仔犬拾いました 〜だから、何でも言えってのっ!〜

一 千之助

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 逃げました

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「…………………」

 借金を完済した翌日。風月の姿が忽然と消えた。

 大慌てした豪だが、テーブルにあった飛行機のチケットが一枚消えているのに気づく。
 それをじっと見据え、彼は溜め息をしか出てこない。

 チラリとリビングを見れば、ノートパソコン。それを開けて履歴を確認すると、同じ行先の便にキャンセルが出たらしく、元のを払い戻して、ソレと換えていた。

 ……変に知識ばっかつけやがって。ビジネスクラスを払い戻して、エコノミーなんか買うんじゃねぇぇーーーっ!! しかも、もう飛んでんのかよっ! 行動、早いなっ?! キャンセル料半端ねーじゃねぇかよっ! うああぁぁーっ! 奮発したのにぃぃっ!!

 豪の目的が足元からガラガラと音をたてて崩れてゆき、彼はがっくりとうなだれた。

 ……何が悪かったんだ? 仲良く暮らしてたよな? いつも笑って…… 今回の旅行だって、すごく楽しみにしてたじゃないか。どうして……

 思い悩むと何も言わずに俯く仔犬。

 どれだけ言えといっても、それは変わらなかった。何が原因なのか未だに分からない豪。

 彼は気付いていないが、風月の悩みの原因が豪である。貴方に惚れてるんですが、どうしたら振り向いてくれますか? 僕を恋人にして欲しいんです。どうしたら良いですか? ……などと本人に向かって相談など出来るわけがない。
 それくらいなら、とうに風月は告白している、
 己のデリカシーのなさを棚上げして奉り、豪もキャンセルがないか探す。一応、待ちにも登録しておいたが、望みは薄い。風月が幸運過ぎた。

「……こうなったら」

 豪はスマホを開いて書き込みを始める。



「……一人で来ちゃったな」

 空港に降り立ち、風月は当て所もなくベンチに座った。
 チケットは運良くキャンセルにあたり手に入ったが、ホテルなどの滞在先はそうもいかない。一応、予定の宿泊先に前倒しで泊まれないか聞いてみたものの、やはり人気のホテルは予約が埋まっていた。
 明後日、豪がやってくるまでの二日間、自力で宿を取らなくてはならない。
 
 ……観光する気にもならないしな。どっか、安宿でも探そう。

 そう思いたち、風月は歩き出した。



「Japanese? 良いね、空きはあるよ。一人かい?」

 小ぢんまりとした場末のモーテル。トラッカー達御用達のようで、外には大きなトレーラーみたいな車輌が幾つも並んでいる。

「はい。二日間、お願いします」

「はは、日本人だな。言葉遣いも丁寧だ。ようこそ、ジャクソンへ」

 豪の勧めで習った英会話。

 ……何でも覚えておくものだよねぇ。英会話なんて使う機会はないと思ってたけど。

 おかげでこうして、異国の地でも何とかなっていた。
 フロントで鍵をもらい、部屋に向かう風月を、複数の眼が見つめていたことを本人は知らない。



「あああ、何やってんだろうなあ、僕はっ!」

 モーテルのベッドに沈み込み、風月はジタバタ暴れる。
 豪の傍だと不安が喉元まで上がってきて息が出来ない。油断すると叫びだしそうで、固く口を引き結んだ。

 自分のことをどう思っているのか。少しは気持ちを寄せてくれているのか。
 気軽なスキンシップですら苦しく感じる。些細なことでも有頂天になる自分が醜くて気持ち悪い。

 ……こんなの、おかしいんだよな? 男が男に懸想するなんてさ。

 でも、それを風月に教えたのは豪だ。

「なんだよ、もう…… わけ分かんないよ」

 自分も…… 豪も……

 ぐちゃぐちゃな頭を抱えて物思いに沈んでいた風月は、突然のノックに、ぴゃっと軽く飛び上がった。
 強くはないが、はっきりと聞こえる音。

 ……誰? まさか?

 有り得ないと思いつつ、チェーンのかかった扉をそっと開けた風月は、突然、大きな手にドアを掴まれ、思わず大きく後退る。
 その隙間から顔を覗かせたのは黒髪の男性。

「ハイ、観光客かい? 珍しいね、こんな所に泊まるなんて」

 ……そうだよな。豪さんなわけないよな。

 はあ…っと大仰に溜め息をつき、風月は相手を見つめた。
 ラテン系っぽい男性は、にこにこと少年を見つめている。朗らかな外見が胡散臭い。

「俺はトニーっていうんだ。このモーテルの支配人の甥でね? 日本人が泊まりに来たから、相手をしてやって欲しいって呼ばれたのさ」

「相手……?」

 恐る恐る近寄って詳しい話を聞いてみれば、ここらはあまり治安が良くなく、日本人の一人歩きは不味いらしい。
 泊り客が犯罪被害に遭わないよう、トニーを呼んで案内につけたいということだった。

「食事や買い物で外に出るだろう? そういう時は、フロントに電話して必ず俺を呼んでくれよ? 本気で危ないんだ、この辺は。君みたいな仔猫ちゃんは、さっくり食べられちゃうからな」

 ……仔犬の次は仔猫かい。どいつも、こいつも、僕のことを何だと思ってんだ。

 うんざりと天井を仰いだ風月だが、そこで、ここまでの道程を思いだして、ぞっとする。
 何も考えずにスマホ頼りで一番安いモーテルに向かったが、今思えば無謀もいいところだったのかと。
 周りが寂れた風景になってきたのにも、気づいたのは宿を前にしてからだ。あれ? っと来た道を振り返るお間抜けさ。

「じゃ、俺は宿の手伝いもあるから。良いかい? 絶対に一人で出ては駄目だよ? 今みたいにチェーンも忘れないでね?」

 そう言い、トニーは扉から手を離した。

 軽く手を振る彼に曖昧な笑顔で会釈し、風月は扉を閉める。
 幸い食欲もないし、部屋には備え付けの冷蔵庫があった。飲み物や軽いスナックは外に出なくても手に入る。

「そういう国なんだよな…… 日本より、ずっと犯罪意識の薄い国。僕なんて一飲みにされちゃいそうだよね」

 そう自嘲気味に呟き、風月は冷蔵庫からミネラルウォーターを抜くと、それで喉を潤して眠りについた。
 

「……ぅ?」

 どれくらい寝たのだろう。精神的疲労がたたったのか、泥のように眠っていた風月は、何かに触れられた気がして眼を覚ました。
 ……が、動こうとした風月は、自分が動けないことに狼狽える。

 ……え?

 真っ暗な部屋の中に蠢く何か。
 それは獣のような息遣いで風月にのしかかってくる。

「おい、起きたんじゃないか?」

「かまうもんか。早くヤって交代しろよ」

「日本人とヤるのは初めてだなぁ。見ろよ、この滑らかな肌。ほっそいし、女より華奢で綺麗な子供だ」

「ーーーーーーーっ!!」

 ……誰っ? 強盗っ?! 違うっ! ヤるって…… 犯るっ?!

 自分の置かれた立場を理解し、思わず絶叫する風月だが、その口を大きな手に塞がれていてくぐもった声しか出せない。
 そうこうするうちに眼が闇に慣れ、うっすらと風月を押さえ込んでいる者達の輪郭が見え始めた。
 如何にもブルーカラーですと言わんばかりに筋肉隆々な男らが、真上から風月の両手と口を押さえている。
 突然暴れ出した少年を楽しそうに見下ろし、大きな体躯の男たちが、にたりと下卑た笑みを浮かべた。

「可愛いなあ? めちゃくちゃそそる顔してるぜ、ほんと」

「フロントで見た時は夢かと思ったよ。こんな下町のハズレに日本人なんてさ」

 そう。彼らはフロントで風月がモーテルに宿泊するのだと知り、窓ガラスの一部を割って鍵を開け、この部屋に忍び込んだのだ。
 
「んぅぅっ! んむぅーっ!」

 死物狂いで暴れる風月だが、そんな細やかな抵抗などモノともせず、のしかかっていた男が少年の衣服を剥ぎ取る。
 薄いTシャツなど紙のように容易く引き裂かれ、下着ごとズボンを脱がされ、あまりの恐怖で、風月は気が違ったかのように頭を打ち振るった。

 ………やだやだやだあぁぁーっ! 気持ち悪いーっ!! やめろぉーーーっ!!

「うはあ…… なんだよ、これ。見てみろ、ほんとに女みたいな身体してんなぁ」

「真っ白だ…… すげぇ。抱いたら折れるんじゃないか?」

 ごくっと固唾を呑み、男達は恐る恐る風月の身体に手を伸ばす。そして各々好き勝手に弄り始めた。

 ……触るなああぁぁぁーーっ!!

 恐怖も極まれば興奮だ。悍ましさのあまり破れそうなほど激しく脈打つ心臓。ガチガチに固まり、震えるしか出来ない風月の頬に、ぶわりと溢れた涙が伝った時。

 けたたましいノック音が響き、トニーの声が聞こえた。

「フーガ? 何か妙な音が聞こえたんだけど?」

 ……トニーっ!! 

 突然の来訪者に泡を食ったらしい男達は、我先にと窓から逃げ出していく。酷い緊張を強いられ、歯の根も合わないほど震える風月は言葉も紡げない。
 それでもか細い声で、少年は必死に呟いた。

「ト、ニー…… 助け…て……っ!」

 それが聞こえたのか、聞こえていないのか。

 男どもが逃げ出した窓ではためいているカーテンの音だけが、風月の鼓膜を撫でた。
 ……と、鍵をあける音が響き、チェーンで阻まれる。

「……どけっ!」

 誰かの声がし、何かがチェーンをばつんっと絶ち切った。

 ……え?

 聞き覚えのある声に、風月の恐怖が溶けていく。

 ばんっと開けられた戸口に立つ人物は、廊下の逆光で暗く、誰なのか分からない。……容貌は分からないが風月には分かった。

「豪……さん……」

「……ったく、お前って奴はあぁぁーっ!!」

 そこには煙草を噛み潰して睨みつける、いつもの豪がいる。

 なぜ、ここに彼がいるのか皆目見当もつかないが、底抜けな安堵に満たされた風月は、ぷつ……っと意識を失った。
 
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