消えているのに気づく。
それをじっと見据え、彼は溜め息をしか出てこない。
チラリとリビングを見れば、ノートパソコン。それを開けて履歴を確認すると、同じ行先の便にキャンセルが出たらしく、元のを払い戻して、ソレと換えていた。
……変に知識ばっかつけやがって。ビジネスクラスを払い戻して、エコノミーなんか買うんじゃねぇぇーーーっ!! しかも、もう飛んでんのかよっ! 行動、早いなっ?! キャンセル料半端ねーじゃねぇかよっ! うああぁぁーっ! 奮発したのにぃぃっ!!
豪の目的が足元からガラガラと音をたてて崩れてゆき、彼はがっくりとうなだれた。
……何が悪かったんだ? 仲良く暮らしてたよな? いつも笑って…… 今回の旅行だって、すごく楽しみにしてたじゃないか。どうして……
思い悩むと何も言わずに俯く仔犬。
どれだけ言えといっても、それは変わらなかった。何が原因なのか未だに分からない豪。
彼は気付いていないが、風月の悩みの原因が豪である。貴方に惚れてるんですが、どうしたら振り向いてくれますか? 僕を恋人にして欲しいんです。どうしたら良いですか? ……などと本人に向かって相談など出来るわけがない。
それくらいなら、とうに風月は告白している、
己のデリカシーのなさを棚上げして奉り、豪もキャンセルがないか探す。一応、待ちにも登録しておいたが、望みは薄い。風月が幸運過ぎた。
「……こうなったら」
豪はスマホを開いて書き込みを始める。
「……一人で来ちゃったな」
空港に降り立ち、風月は当て所もなくベンチに座った。
チケットは運良くキャンセルにあたり手に入ったが、ホテルなどの滞在先はそうもいかない。一応、予定の宿泊先に前倒しで泊まれないか聞いてみたものの、やはり人気のホテルは予約が埋まっていた。
明後日、豪がやってくるまでの二日間、自力で宿を取らなくてはならない。
……観光する気にもならないしな。どっか、安宿でも探そう。
そう思いたち、風月は歩き出した。
「Japanese? 良いね、空きはあるよ。一人かい?」
小ぢんまりとした場末のモーテル。トラッカー達御用達のようで、外には大きなトレーラーみたいな車輌が幾つも並んでいる。
「はい。二日間、お願いします」
「はは、日本人だな。言葉遣いも丁寧だ。ようこそ、ジャクソンへ」
豪の勧めで習った英会話。
……何でも覚えておくものだよねぇ。英会話なんて使う機会はないと思ってたけど。
おかげでこうして、異国の地でも何とかなっていた。
フロントで鍵をもらい、部屋に向かう風月を、複数の眼が見つめていたことを本人は知らない。
「あああ、何やってんだろうなあ、僕はっ!」
モーテルのベッドに沈み込み、風月はジタバタ暴れる。
豪の傍だと不安が喉元まで上がってきて息が出来ない。油断すると叫びだしそうで、固く口を引き結んだ。
自分のことをどう思っているのか。少しは気持ちを寄せてくれているのか。
気軽なスキンシップですら苦しく感じる。些細なことでも有頂天になる自分が醜くて気持ち悪い。
……こんなの、おかしいんだよな? 男が男に懸想するなんてさ。
でも、それを風月に教えたのは豪だ。
「なんだよ、もう…… わけ分かんないよ」
自分も…… 豪も……
ぐちゃぐちゃな頭を抱えて物思いに沈んでいた風月は、突然のノックに、ぴゃっと軽く飛び上がった。
強くはないが、はっきりと聞こえる音。
……誰? まさか?
有り得ないと思いつつ、チェーンのかかった扉をそっと開けた風月は、突然、大きな手にドアを掴まれ、思わず大きく後退る。
その隙間から顔を覗かせたのは黒髪の男性。
「ハイ、観光客かい? 珍しいね、こんな所に泊まるなんて」
……そうだよな。豪さんなわけないよな。
はあ…っと大仰に溜め息をつき、風月は相手を見つめた。
ラテン系っぽい男性は、にこにこと少年を見つめている。朗らかな外見が胡散臭い。
「俺はトニーっていうんだ。このモーテルの支配人の甥でね? 日本人が泊まりに来たから、相手をしてやって欲しいって呼ばれたのさ」
「相手……?」
恐る恐る近寄って詳しい話を聞いてみれば、ここらはあまり治安が良くなく、日本人の一人歩きは不味いらしい。
泊り客が犯罪被害に遭わないよう、トニーを呼んで案内につけたいということだった。
「食事や買い物で外に出るだろう? そういう時は、フロントに電話して必ず俺を呼んでくれよ? 本気で危ないんだ、この辺は。君みたいな仔猫ちゃんは、さっくり食べられちゃうからな」
……仔犬の次は仔猫かい。どいつも、こいつも、僕のことを何だと思ってんだ。
うんざりと天井を仰いだ風月だが、そこで、ここまでの道程を思いだして、ぞっとする。
何も考えずにスマホ頼りで一番安いモーテルに向かったが、今思えば無謀もいいところだったのかと。
周りが寂れた風景になってきたのにも、気づいたのは宿を前にしてからだ。あれ? っと来た道を振り返るお間抜けさ。
「じゃ、俺は宿の手伝いもあるから。良いかい? 絶対に一人で出ては駄目だよ? 今みたいにチェーンも忘れないでね?」
そう言い、トニーは扉から手を離した。
軽く手を振る彼に曖昧な笑顔で会釈し、風月は扉を閉める。
幸い食欲もないし、部屋には備え付けの冷蔵庫があった。飲み物や軽いスナックは外に出なくても手に入る。
「そういう国なんだよな…… 日本より、ずっと犯罪意識の薄い国。僕なんて一飲みにされちゃいそうだよね」
そう自嘲気味に呟き、風月は冷蔵庫からミネラルウォーターを抜くと、それで喉を潤して眠りについた。
「……ぅ?」
どれくらい寝たのだろう。精神的疲労がたたったのか、泥のように眠っていた風月は、何かに触れられた気がして眼を覚ました。
……が、動こうとした風月は、自分が動けないことに狼狽える。
……え?
真っ暗な部屋の中に蠢く何か。
それは獣のような息遣いで風月にのしかかってくる。
「おい、起きたんじゃないか?」
「かまうもんか。早くヤって交代しろよ」
「日本人とヤるのは初めてだなぁ。見ろよ、この滑らかな肌。ほっそいし、女より華奢で綺麗な子供だ」
「ーーーーーーーっ!!」
……誰っ? 強盗っ?! 違うっ! ヤるって…… 犯るっ?!
自分の置かれた立場を理解し、思わず絶叫する風月だが、その口を大きな手に塞がれていてくぐもった声しか出せない。
そうこうするうちに眼が闇に慣れ、うっすらと風月を押さえ込んでいる者達の輪郭が見え始めた。
如何にもブルーカラーですと言わんばかりに筋肉隆々な男らが、真上から風月の両手と口を押さえている。
突然暴れ出した少年を楽しそうに見下ろし、大きな体躯の男たちが、にたりと下卑た笑みを浮かべた。
「可愛いなあ? めちゃくちゃそそる顔してるぜ、ほんと」
「フロントで見た時は夢かと思ったよ。こんな下町のハズレに日本人なんてさ」
そう。彼らはフロントで風月がモーテルに宿泊するのだと知り、窓ガラスの一部を割って鍵を開け、この部屋に忍び込んだのだ。
「んぅぅっ! んむぅーっ!」
死物狂いで暴れる風月だが、そんな細やかな抵抗などモノともせず、のしかかっていた男が少年の衣服を剥ぎ取る。
薄いTシャツなど紙のように容易く引き裂かれ、下着ごとズボンを脱がされ、あまりの恐怖で、風月は気が違ったかのように頭を打ち振るった。
………やだやだやだあぁぁーっ! 気持ち悪いーっ!! やめろぉーーーっ!!
「うはあ…… なんだよ、これ。見てみろ、ほんとに女みたいな身体してんなぁ」
「真っ白だ…… すげぇ。抱いたら折れるんじゃないか?」
ごくっと固唾を呑み、男達は恐る恐る風月の身体に手を伸ばす。そして各々好き勝手に弄り始めた。
……触るなああぁぁぁーーっ!!
恐怖も極まれば興奮だ。悍ましさのあまり破れそうなほど激しく脈打つ心臓。ガチガチに固まり、震えるしか出来ない風月の頬に、ぶわりと溢れた涙が伝った時。
けたたましいノック音が響き、トニーの声が聞こえた。
「フーガ? 何か妙な音が聞こえたんだけど?」
……トニーっ!!
突然の来訪者に泡を食ったらしい男達は、我先にと窓から逃げ出していく。酷い緊張を強いられ、歯の根も合わないほど震える風月は言葉も紡げない。
それでもか細い声で、少年は必死に呟いた。
「ト、ニー…… 助け…て……っ!」
それが聞こえたのか、聞こえていないのか。
男どもが逃げ出した窓ではためいているカーテンの音だけが、風月の鼓膜を撫でた。
……と、鍵をあける音が響き、チェーンで阻まれる。
「……どけっ!」
誰かの声がし、何かがチェーンをばつんっと絶ち切った。
……え?
聞き覚えのある声に、風月の恐怖が溶けていく。
ばんっと開けられた戸口に立つ人物は、廊下の逆光で暗く、誰なのか分からない。……容貌は分からないが風月には分かった。
「豪……さん……」
「……ったく、お前って奴はあぁぁーっ!!」
そこには煙草を噛み潰して睨みつける、いつもの豪がいる。
なぜ、ここに彼がいるのか皆目見当もつかないが、底抜けな安堵に満たされた風月は、ぷつ……っと意識を失った。
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